
木工房 三澤 「東京曲げわっぱ」
曲げわっぱの多くは樹齢200年ほどの木を用いるが、本製品には樹齢50年ほどの多摩産材のヒノキを使用。頑丈さとしなやかさに着目して作られた
実は「東京初」だった
この連載で何度かつづっていますが、全国各地に根付いている伝統的産品を現代の消費者に手に取ってもらうためには、やはり何らかの要素が必要となります。
例えば本誌2026年2月号(連載121回)で取り上げたEBRUの「吉祥花伝KYOTO」というグリーティングカード。あるいは同4月号(連載123回)の「かおる洋服ブラシ」。前者は京都の着物職人や呉服商との協業ですし、後者ははけ職人の新たな挑戦によって生まれた商品です。
こうした伝統的産品を21世紀の今も存在感の光るものとするには、一つの大事な考え方があると、私は感じています。それは「時代におもねる」のではなくて、「時代をつくる」という姿勢です。
「厚化粧」「急ごしらえ」といった感覚で、現代の生活スタイルに伝統的産品を無理やり当てはめるのではなくて、そこに必然性のある(と、消費者が直感で受け止められる)何かが不可欠です。その必然性とはつまり、「この商品が日常の中にあったら面白い」と思わせるプラスアルファの要素ではないかと考えます。
ところが、そのプラスアルファの付加こそが難しいところです。これを見いだす作業は簡単ではありません。そんなことを感じていた折に出合った商品を、今回お伝えしましょう。
それは曲げわっぱです。東北の秋田を筆頭に各地で作られている、まさに伝統的産品ですね。
では、今回取り上げる曲げわっぱの産地はどこかというと、東京なのです。八王子市の木工房 三澤が2023年に発売した「東京曲げわっぱ」という名のシリーズで、写真の商品は3万4100円(税込み)。
木工房 三澤の代表である三澤正孝氏によると「東京ではこれまで曲げわっぱを製造販売する拠点はなかった」と言います。そう聞きますと、それこそわざわざ東京で曲げわっぱを作る必然性はないのかと思ってしまいますよね。三澤氏自身にとっても、曲げわっぱを製造するのは今回が初めてとのことですし……。
東京初とうたう、この「東京曲げわっぱ」ですが、発売以来、百貨店の催事に招かれるなど、成果を上げています。2025年には欧州からバイヤーが工房を訪ねてきて、直接の買い付け依頼があったとも聞きます。では、この商品のどこに必然性があり、かつ、時代をつくるという姿勢が見てとれるのか、順に考えていきましょう。
多摩産材との出合い
三澤氏は大学などで工業デザインを学んだのち、家具メーカーに勤務し、2016年に起業します。実家は宮大工で、曽祖父が仕事でまとっていた法被が今も残っているそうです。祖父の大工道具もまた、工房にあるらしい。
起業後、椅子などの家具製造に従事してきましたが、その際に三澤氏が積極的に用いてきたのが、地元の材木である多摩産材でした。祖父が使っていたのが三澤氏の記憶に刻まれていたこともありますが、何より木質が良いという特色に引かれたのだそう。
三澤氏は次第に次の一手を考えるようになりました。この多摩産材の木質を生かし、さらには自らの木材加工の技術を証明する、そんな商品を作れないかと。
そこで思い立ったのが曲げわっぱでした。大きな家具に比べれば消費者が購入しやすいですし、自身の加工技術を商品に込められるという意味でも好適と感じたのでした。ただし、そう判断したところまでは良かったものの、ここから先がすんなりとは進まなかった。
まず、よその地域の曲げわっぱについて調べてみると、樹齢200年ほどの木を用いていることが分かりました。ところが、ここ多摩の山にはそこまで古い木はないのだそうです。過去に大規模伐採した経緯があったためでした。
三澤氏は、多摩に存在する樹齢50年程度の若いヒノキを使おうと決めます。木質は十二分であるという判断でした。
自分で技術を見いだした
使う素材は決まりました。では、曲げわっぱづくりの技術はどうものにするのか。
「職人さんに教えを乞うのは難しいだろう」と三澤氏は踏まえたといいます。将来的に競合するかもしれない人間に、そうやすやすと技術は開示しないはずだという話ですね。ならばどうやって?
三澤氏は「自分の手で技法を会得するほかない」と考えたそうです。ネット上の動画などを手掛かりとしながら、素材の曲げ方や形の保ち方など、一つ一つの工程を試行錯誤していったのでした。
家具職人としての実績があった三澤氏でも、もちろん簡単な話ではなく、完成させられるまでに3年ほどを要したそうです。「これならいける」と感じたのは「木材に熱を入れる案配が決め手」と発見できた場面でした。そこから道が開けていったといいます。
三澤氏は当時のことをこう振り返ります。
「成功するまで諦めなかった。これに尽きるのではないでしょうか」
ああ、確かに、これは商品開発の要諦と言えるかもしれませんね。
さらに独自性を付加
こうして完成をみた曲げわっぱですが、三澤氏は「東京曲げわっぱ」の商品化に当たって、2つの工夫をそこに施しています。
まず、本体にガラス塗装をかけている点です。三澤氏は椅子などの家具づくりでガラス塗装を用いていたので、その価値を理解していたそうです。「木の抗菌性を保ったままで、耐火性や耐水性を高められる」のだと言います。だからこの曲げわっぱにもガラス塗装を施すことにしました。
もう1点は、本体のふた部分に模様を入れたことです。
「曲げわっぱは、言ってみれば『すでに仕上がっている商品』。そこに打って出るなら、新しいスタイルの構築を試みるべきと考えました」(三澤氏)
「東京曲げわっぱ」のラインアップを見ると、写真のいちょうのほか、やまゆりや桜の図柄をあしらったものなど、どれも目を引きます。多摩産材の木目に映える絵ばかりとなっている。
「これは『型染め』という技法によるもの」と三澤氏が教えてくれました。着物に図柄をあしらうのに用いられてきたそうです。近隣に職人がいるのでお願いしているのだと教えてくれました。ということは、この「東京曲げわっぱ」は、地元の素材、地元の技術、そして地元での生産体制によって創出された存在なのだと理解できます。
この曲げわっぱ、料理を中に収めるのはもちろん、来客時の菓子箱にも良さそうです。また、木の調湿性や適度な通気性から、ヴィンテージの腕時計をしまっておくのにも使えるでしょうね。不安であれば乾燥剤を一緒に入れておけばいいでしょう。
私の目には、「東京曲げわっぱ」は必然性を備え、かつ、現代の生活に溶け込む、そんな魅力ある製品であると映りました。三澤氏の粘り腰の賜物であると思います。
1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。