その他 2020.11.30

Vol.63 小さくて大きな改革:高岡伝統産業青年会

 

 

高岡伝統産業青年会 名刺
一新した高岡伝統産業青年会の名刺。これを右のように会員の名刺を並べると、1枚の絵が仕上がる仕様になっている。この“名刺改革”により、ものづくりの現場で働く職人の意識が劇的に変わったという

 

 

伝統産業の売上規模が激減

 

通信制大学の教授として、マーケティングを教えています。先日、「地域おこしの実践」をテーマに研究取材した中で、とても興味深い事例がありました。今回はその話をお伝えしましょう。

 

富山県高岡市は、鋳物と漆器などの伝統産業が根付く街です。しかし、全国の産地の多くがそうであるように、この高岡も厳しい逆風にさらされているそうです。

 

銅器・鉄器の販売額で言いますと、高岡では1990年に約370億円の売り上げだったのが、2018年には約103億円と、3分の1以下に規模が縮小しています。また、伝統産業従事者も、往時の3分の1程度らしい。

 

このまま衰退していくのか――。ここで、伝統産業界の青年層が動きました。もともと、ここ高岡には「高岡伝統産業青年会」という組織があります。1974年の設立で、半世紀近く活動を続けていますが、伝統産業の厳冬期というべき状況にありながら(いや、厳冬期だからこそ)、ここ10年間ほどで、この会は取り組みをむしろ活発化させたのです。

 

本稿では、この会の数々の取り組みの中から、あえて1つだけ紹介したいと思います。

 

伝統産業の厳しい状況を打破するために、まず何を始めたのか。

 

名刺を一新した、と言います。

 

 

激しい反発からのスタート

 

「えっ? 名刺を変えただけの話ですか」と、ちょっと拍子抜けした方もいらっしゃるかもしれませんが、話を聞いていくと、それが、この会、ひいては高岡の伝統産業の空気を変える最初の一歩となったのです。

 

2009年、高岡伝統産業青年会に1人のメンバーが加わりました。それまでこの会は伝統産業に従事する事業継承者や職人などで構成されていたそうですが、新たな風を求めるために、地元で活動するデザイナーを会に迎え入れました。

 

そのデザイナーである羽田純氏は、この会に加わった後、強い違和感を覚えたそうです。それは「伝統産業の職人の大半は、名刺1つ持っていない」ことでした。

 

「腕一本で食べていくのだから、名刺など要らない、という考えだったのでしょう」と羽田氏は振り返ります。

 

しかし、羽田氏は職人こそが名刺をどんどん配るべきだと考えた。

 

「職人の存在こそが伝統産業では大事です。職人自らが自分のことを外に伝えていく意識が重要と考えました」(羽田氏)

 

念のため聞きますが、この会の名刺はなかったのですか。

 

「あるにはありましたが、旧態依然としたデザインで、しかも簡易印刷したような名刺で、有効活用されているとは言いがたい状態でした」と羽田氏は言います。

 

彼は、会のメンバーに「職人がしっかりと前面に出ていくことを促すために、名刺を変えましょう」と提案します。ところが、これが猛反発に遭いました。「そんな必要はない」「意味がない」との声が相次いだ。この当時、伝統産業の世界には、まだデザインの重要性が完全に根付いていなかったという背景もありました。

 

羽田氏はどうしたか。「真正面からデザインの大切さや、職人が前に出ることの意義を説こうとしても逆効果と踏まえました。そこで、とにかく中に入ろうと、コミュニケーションを密に取っていったのです」(羽田氏)

 

 

 

 

 

 

おしゃれ化に流れない

 

そして羽田氏は、会のメンバーから名刺デザイン一新の賛同を取り付けました。では、どんな名刺を作ろうと考えたのか。

 

彼の頭にあったことは3つ。まず、高岡伝統産業青年会の全体で統一された名刺デザインとすること。そして次も重要なのですが、伝統産業の“おしゃれ化”にはくみさないことだったと羽田氏は話します。

 

「2010年ごろ、各地の伝統産業は現状打破のため、おしゃれ化にかじを切るケースが多かったのです。でも私は、それは違うと感じていました」

 

ああ、私もそう思います。伝統産業が時代に取り残されるのも問題ですが、時代にこびるのもまた良くないと感じているからです。現代風に無理して姿形を変えたところで、それが本当に伝統産業を立て直せるとは限りません。おしゃれ化してうまくいっている事例はどれも、そこに必然性を感じさせるものであって、決して全てが成功してはいない。

 

では羽田氏はどんなデザインを志向したのか。

 

「高岡の伝統産業は400年の歴史があります。だったら、無理して現代風にデザインするのではなく、その400年の歴史をさかのぼってみようと思いました」(羽田氏)

 

そして完成したのが、写真にある名刺です。版画のような実に味わいある人物像をあしらっていますね。これ、実は会員一人一人の似顔絵になってもいるそうです。かなり手が込んでいる。いや、もっと手の込んだところがあります。会員の名刺をうまく並べていくと、1枚の絵になる趣向なのです。

 

 

そして、職人が前に出た

 

さあ、その結果、どうなったのでしょうか。そこが大切ですね。

 

「まず、当の職人たちが喜んでくれました」と羽田氏は語ります。反発していたメンバーも、実際にいざ名刺が完成すると、それをうれしく受け止めたのです。

 

そして、この名刺がちゃんと大きな効果を生み出したとも聞きました。名刺交換の空気を作り出したというのですね。職人はこれを携えて、外部の人たちと積極的に名刺をやりとりするようになり、受け取った人もそのデザインや趣向に驚き、喜んだ。明らかに、この会に活性化をもたらし、そして当初の狙いだった、職人自身が前に出て、自らの存在を外に伝えるというところも達成できました。

 

羽田氏は言います。「職人が自分から名前を売りに行くようになったことが大きかった。そのことで高岡の伝統産業の空気は変わっていったような実感があります」

 

厳しい状況下で何を成すか。その答えは業界によって、もちろんさまざまだと思います。

 

高岡の伝統産業の場合は、まず名刺の改革でした。ほんの小さなことのようにも感じられるかもしれませんが、単なるデザイン変更ではなく、そこにはっきりとした目的があったからこそ、この成功があったのだと推察します。

 

そして何といっても、この名刺改革って手間こそかかっているものの、べらぼうなコストをかけているわけではないのですね。

 

みなさんの業界にも、きっと、この名刺のような「改革のきっかけ」が、どこかに隠れているのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。