その他 2021.08.02

Vol.71 商品の「定義付け」が肝心:WONDERWOOD

 

 

WONDERWOOD「MANAITA」

素材、重量、形状、音にこだわった一品。包装も美しい仕様で、新築祝いなどのニーズをつかんでいる

 

 

なぜ高くても売れるか

 

新型コロナウイルスの感染拡大下で、人々の消費行動は変化を余儀なくされています。ただし、1つだけ忘れてはならないことがあると私は思うのです。先行き不透明な状況下で、消費者は買い物を手控えているのか。

 

いや、そうとも限らないのです。2020年で言えば、10万円近くする高価な家庭用プロジェクター「popIn Aladdin2」がヒットを飛ばしていますし、2021年で言えばアサヒビール「アサヒスーパードライ生ジョッキ缶」が売れすぎて店頭から消えてしまったほどです。安価な発泡酒や新ジャンルのビール系飲料が全盛の時代に、これは異例の売れ方と表現してもいい。

 

まあ、強いて挙げるならば、この2つの商品に共通するのは「自宅での時間が楽しくなるならば出費は惜しまない」という点にあるでしょう。「外出を手控える必要に迫られているから、自宅で家庭用プロジェクターを使って動画を鑑賞しよう」ですとか、「自宅飲みの機会が増えたから、発泡酒よりも値は張るけれど、おいしい泡が堪能できる缶ビールを買おう」ですとか、こういった理由が挙げられます。しかし、それだけではないと思うのです。

 

どんな状況下にあっても、人は買い物を我慢できない。いや、厳しい環境下でこそ人は買い物に真剣勝負を挑む、とも言えそうです。限りあるお金をどこに投入するか、そして確実に「驚き」や「満足」を得るか。消費者の意識がそこに集まっているのではないでしょうか。2021年に入り、大手家電メーカーであるパナソニックの高級オーブントースターが売れたり、航空会社のANAが窮余の一策として発売した国際線機内食を自宅で味わえるセットが高価格ながらヒットしたりしているのも、単なる「おうち時間ニーズ」というだけでなく、消費者が買い物に真剣勝負だからこそ振り向いたと想像できます。

 

 

1万円超のまな板

 

で、今回の話です。東京・世田谷にあるWONDERWOODという企業が開発・販売するまな板のことをお伝えしましょう。その名も「MANAITA」で、価格はサイズによって異なりますが、最も小さいものでも1万780円します。大きなものですと1万6280円(ともに税込み)。

 

まな板としては、かなり立派な値段ですよね。日常使いする、ごく当たり前のようにキッチンに置くような商品に、人は1万円超も支払うのかと考えてしまいます。

 

ところがこのMANAITAは、2018年の発売以来、コンスタントに毎月300枚は売れているそうで、現在は品薄状態が続いていると聞きます。WONDERWOODは木を扱うプロ集団による企業で、飲食店やホテルなどに向けて一枚板のカウンターやテーブルを製造・販売しています。主に一般家庭で使われるこのMANAITAのヒットについて、同社CEO兼プランナーである坂口祐貴氏は「予想を超える数字」と言います。

 

どうしてそこまで売れているのか。私がまず考えたのは、「日常使いする、ごく当たり前のようにキッチンに置くような商品」だからこそではないかという点です。非日常のための贅沢品ではなく、毎朝、毎夕に手にする日常の商品だからこそ、そこにお金を投じる意義を消費者は感じるのではないかという話ですね。

 

では、普通の安価なまな板と何が違うのか。当然、大事になってくるのはそのあたりです。

 

 

 

 

 

本質を見極めて開発

 

坂口氏はこう言います。

 

「まな板に求められることをもう一度見直す。開発はそこから始まりました」

 

どういうことか。坂口氏はこう考えたそうです。

 

「料理を楽しくできる。それだけでしょう」

 

それも、たまの休日などに思い立つような趣味の料理ではなくて、毎日の料理を楽しくすることを狙いに据えたと言います。もっと具体的に表現すると、やらないといけない義務のような料理が、やりたいことに変わる、そんなまな板を作りたいとの思いだったそう。

 

なるほど、「義務の作業を楽しい作業に変える」というのは、確かに極めて大きな引きになりますね。それがかなうのならば、少なからぬ消費者が、たとえ値段が高くても振り向くはずです。しかし、まな板は実にシンプルな形状をしたキッチン道具ですし、既存の商品との違いを打ち出すのは、そんなにたやすいことではありません。坂口氏はどのようにして、このMANAITAを商品設計していったのでしょうか。

 

「まずは素材ですね。国内で育った樹齢100年以上のイチョウを使うことを決めました」(坂口氏)

 

一般消費者も手にできる価格に収めるには、素材として使う木の選択肢は2つありました。木曽ヒノキ、もしくはイチョウです。なぜ後者に決めたのでしょうか。

 

「抗菌性、耐水性、刃当たりの優しさまでは、木曽ヒノキとイチョウは共通しています。決め手は残り1つでした」(坂口氏)

 

それは復元性。イチョウは傷が入っても戻りやすいそうなのです。こうして使う木を決定しました。

 

 

最後の決め手は音

 

さあ、ここからです。素材の話だけでは、1万円超のまな板がヒットするとは思えません。坂口氏はどのような商品開発を続けたのでしょうか。

 

「大事にしたことは軽さ、他には触感です」(坂口氏)

 

実際にこのMANAITAに触れると、「ああそういうことか」と気付きます。極めて軽いまな板であり、取り回しがしやすいように感じられます。そして、それはおそらく軽いせいだけではない。写真を見ていただけると分かると思いますが、手前と奥がカーブを描いているのです。手に取ると優しい感触。こういうところも重要ですね。

 

私がうなったのは、坂口氏が苦心した点の話なのです。それは何か。

 

「音です」

 

音?それはどういう意味なのでしょうか。

 

「包丁がまな板に当たる音が良ければ、そこにいる家族の関係もまた良くなる。そう考えました」(坂口氏)

 

言われてみれば、本当にそうです。硬い音がキッチンに響くのと、トントントン……と心地良い音が伝わってくるのとでは、キッチン周辺の雰囲気はかなり違いますね。そして、実際にMANAITAの発する音は軽やかで耳障りが良い。

 

「その商品とはそもそもどうあるべきか」を再定義する作業は、やはりヒットを生む大きな源であるなあと、私は今回あらためて感じた次第です。

 

既存メーカーがなんと言おうが、また、消費者がそれまでどう考えていようが、新たな「旗」を掲げること。それが大切なのですね。消費者はそうした「旗」を決して見逃さないという話でもあります。

 

 

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。