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有識者連載
旗を掲げる! 地方企業の商機
「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
コラム 2026.05.29

Vol.125 「市場性」をどう解釈するか BetterDays

 BetterDays「milkmagic」

BetterDays「milkmagic」
あらかじめ水と粉ミルクをセットしておけば、ボタンを押すだけで簡単にミルクが作れる。4万4800円(税込み)。国内で販売されている全ての粉ミルクに対応している



数字が全てを示すとは

新たに打って出ようとする商品領域に、果たしてどこまでの市場性を期待できるか。


その手掛かりとすべきものを何にするかは悩ましいですね。統計データなのか、マーケティング調査結果なのか。どちらも有効に働く場面があることでしょう。


それを踏まえた上で申し上げますと、私は「違和感」こそが最後に効いてくると思います。どういうことか。1つの事例を伝えますね。


電動車いすの分野において国内外で大きな反響を得ているベンチャー企業WHILL。この連載で8年前(2018年1月号)につづっていますが、おさらいさせてください。


2012年設立の同社は、デザインと機能に優れた電動車いすを開発すると、たちまち脚光を浴びました。さらに、電動車いすに自動運転システムを導入。日本だけでなく海外の空港などでも広く採用されています。


電動車いすの分野に新風を巻き起こしたWHILLですが、設立に当たってどのように市場を読み解いたのでしょうか。設立当時、日本国内の電動車いす市場はわずか2万台規模にすぎなかったといいます。この数字だけを見れば、ベンチャー企業を立ち上げてまで新商品を開発する意義は経営上薄いと捉えるのが普通でしょう。ところがそうではなかった。


メンバーが調べてみると、長距離を歩くのが困難な人は、国内に1000万人ほどいることが分かった。それなのに電動車いすの市場は極めて低調なまま。ここでメンバーは違和感を抱いた。2万台と1000万人――この数字の乖離かいりにどのような理由があるのかを明らかにしようと動きます。


すると、結論が導けました。当時の電動車いすには2つの“バリア”が存在したのです。まず物理的バリア。当時の電動車いすは、道路のわずかな段差を乗り越えるのも困難な性能だったらしい。次に心理的バリア。電動車いすに乗っているのを見られるのが嫌、という人が想像以上にいるのだと理解できたそうです。


であるならば、道路の段差をものともしない機能性を備え、なおかつ、乗っているのが誇らしくなるようなデザインとする電動車いすを完成させようと考えました。WHILLはこの決断を起点として設立されたのでした。もし、ただ単に「市場規模はわずか2万台」という数字にのみとらわれていたなら、WHILLの電動車いすが国内外の街や商業施設で広く活躍する風景は見られなかったという話です。



日本初の商品に挑む

ここからが今回の本題です。右ページの写真をご覧ください。これ、自動ミルクメーカーです。商品名は「milkmagic」といい、販売価格は4万4800円(税込み)です。何のミルクをつくる家電製品かというと、赤ちゃんが飲むミルクです。


まず、本体に水と粉ミルクをセットしておきます。必要なときにボタンを押せば、自動でミルクを作って哺乳瓶に注いでくれる。所要時間は20秒ほど。温度は35~70℃の5℃単位、ミルクの量は30~240mlの10ml刻みで設定できます。国内で販売されている全ての粉ミルクに対応しています。


赤ちゃんのミルクをつくるためにわざわざ4万円を超えるような単一機能の商品を人は買うのか。そう感じる人は、育児の経験がないのかもしれないと私は思います。育児は大変で、赤ちゃんが泣くと慌てて粉ミルクを計量し、お湯を準備して調合をする。仕上がったミルクが適温かどうかもチェックする。それが毎日、朝も昼も、そして真夜中も続くわけです。


私の一人息子は社会人ですが、商品を目にしたとき、育児に追われた20年以上前のことを思い出しました。この商品が当時あったなら、無理してでも購入していただろうなあと。


ただ、その当時、日本国内に自動ミルクメーカーは存在しませんでした。この「milkmagic」は2024年秋の発売で「日本初の自動ミルクメーカー」とうたっています。どうしてこれまで国内にはなかったのでしょうか。



大手メーカーは未開拓

「milkmagic」を開発・販売するのは、BetterDaysという東京都品川区のベンチャー企業です。


同社を立ち上げたCEOの大川未央氏は、育児に携わりながら、この「milkmagic」を完成させたそうです。


大川氏は起業する以前、海外滞在していたときに、自動ミルクメーカーという商品があることを知ったそうです。海外にはすでに存在していたのに、日本に輸入されていないのは、それらの商品が厚生労働省の調乳ガイドラインに則していないのが一因であると、大川氏は理解します。だったら、国内に合致する仕様で、自ら作ってしまおうと決断し、BetterDaysを設立しました。


ここで1つの疑問がわきますね。子育てする家庭にとって切実な問題を救ってくれる自動ミルクメーカーなのに、なぜ国内の大手家電メーカーや育児用品メーカーはこの分野に参入しなかったのか。


「おそらく、少子化の時代だからではないでしょうか」(大川氏)


単一機能の製品であり、使うのは赤ちゃんがミルクを飲む時期に限られる。大手メーカーはそこに市場性がさほどないという判断だったのかもしれません。


それでもなぜ、自動ミルクメーカーの開発に踏み切ったのでしょうか。


「私自身の育児経験から、これは必要な商品であるとの確信があったからです」(大川氏)


私は理解できました。育児時代のあのつらさを軽減できるなら、たとえ1年半ほどしか使わない商品だとしても、これを積極的に求める消費者は確実にいると思えたからです。


※ 粉ミルクを調乳する際に70℃以上のお湯を使用することや、使用しなかったミルクは調乳後2時間以内に廃棄することなどが記されている



検索されない「認知の壁」

結果はどうだったか。「2024年の発売当初は苦労しました」と大川氏は振り返ります。どうしてでしょうか?


「そもそも、日本国内では自動ミルクメーカーという存在も言葉も知られていないので、消費者がネット検索してくれないのです」(大川氏)


思わぬ高い壁があったようです。では、どのように動いたのか。


大川氏は「milkmagic」の動画を制作・公開し続けます。すると、応援しようというインフルエンサーが呼応して動画を拡散。日に日にその存在が浸透していきました。


それが功を奏して、現在では当初予測を超える売れ行きを果たせているそう。高かったと思われた壁を乗り越えたのですね。


ゼロから国内市場を創出した意義は大きいと私は感じています。

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura

1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。