その他 2022.01.05

Vol.76 時代に先駆けた未来素材:三幸電機製作所

三幸電機製作所「東京未来素材」シリーズ

プラスチック原料に微細な紙パウダーを混成させた新素材「東京未来素材」で作った食器類

 

 

新語の意味するところ

 

世の中に新しい言葉が登場すると、私はいつも「5秒以内で簡単な言葉を使って説明できないか」と思いを巡らせます。

 

例えば「SDGs」という言葉。ここ数年でよく耳にするようになりました。「持続可能な開発目標」という意味なのですが、ちょっと分かりづらい。このSDGsが示す概念は多岐にわたりますから、その点も難しい。

 

SDGsの場合、私は「誰にも何にも犠牲やしわ寄せがいかないように努力する取り組み」と言い換えるようにしています。これなら5秒くらいで言葉にできます。

 

あともう1つ。こうした新語は、その言葉が世の中で陳腐化して使われなくなった局面でこそ、その言葉が示す概念が「真の意味で社会に浸透した」と捉えられます。説明が回りくどいでしょうか、すみません。例えば、「ユビキタス」という言葉は今から15年ほど前に日本国内でよく使われていましたね。いつでもどこでもネット上の情報をやり取りできる状態を指すものですが、もうそんなことは当たり前ですね。スマホもあればウエアラブル端末もありますから、わざわざユビキタスと叫ぶ必要などないわけです。

 

で、今回ですが、ここまでお伝えした話とは真逆の話です。前述したSDGsという言葉が一般化する前から、SDGs的な取り組みにいち早く着手していた町工場がテーマ。取材をした際も、社長の口からはSDGsという言葉はさほど出てきませんでした。すでにこの町工場では、SDGsはごく当然のものとして咀嚼されていた印象です。

 

 

 

自社だからこその分野に挑む

 

この町工場、東京・武蔵村山市にある三幸電機製作所といいます。もともとは、工業製品の樹脂製部品を製造している小さな工場です。それが、10年以上前に新たな領域に挑むことを決断します。

 

写真をご覧ください。トレイやコップ、箸やストローと、ごく普通の樹脂製品に見えますけれど、これらはどれも紙パウダーを51%以上含有する素材でできています。可燃物として安全に処理できるのがポイント。つまり、脱プラスチックへの一歩となるような商品群です。

 

「環境問題、とりわけプラスチックの処理問題への意識が今ほど盛り上がっていない時期から、商品化への取り組みを始めていました」と代表取締役社長の近藤伸二氏は言います。この新素材そのものは別のベンチャー企業が開発したものですが、それをうまく活用できないかと、10年前にはすでに動いていたという話。でも、SDGsや廃プラが社会課題として叫ばれるようになる前から、なぜそんな取り組みを?

 

「リーマン・ショックの前までは、工業部品を製造していれば社業は十分に成り立っていると考えていました。でも、リーマン・ショックを機にその思いを改めました」(近藤氏)

 

日本だけでなく、世界の景気にまで社業が左右されるなら、このままではいけないと判断したそうです。

 

具体的には、大手企業や中堅企業から受注した部品を作るだけでなく、自社製品を生み出そうと決めた。その際に出合ったのが、新素材である紙パウダーです。

 

失礼な物言いになるかもしれませんが、素材自体は自社の技術から生まれたものではないのですね。

 

「そうです。でも、この新素材を焦がすことなく、きれいに成形できるのは、当社だけではないでしょうか。長年培ってきたものが自社にあってこそなんです」(近藤氏)

 

ああ、そういうことですか。つまり、先行きの不透明さに危機感を抱いて、突拍子もなく、やみくもに新しい領域に手を伸ばしたのではなく、同社だからこそできる分野に挑んだのです。

 

 

 

 

利益以上のものを得る

 

そして2013年、同社は試作品の食器を引っさげて、展示会に参加しました。これが奏功したのでしょう、近隣の自治体から声がかかりました。イベントや職員食堂で用いるためのコップやトレイを製造してほしいという依頼でした。

 

ここで近藤氏は1つの判断をします。

 

「この新素材で食器を製造するのに欠かせない金型のコストは、うちで負担することにしました」(近藤氏)

 

えっ、あまり単価を取れない食器類を作って納入するのに金型のコストを負担したら、利益はさほど生まれないのでは?

 

「いえ、利益以上のものを得ようと考えたのです」と、近藤氏は振り返ります。まず、自治体に納入したという実績を獲得できること。それよりさらに重視したのは、自治体がこれらの食器を継続的に使った結果を、確実にフィードバックしてもらうこと。実際、これが大きかったと言います。商品のリユースに向けたヒントを数多くつかむことができたそうです。決して、単に費用持ち出しを覚悟してでも、自治体への納入を果たしたかったわけではなかったのです。

 

 

技術を生かし、ノウハウを積む

 

2018年、近藤氏は一連の商品を「東京未来素材」と名付け、さらなる攻勢をかけます。

 

この東京未来素材というネーミングが、私はとても良いと感じました。SDGsと銘打たずとも、実際の商品と合わせてこの呼称を目にすれば、どのような意味のある存在かが伝わってきますからね。

 

商品名を付けたのは、すでにお伝えしたように2018年です。つまり、SDGsの概念がまだ今ほど一般化していない段階から、SDGsの一端を担っている姿勢を平易な言葉で示せたところが実にうまいと思わせます。

 

ちなみに、市場では紙パウダーを用いた新素材以外にも、別の素材を用いるなど他社がアプローチをかけています。他社の動向が気にならないか近藤氏に投げかけてみました。

 

「いや、競合相手とは思っていません」と近藤氏は答えます。「大手から中小まで、それぞれの企業がこの領域に臨むからこそ意味がある。そうでないと、環境対応素材の市場は広がらない」と力説していました。確かにそうですね。1社だけでこの分野を伸ばしていくというよりも、複数社での奮闘がこの段階では大事です。

 

三幸電機製作所の売上高のうち、東京未来素材が占める比率は15%ほどだそうです。現在も主力事業は工業部品ではある。でも、自社の技術を存分に生かし、多くの企業に先んじるようにノウハウを積み上げてきた東京未来素材の15%の売り上げは、まさに「未来につながる15%」と捉えることができそうです。

 

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Kitamura Mori
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。