
ブルーベリーファームみさき
大阪府岬町にある「ブルーベリーファームみさき」は、55品種以上のブルーベリーを栽培する観光農園。摘み取り体験は時間無制限で、さまざまな品種の食べ比べを心ゆくまで楽しめる。園主の成子氏(右)は50歳で早期退職して農園をオープンさせた
未経験からのスタート
本連載のVol.129(2026年10月号)で私は、1つの違和感を起点にして未経験の領域に挑もうと起業した事例についてつづりました。
東京・港区のFUKUFUKU-YAというベンチャー企業が商品化した「つやのふく」の話でした。当時85歳になる母親のための服を探したら、これはと思える一着をどうやっても見つけられなかった。ならば自分自身が起業して、シニア女性のリアルに寄り添うような服を開発しようと挑んだ女性のことをお伝えしていました。
違和感はヒット商品を創出する種です。ふと抱いた違和感を放っておくままで過ごしがちですが、それはもったいない話であると、私はいつも考えています。違和感の理由を自分の手で言語化(さらには明確化)する作業は、やはり大切になってきます。
で、今回のテーマです。前回の「つやのふく」と同様に50歳代で起業し、成果を見事に上げている事例についてお話ししましょう。
どんなケースなのかと言いますと、観光農園なんです。一般客を迎え入れて、好きに摘み取って、その味を楽しんでもらうという農園です。まずはその概要をお伝えします。
農園の名は「ブルーベリーファームみさき」。大阪府の最南端である岬町に位置する観光農園であり、名称が示す通り、ブルーベリーの栽培に特化した農園です。
園主は成子年男氏といいます。そもそもは農業従事者ではありませんでした。IT企業の営業職に長らく就いていましたが、50歳で早期退職して、実家が持っていた耕作放棄地を自ら整備。農業をゼロから学んで、観光農園のオープンにこぎ着けます。異分野からの50歳代での挑戦という点では、先に触れたように前回の「つやのふく」と同じなんですね。
なぜブルーベリーを選んだのか。成子氏によると、ブルーベリー農園は起業を決断した当時、大阪には少なかったそう。大阪の気候や風土はブルーベリー栽培に適していないともされていましたが、苗木を独立したポットに植えて、そこに水や肥料を供給する栽培法があると知り、そこに、可能性を見いだしたそうです。
右肩上がりでの伸長
ただし、「ブルーベリーファームみさき」がオープンしたのは新型コロナウイルス禍に見舞われた2020年です。ある意味、最初から逆風下での船出ともいえます。
しかもブルーベリー農園が来園客を受け入れられるのは、収穫期となる6月前半から8月後半までの2カ月半に限られます。では、オープンした2020年から、この観光農園はどのような経緯をたどってきたのでしょうか。
初年度の来園者は、わずか200名ほどでした。それが年々、伸長を続け、2026年は約2100名が来園したと聞きました。その間、一度も減少や停滞がなく、文字通りの右肩上がりらしい。
ブルーベリー農園が大阪では珍しい部類の存在だったからか。それもあるでしょうが、成子氏に話を聞いていくと、進展できた理由として、3つの大事な要素があったのだと理解できました。最初に申し上げておきますと、3つのうち最後に挙げられる要素が最も重要と私には感じられたのですが、順番に説明させてください。
農園が提供する価値
まず、1つ目です。観光農園に最も欠くべからざるものとは何かを、成子氏がしっかりと見定めている点です。
「ブルーベリーそのものにも増して、接客です」と成子氏はいいます。ああ、確かにそうかもしれません。実際に客としてここに来園すると、スタッフがまず丁寧に農園を案内してくれ、次に成子氏がブルーベリーの説明を続けます。その後は付かず離れずの対応で、来園者が自由に園内を巡れるのも良い。さらには、暑さへの対策としてエアコンを効かせた休憩スペースをしっかり用意しているのも助かります。
2つ目です。成子氏は、この観光農園の存在と価値を伝えるために何を成しているのでしょうか。
1つ目の要素とも関連しますが、成子さんはそれに関して、「ここで過ごす時間こそが提供物」と踏まえているそうです。
「ブルーベリーファームみさき」では55品種ものブルーベリーを栽培していて、味もそれぞれ異なるといいます。でも、私たち消費者にすれば、そもそもブルーベリーにたくさんの品種が存在すること自体、あまり知らないですよね。成子氏はその楽しさを知ってもらうために、来園者の園内滞在時間を無制限としています。要するに、好きなだけ園内にいて、数々の品種の違いを楽しんでほしいという狙いです。
さらには「史上初」とうたう、ブルーベリーがテーマのトレーディングカードの制作にも踏み切っています。これは2026年に地元関係者との協業で完成させたものだといい、ブルーベリーの品種がバトルカードになっていて、第一弾は30種(30枚)作ったそうです。バトルゲームをしながら、ブルーベリーの品種のことを自然と学べる趣向なのが面白い。来園客に1枚を手渡すほか、1200円(税込み)でコンプリート版を販売もしています。
そして3つ目です。オフシーズンにおける仕事をどう定義付けているか。先ほどお伝えしたように、この観光農園が来園客を入れるのは、ブルーベリーが実を結ぶ夏場の2カ月半だけです。では、それ以外の時期、成子氏はどう動いているのかという話をしましょう。
オフシーズンこそ勝負
成子氏に聞くと、既存の観光農園では来園客を受け入れない時期、ややもすれば、現場での農作業に全ての時間を割きがちなのだそうです。では、成子氏は?
「現場1:マーケティング施策1:事業計画策定1」の仕事配分とするよう徹底しているそうです。
つまり、オフシーズンというのはあくまで来園客を入れないという意味においてのオフに過ぎず、事業としてはむしろ大切な時期に当たるのだと成子さんは考えているというのですね。ここは見事だと私は感じました。
具体的には何を成しているか。まず、SNS戦術を見直して改善を進めること。それと、実績を数字ベースできちんと整理して運営指針の練り直しに時間を使っている、とのことでした。どちらも次年度の成功に向けて極めて重要な作業となっているわけです。
要するに、PDCA(計画、実行、評価、改善)を回す姿勢を、成子氏は貫いているという話です。観光農園においてもPDCAサイクルの実践は欠かせないのだと、勉強になりました。
成子氏は、未経験であった観光農園の立ち上げと運営に挑む上で、前職であった営業の仕事時代に培った経験を生かしているとも解釈できます。経験に無駄はなし、ということでもあると思います。
1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。