「うどん県」といえば香川ですが、この地にはもう1つ、根付いている文化があります。それは何かというと「縫製」です。
■あえて断る
国内の縫製業は、中国の工場などに押され、価格競争の面で厳しい競争にさらされています。ところが、ここ香川を巡ると、そうした状況下でも、しぶとく対抗しているばかりか、その秀逸な品質を武器にして強い存在感を放っている企業にいくつも出会います。
今回は、「縫製県」でもある香川から、3つの企業の話を綴りたいと思います。
まずは、丸亀市の「ヴィンテージ リバイバル プロダクションズ」という工房を紹介しましょう。
2008年に兄弟で事業を起こし、財布など、あらゆる革小物の開発から製造、販売までを手掛けています。代表の塩田裕基氏は、もともと小型船舶を造る会社の3代目だったそうですが、不況によって受注が激減。最後には、年に1隻程度しかオーダーが入ってこなくなりました。そこで、思い切って転業。
革小物の世界には、それこそ先達がひしめいています。しかし、このヴィンテージ リバイバル プロダクションズは立ち上げてからわずか数年で、人気ファッションブランドや有名どころの雑貨店、東京の人気百貨店との協業で、実績を積み重ねているのです。
商品を手に取れば、その特徴は一目瞭然です。デザインはごくシンプルで洒脱、しかも使い勝手がすこぶる良い。
例えばキーケース。本体真ん中あたりに走っているジッパーを引き下げると、下の部分から鍵が現れます。そしてジッパーを上げてやれば、鍵はしゅるしゅると本体内に戻っていきます。
紙幣をたちどころに取り出せる財布、あるいはファスナーがカーブを描いていてコインの出し入れがラクな小銭入れも面白い。
最初から絶好調だったわけではなかったとのことです。創業当初は資金繰りも大変だったと聞きました。あるとき、超人気のファッションブランドからOEMでの供給を打診されました。ヴィンテージ リバイバル プロダクションズがつくったキーホルダーを、そのファッションブランドの商品として発売したいという話でした。
でも、この話、きっぱり断わったというのです。
「御社とウチのダブルネームで販売できないのなら、供給はお引き受けできません」
どうしてか。もしもOEMで出したなら、そのキーホルダーのデザインは、人気ファッションブランドのアイデアによるものなのだろうと、多くの消費者に勘違いされかねません。ヴィンテージ リバイバル プロダクションズが並行してオリジナル商品を販売し続けたとしても、自分たちの商品がその“パクリ”だと思われてしまいます。そういう判断があったから、あえて断わった。
その決断が間違っていなかったから、今の実績があるのでしょう。小さな地方発メーカーの信念を感じ取れる逸話であると思います。
くだんの超人気ファッションブランドからは、断わった翌日に「ダブルネームでいきましょう」との返事があったそうです。
■廃業からの大復活
次は、さぬき市の「川北縫製」。
十数年前に一度は廃業しながら見事に立ち直り、今では東京・南青山にオリジナルブランドの直営店も展開しています。
この会社、最盛期には150名ほどの従業員を抱えていたそうです。ところが2001年、先代社長が廃業を決めます。相手先ブランドへの商品供給(OEM)では、経営が成り立たなくなったからでした。
廃業後に残ったのは、現代表取締役の川北繁伸氏と、3名の職人だけでした。
ここから何をしたか。自社ブランドで商品を製造する仕事を、細々とながら始めたのです。主力商品は、オーダーメードのTシャツ。珍しさと質の良さから確かに売れたのですが、オーダーメードで型紙を起こす仕事が必要ですから、コストも時間もかかりました。商売としてはやはり厳しい。
そこで、オーダーメード形式ではない仕事にも着手して、さらにはTシャツ以外の、別の服種にも挑もう、となりました。つまり、ここでも諦めなかった。
2006年のことでした。地元のショップから、あるオーダーが入ったそうです。そのショップが注文したのは、20枚のポロシャツでした。20枚というわずかな数では、当然、価格は高くなってしまいます。川北氏がそのことを伝えると、ショップ側のデザイナーは、こう答えたといいます。
「値段がいくらか、そのままを言ってください。売ってみせます」
1着の店頭価格は1万円でした。地方都市で販売するポロシャツとしては、結構な値段です。でも、ちゃんと全てが売れた。
川北氏は驚きました。
「値段が高くても売れる市場が、地方都市にも存在するんだ」
さて、ポロシャツを全て売り切った、そのショップのデザイナーなのですが、その後まもなく、同社への就職を希望してきたそうです。川北氏は断わりました。「こんな若い子がウチになんて来たら、食えなくなっちゃうから」と。それでもデザイナーは粘り、1年後には入社を果たします。
そして、彼のデザインで、1着のパーカーが誕生しました。そのパーカーは、着心地がすこぶる良くて、シルエットも美しい。実物を見た全国各地のバイヤーから、受注がどんどん舞い込みました。川北氏はここであえて慎重に事を運ぶことにしました。値段を先に聞いてくるショップとは取引しない。「値段うんぬんではなくてモノをまず見たいんだ」というショップを優先したそうです。
現在では全国53のショップが、同社のブランド『カーリー』を取り扱っています。
■トヨタ車を磨く手段
最後は、高松市の「ウインセス」という会社の話です。手袋製造の老舗なのですが、同社はとりわけ作業用の手袋を得意としています。
作業用手袋とは何か。例えば、ジェット旅客機「ボーイング787」の主翼の製造過程で、カーボンの板を焼成する工程があります。その際、仕事をする人は手袋をはめます。その手袋から、もし糸くずが出てしまうと、焼成したカーボン素材に残ってしまい、不具合を起こす。ウインセスの手袋は、糸くずが出ないことが評価され、採用されているのだと聞きました。
あるいはトヨタ自動車のハイブリッドカーの塗装前工程。ボディーに微妙な凹凸がないかを確認すべく、作業員が手でボディーをすりすりとなでて確認するそうです。このときにも手袋が必須。手の感度を損なわず、しかも滑りのよい手袋が求められます。ここで使われているのもウインセスの手袋です。糸くずと無縁であることも、やはり強みになります。
なぜ、糸くずが出ず、しかも装着感の良い手袋をつくることができるのか。いずれも、どれだけ手間をかけるか、その1点に尽きるそうです。
まず、糸くずは製造後にテープや掃除機を駆使して除きます。
次に品質ですが、生地メーカーから仕入れた素材を、そのまま使いません。生地というのは1ロットで3000mにも及ぶのですが、物性は1ロットの中でも、実はバラつきが生じているとのこと。そのため同社は、いちいち小口に分けて、物性をそれぞれ確認。そうして生地の部位ごとに、手袋を生産する際の設定を微細に変えているといいます。
「ここまで徹底してやっているメーカーは、恐らくないはず」
代表取締役社長の橋本勝之氏は、そう言って胸を張ります。
話を聞いて「そこまでやるか」と驚きました。でも、この「そこまでやるか」の姿勢こそ、ジャンルを問わず、ヒット商品を生む、大きな決め手なのです。