その他 2020.10.22

Vol.62 ヒットはSNSのおかげか?:小杉織物

 

 

小杉織物 「絹マスク」
独特なプリーツの形状、 耳ひもの幅、市松模様 などから、藤井聡太氏の着用したマスクが自社製品であると確信したそう

 

 

企業はSNSを動かせない

 

地方の企業から相談を受ける中で、しばしばこんな話を聞きます。「インフルエンサーをうまく巻き込んで、商品を売れないでしょうか」

 

インフルエンサーとは、消費者の購買行動に強力な影響をもたらす人のことです。人気のユーチューバー、あるいは閲覧者の多いインスタグラムユーザーなどが挙げられます。

 

そうした存在が特定の商品をSNSで取り上げ、商品がヒットした事例は確かに見ます。また、SNSで発信していなくても、著名人が何かのタイミングで商品を身に付けることで、消費トレンドに影響力を持った事例もあります。

 

ただですね、そうしたインフルエンサーは企業のコントロール下にないからこそ、トレンド創出の源泉となり得ているという側面を忘れてはなりません。企業とタイアップしている(あるいは企業が商品を提供している)ケースはありますが、その場合、波及力はさほどではないと考えられます。なぜなら、消費者はそうした匂いに敏感で、「なんだ、企業と組んでいるのか」と鼻白んでしまいがちだからです。

 

その意味では、ここ10年ほど話題となっている「インフルエンサー・マーケティング(インフルエンサーを企業が活用するマーケティング手法)」は、長短両面あるといいますか、マイナス要素が少なくないのです。

 

それもそのはず。本来、口コミは、企業の手を離れて発生するからこそ力を有するわけです。企業がSNSの世界を動かそうとするなら、周到な戦術を持って、よほどうまく立ち居振る舞うしかない。しかし、それが成功するとは限らないのです。

 

 

あのマスクは彼のおかげ?

 

「いや、そんなことないだろう」と言う方もいらっしゃるかもしれませんね。では、ごく最近の事例を一つ挙げてみましょうか。

 

福井県の小杉織物という中小企業が、絹でできたマスクを大ヒットさせています。1枚2000~3000円(税抜き)程度もするのに、品切れで待たされることもしばしば。現在ではなんと1日当たり8000枚の生産体制を敷いており、こんなに数多くを生産しているのに、それでも作った分だけさばけているといいます。

 

この絹マスク、よく言われるヒットの理由はこうです。

 

「将棋の棋士である藤井聡太氏が大事な一戦でこのマスクを着用していたことがインターネットで話題になった。だからここまで売れた」

 

2020年7月のタイトル戦での話です。確かにその反響は大きかったようですし、これが大ヒットにつながった側面は否めません。

 

ならば、藤井氏という強大なインフルエンサー的存在がこのマスクを着けていなかったらヒット現象は起き得なかったのか。

 

私はそうは思いません。藤井氏が期せずして小杉織物の絹マスクを着用したことで巻き起こった口コミは、ヒットへのいわば駄目押しのようなもので、それ以前に、ヒットにつながる動きがあったのではないか。私はそう仮説を立てました。話はそんな簡単なものではないように感じられたからです。そこで、福井まで出向いて、小杉織物にヒットの経緯を聞きました。

 

 

 

 

 

休業の翌日に新商品を開発

 

分かったのは、やはり今回のヒットは“それ以前の話”にこそポイントがあったという事実でした。

 

小杉織物の代表取締役社長である小杉秀則氏によると、同社はもともと浴衣帯の国内市場で9割のシェアを占めていたそうです。「かつて和装全体で全盛期には2兆円の市場だった。それが今では2000億円市場と10分の1に。2020年はコロナの影響で、さらに縮小するでしょう」(小杉氏)

 

40年ほど前に同社を継いだ小杉氏は、和装関連産業がこの先縮小していくのを予測し、「少しでも可能性のある」浴衣帯に主力品目をシフト。その手が当たって、2000年ごろにはシェアトップに。「ところが、このコロナ禍で2020年2月には受注が完全にストップしました」(小杉氏)」

 

こうなると、織る物がもうない。3月下旬、小杉氏は従業員を集めて頭を下げます。「休業せざるを得ない。申し訳ない」

 

でも、小杉氏は翌日には立ち上がったと言います。今ここにある原材料でマスクを作れないかと。

 

「絹の生地はあり余っている。ワイヤーは浴衣帯に入れるためのものがある。あとはゴム部分です。子ども用の『へこ帯』を作る技術を生かせないか、すぐに社員を呼び戻して相談しました」(小杉氏)

 

試作完成までわずか6時間だったと聞きました。そしてすぐさま、たった1枚の試作品を携えて京都の問屋へと小杉氏は急ぎます。

 

「『ええやん、これ』とは言われましたけれど、『もうコロナは終わりやろ』とも返された」(小杉氏)

 

しょんぼりして福井に帰る途中、小杉氏に京都の問屋から連絡がきたそうです。すぐに戻ってこいとの知らせでした。

 

問屋のスタッフが試作マスクを写真に収めていたのを、なんということもなく他の業者に見せたら、すぐさま6000枚のオーダーが入ったというのです。

 

小杉氏は直ちに休業を撤回し、会社に戻ってもらうよう全社員へ連絡しました。そして4月第一月曜には、マスクの生産に追われました。休業を余儀なくされてからここまで、わずか1週間のことです。

 

「縫い方などは試行錯誤でした」と小杉氏は言います。最初は1日50枚で精いっぱい。でもすぐに500枚体制にまで持っていけました。「社員に仕事を提供できる。それが何よりもうれしく、ありがたかった」(小杉氏)

 

 

売り上げ激減後に好転

 

6月、大手企業がマスクを市場に出したことで、小杉織物への受注はガクンと落ちました。小杉氏は7月半ば、社員に再び謝罪します。「申し訳ない。もうあかん。あと2週間で注文分は終わってしまう、また休業しなければならないかも」と。

 

その3日後のことでした。藤井氏が同社のマスクを着けて戦いに臨んだのは――。

 

もちろん、小杉織物が藤井氏にマスク着用をお願いしたのでは決してありません。

 

「映像を見た社員が感じたのは、『これでまたマスクが売れるかも』ではなく、『こんなすごい人が、うちのマスクを真剣勝負の場で着けてくれた』という喜びだけでした」(小杉氏)

 

この時点では、売り上げが復活するとは考えてもいなかったそう。そのマスクが同社製と気付くのは、まあ小杉氏と社員くらいでしょうからね。

 

それが小杉織物の商品と指摘したのは、SNSユーザーでした。でも、それはあくまで偶然の産物でしょう。危機的状況で足元にあるものを生かし、社員のために生産を決めた。そしてすぐに京都に向かった。今や、1日あたり8000枚供給するこのマスクのヒットの礎は、そこにあるとしか私には思えません。

 

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。