
江北ゴム製作所「rebbuR」
ゴム特有の摩擦力で滑りづらい「rebbuR中身がこぼれにくいプランター」。商品名は海苔や茶など、使われている天然素材に由来しており、素材がほのかに香る。バリエーションは6種で、各名称はノリブラック、エッグホワイト、アイアンブラック、ストーングレー、ティーグリーン、ウッドベージュ
論争への見解
大学の教員やマーケッターなどと議論を交わしていて、どうも結論が出にくいテーマがあります。それは「商品開発を進める上で、プロダクトアウトかマーケットインか、どちらが正解なのか」です。
ざっくりと解説すれば、プロダクトアウトとは商品の作り手の思いを優先する商品開発を指し、マーケットインは買い手の意識に寄り添おうとする商品開発を指します。
そう捉えると、マーケットインを志向する方が市場性に即した商品作りにつながると考えられますね。プロダクトアウト志向は、作り手の独り善がりに走りがちだから、顧客が置き去りになってしまって、適切な答えは出ないのだと。
確かに一理ありますね。ただ、話はそう簡単ではない。まず、プロダクトアウトは本当に独り善がりな姿勢に終始するものなのかという点です。プロである作り手が、いくらプロダクトアウトといっても顧客の存在を忘れたまま商品開発を進めるだろうかと疑問が湧きます。また、マーケットインについては、顧客が求める商品像をそもそも果たして真に捉えることは可能なのかという疑問がある。
少し前に、日本を代表するシンクタンクの研究員の方と対談をしました。そこでもプロダクトアウトかマーケットインかという話で議論が盛り上がりました。そこで研究員の方と私は、もしかすると言葉の定義に問題があるのかもしれないと気付きました。
プロダクトアウトもマーケットインも「どうやら1つではない」というのが私たちの同意でした。「自社のアセットの範疇での商品開発に終始すると、プロダクトアウトでもマーケットインでも、良くない結果に陥りがち」と考えると、話が整理できそうだと考えたのです。どういうことか。
アセットというのは、その企業が有する技術やノウハウなどの資産のことです。要するに「自社のアセットの範囲内で『できることをやる』という姿勢にとどまっていては、強い商品はものにできない」のです。それこそ独り善がりで顧客は置き去りになります。
作り手の意思を優先したプロダクトアウトであっても、「信念の下で、ときに自社のアセットを超えてでも完成させよう」と動く場合、そこに成功の目が生まれるのではないか、というのが私たちの結論でした。
町工場発のプランター
なぜそんな対談のことを思い出したかと言いますと、先日、ある商品に出合ったからでした。
「rebbuR(リバー)」という名のブランドの商品群で、その代表的な商品は、洒脱なデザインの屋内用プランターです。観葉植物を入れて仕事机やリビングの一角に置くのに格好な姿をしています。
販売価格は4730円(税込み)で、カラーバリエーションは6色。「エッグホワイト」「ノリブラック」「ティーグリーン」などと名付けられています。それぞれの色になぞらえた呼称なのかというと、そういうわけではないそうです。この後に説明しますね。
このシリーズは2025年に登場したブランドだそうです。東京の足立区にある江北ゴム製作所が製造販売しており、創業60年を超える同社にとって初めての一般消費者向け商品であると聞きます。同社は長らく、幅広い業界に向けて機械や船舶の内部に用いる精緻なゴム製品を作り続けてきた町工場です。社長である菅原健太氏に話を聞いてきました。
「私たちの仕事は受注が基本だから、自らテーマを決めてゼロベースから物を作るのは初めてでした」と菅原氏は振り返ります。
新素材作りに臨む
同社はなぜ、新ブランドの開発に挑んだのでしょうか。
「従来の考え方から自分自身を解放する作業に挑みたかった」と菅原氏は言います。「ゴム製品」というと「安い、長持ち」が当たり前とされてきた領域だそうです。
「そうした当たり前の部分を、まず捨ててみなければと考えたのです」(菅原氏)
長年使い慣れたゴムを用いるのではなく、新たな素材を作るところから開発は始まりました。そこで思い付いたのは、天然のゴムに、天然の未活用材を調合することでした。未活用材とは行き場のない、廃棄するのも難儀な素材のことです。
コーヒーのかす、バナナの皮など、菅原氏はさまざまな素材を試しました。苦心の末に見いだした素材は、卵の殻、海苔の端材、茶の葉の端材などでした。これらは使い道がなく、値段の付かない素材たちです。
では、それらをどう使うか。「未活用材が7、天然ゴムが3という比率が最善であると分かりました」と菅原氏。そのほかには?
「いえ、ほかに混ぜものは使いません」(菅原氏)
つまり、天然のものだけを用いた新素材をものにできたというわけですね。「色合いも、卵の殻や海苔そのものです」と話す菅原氏。だから先に触れたようなネーミングとなっているのですね。しかも、商品に鼻を近づけると、海苔や茶の香りがほのかにするような素材に仕上がりました。
菅原氏はこうして完成に至った新素材を使い、プランターなどの商品開発を進めました。このプランター、デザインがシンプルで好感が持てるだけでなく、本体は軽く、しかも滑らず、中身がこぼれにくい仕様になっているのが良い。商品としての完成度が高いのも見事であると感じさせます。
ブランド名に込めた意味
ここで確認しておきたいのは、どうしてブランド名を「rebbuR」としたかです。
菅原氏は「これ、ゴム(Rubber)のスペルをひっくり返したんです」と話します。ああ、確かにそうですね。
「既存の考え方を捨てるというのが開発の起点ですから、ブランド名を『ゴム』の逆にしたという話です」(菅原氏)
菅原氏の強い思いを込めたというこのブランド、売上額に関してはまだまだこれからと聞きますが、それでも目に見える効果が同社にもたらされたと言います。菅原氏によると、「rebbuRが完成してから、仕事で出会う人、見る世界に大きな変化が起きた」のだそう。さらには、長年の主軸であるBtoB領域の仕事でも、rebbuRの波及効果で新たな取引が生まれていると聞きました。これは、新ブランドが同社の一つの顔となった格好と表現して良いでしょう。
「本業が大事ですから、rebbuRの新素材開発は私1人で進めました」と菅原氏は話します。地道な作業だったのですね。
rebbuRは自社のアセットを超えようと挑んだ(しかも顧客を置き去りにしていない)立派なプロダクトアウトであり、それが実を結びつつある事例だと私は感じました。
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。