その他 2020.06.30

Vol.58 誰にもできないのなら:miura-ori lab

 

 

 

 

ミウラ折り 折り袋
販売価格は550円(税込み)。1970年に三浦公亮氏が発見した技法を、商品に活用した。
折り方が複雑なため量産化が困難だったのだが、2年前にようやくそれを果たせた
(株)miura-ori lab https://miuraori.biz/

 

 

宇宙実験にも採用された

 

類いまれなアイデアがあっても、それを実際の商品化に生かしづらいという悩みを持つ人は多いかもしれませんね。今回はまさにそんな話をつづりたいと思います。

 

「ミウラ折り」という言葉を耳にされたことのある読者の方は、少なくないはずです。ご存じでない方のために、まずは説明しますね。

 

今からもう半世紀前の1970年のこと、三浦公亮氏(現在は東京大学名誉教授で90歳です)が大きな発見を果たしました。それは、折り目をジグザグの角度にして、各面を等しい平行四辺形とする畳み開きの手法。そうすると折り目が重ならず、破れにくいだけでなく、大きな面もごく小さく畳めます。しかも、広げるのも畳むのも実に簡単なのです。

 

地図に関連した学会で発表されたこの技法は、いつしか三浦氏の名前をとって「ミウラ折り」と呼ばれるようになりました。折り畳み式の地図に一部採用され始めたほか(なぜ「一部」かは、後ほどお話ししますね)、1990年代半ばには宇宙実験の太陽光パネルの開閉システムにもミウラ折りが採用されました。その実験は見事成功したといいます。

 

パッと開いて、さっと閉じられる。しかも、折り目から破れるのを防ぐ丈夫な仕組みです。私たちの生活で身近な事例としては、キリンのチューハイ「氷結」が挙げられます。缶の表面に付けられているあの凸凹も、どうやらミウラ折りをモチーフにしているものらしい。そのデザインの面白さだけではなくて、素材の強度が高まるので、薄い缶素材でも丈夫というメリットがあるのですね。

 

 

 

 

 

 

爆発的にヒットしない理由

 

世界的に知られているミウラ折りですが、ミウラ折りの商品が、「もう誰でも知っている」というほどの爆発的なヒットになっているとは言えないかもしれませんね。キリンの「氷結」は確かにロングセラーですけれど、ミウラ折りが主役ではないですし。

 

長年、ミウラ折りの権利管理と商品開発を一手に手掛けてきたのが、東京都新宿区のmiura-ori lab(ミウラオリラボ)です。

 

同社の担当者に話を聞くと、その理由が分かりました。

 

「折り方が複雑なので、機械化を果たせなかったんです」(担当者)

 

地図といった紙製品にミウラ折りを採用しようとしても、機械で折り畳むことが不可能だったというのですね。だから地図のオーダーが入った場合でも、手作業で折れる範疇の数量しか受けることができなかったそうです。

 

そうなると、せっかくのミウラ折りであっても、大々的に事業化を図るのは難しいですね。

 

「海外から、ミウラ折り関連の商品化を打診された時も、そこがネックになりました。数をこなすことがどうしても不可能なので」(担当者)

 

実は同社、東京都からの依頼で、東京マラソンのルートマップを第1回から製作しているといいます。でも、やはり毎回スタッフが手作業で地図の折り畳み作業を続けてきたそう。ミウラ折りを手作業で行うとなると、一つの地図を仕上げるに当たり、最低でも2分はかかるのだと聞きました。

 

ああ、それでは量産化はかなり困難ですね。

 

 

 

 

 

 

量産化の模索を続ける

 

ミウラ折りを商品に幅広く生かすのは、無理なのか。

 

今から20年ほど前、印刷会社を中心とした業界内では、なんとかミウラ折りの量産体制を成立させられないかとの機運が生まれたそうです。miura-ori labにすれば、折り畳み工程の機械化に全てが掛かっていると踏まえ、大手どころを含む機械メーカーに依頼し続けてきました。でも、あまたの実力派メーカーをもってしても、答えは見つからなかったのです。それだけの難題だったということに他ならないと思います。

 

しかし、諦めなかった。先ほどお伝えしたように、miura-ori labはミウラ折りの権利管理を担う企業なのですが、自ら機械の開発に乗り出そうと決断します。

 

大手どころの機械メーカーでさえもお手上げだったのに、それは無謀な判断と言えるかもしれません。しかし、ミウラ折りをさらに世に広めるためには、確かにそれしかなかったのだろうと私は推察します。だから無謀とは言い切れないと思いますね。

 

技術的な裏付けがないけれども開発に邁進して、その結果、目標を成就させたという事例、実は結構あるのです。以前(2017年12月号)、本連載でつづった三星刃物の「和-NAGOMI-チーズナイフ」などはその一例です。どんなに柔らかなチーズも、どんなに硬いチーズも、1本でたやすく切れるナイフを作るというゴールを掲げ、数年がかりで完成させています。ゴールをしっかりと最初に定めた(ゴールをきちんと設定できる)商品開発は、たとえ困難があっても、意外や物にできる確率はそう低いものではない、と私は常々感じています。

 

 

 

 

 

 

偶然を見落とさない

 

話を戻しましょう。結論を言いますと、miura-ori labによるミウラ折りの機械開発は成功をみました。一体どうやって?

 

それは、一緒に開発していたエンジニアが、偶然を見落とさなかったからです。ある時、プリンターが紙詰まりを起こしてしまい、そのくちゃくちゃになった紙を取り出して広げてみたら、なんと、そこに付いていた折り目が、まさにミウラ折りだった。つまり、人工的に紙詰まりを起こすような仕組みを作れば、ミウラ折りは可能になるという話。

 

ようやく機械が完成したのは2年ほど前です。手折りで2分以上かかっていたのが、この機械ではわずか2秒で折り畳めます。これで量産化が果たせるようになりました。そして、地図だけではなく、エコバッグのように日常に使える紙袋も発売できるようになりました。

 

なんだ、偶然の産物か?いや、そうではないことは、皆さんお分かりかと思います。ゴールを強く見据えたからこそ、紙詰まりの場面での偶然を見落とさなかったのです。

 

「自分が元気なうちに、この折りを機械化できるとは……」。ミウラ折りを編み出した三浦氏はしみじみと語り、そして同社の皆に握手を求めてきたそうです。

 

 

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。