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有識者連載
旗を掲げる! 地方企業の商機
「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
コラム 2026.04.30

Vol.124 細部のこだわりが訴求力になる エー・ディー・ピー

エー・ディー・ピー「北斎アロハ」

エー・ディー・ピー「北斎アロハ」
葛飾北斎の生誕地、墨田区で作られているアロハシャツ。すみだ北斎美術館と米国メトロポリタン美術館が所蔵する作品をプリントした2種類で展開している。写真はすみだ北斎美術館所蔵の版画「神奈川沖浪裏」を使用している商品



過剰品質がもたらすもの

東京都の墨田区は、ものづくりの街として知られています。数々の魅力的な商品を世に送り出していますが、その中の1つが、仕立ても触感も良い国産Tシャツ。多くのファンを有する久米繊維工業による商品です。


同社は1935年に創業し、素材選びからカッティング、縫製、仕上げまで国内生産にこだわっています。


相談役である久米信行氏が常々語っている言葉が印象的です。「日本のものづくりの要諦は『過剰品質』にある」というのです。過剰品質というと、微細な部分にこだわり過ぎて不要なところにまでコストをかける悪手のように捉えられがちです。しかし、久米氏は、必ずしもそうではないと力説しています。


過剰品質を平たく表現すれば「そこまでやるか」ですね。そんな姿勢で臨む商品開発こそが、その商品に独自性をもたらし、消費者を振り向かせる。それが久米氏の言葉の主旨です。さらに「過剰品質は、見えづらいところこそ大事」とも久米氏は指摘します。神は細部に宿る、ということなのかもしれませんね。


さあここからが、今回の本題です。久米繊維工業と同じく、東京都墨田区に本拠を構える企業の話をお伝えしましょう。



オリジナルのアロハ

エー・ディー・ピーは、衣類への精緻せいちなプリントを主軸に事業を展開する会社です。シルクスクリーンや、昇華転写といった印刷技術に長けていて、アパレル系企業との取引を長年続けてきました。


同社プリント事業部課長の野﨑誠氏は言います。「お客さまの意向をくんでプリントする仕事が多かった」。もちろん、顧客の注文にぴたりと応える仕事には大きな価値があります。ただ、その一方で、「自分たちの技術を生かし切ったオリジナル商品をつくりたいという思いもあり、行動に移した」と野﨑氏は話します。


では、何をつくるか。アロハシャツです。葛飾北斎の『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』を昇華転写の技術でプリントしたアロハ。商品の名は「北斎アロハ」です。


販売価格は2万9800円(税込み)となかなか立派です。2024年の発売ですが、どれくらい売れているかというと、「当初の計画を超える推移」なのだと野﨑氏は言います。


例えば、成田空港では1日に1着は確実に売れているらしいのです。それが業界内で評判となり、都内の人気観光施設から催事出店の声がかかります。そこでは2カ月で約100着販売という成果を挙げたとのことです。


こう聞くと、インバウンド需要の高まりにはまった商品事例か、と感じられるかもしれませんね。しかし私は、ただ単にそうした潮流に乗ったという話で片付けてはならないと思いました。この「北斎アロハ」の開発経緯を教えてもらうと、そこに納得できる部分が多かったからです。


葛飾北斎のこの名画を用いた商品は、すでにあまたに存在しています。野﨑氏もそれは重々承知していたといいます。それでもなぜ、開発に臨む上で、この作品をプリントしたのか。


「まず、私たちの会社の立地です」。エー・ディー・ピーの本社があるのは、北斎生誕の地であり、社屋の目の前の道路は「北斎通り」と名付けられているほどです。さらに、「すみだ北斎美術館」が社屋のすぐそばにある。


次に、同社には実力派のプリント職人が10人いて、この職人たちの技術を十分に生かせるのが、北斎作品のプリントと判断したからでした。


※デザインを転写紙に昇華型インクで印刷し、高温でインクを気化させて素材に染み込ませる印刷方法



作品のシミまで再現

商品開発に至った経緯はまだあります。それは行き場のないB級品を生かしてほしいと、京都府の職員から相談を受けたこともきっかけでした。そこでアロハシャツの開発の道筋が見えた。アロハシャツは化繊を用いるのが定番ですからね。


つまり、「北斎アロハ」を開発して商品化するのには、いくつもの必然性がそこにあった。ただ、北斎作品の人気や、インバウンド需要を当て込んだわけではなかったということです。


さらに、ここからの話が私には興味深く感じられました。


この「北斎アロハ」は2種類のバリエーションがあります。1つは先述の「すみだ北斎美術館」が所蔵する作品をプリントしたアロハシャツです。そしてもう1つは、米国の「メトロポリタン美術館」が所蔵する作品をプリントしたアロハシャツ。


両者を見比べたら、小舟を描写している部分など、「メトロポリタン美術館」の方は少し赤みがかっていますし、全体を眺めても「メトロポリタン美術館」をプリントしたアロハシャツは若干明るめのトーンで仕上がっています。


プリント職人が元の版画を忠実に反映しようと頑張った結果と言えそうですが、野﨑氏はさらにこんなことも教えてくれました。


「どちらも、元の作品に残っているシミも消さずに生かしています」


ああ、確かにそうだ。


「購入したアロハシャツが汚れているのかと、買ったお客さんからの誤解を招く恐れがあるので、社内でもどうすべきか検討しました」と野﨑氏。それでも「元の作品をあくまでそのままというのが大事」と、あえて作品にあるシミを消さずに、忠実にプリントしたと言います。使用許諾をとった「すみだ北斎美術館」からは、シミの除去は構わない(作品の知財に抵触しないと判断する)と言われていたのに、あくまで元の版画通りにという考えを貫いたのですね。この高価なアロハシャツを購入した消費者にすれば、ちょっと人に語りたくなるような逸話であると感じました。



印刷よりデザインに苦心

野﨑氏に、最後に尋ねてみました。商品化に向けて苦心したのは、やはり名画をいかに精緻なプリントで仕上げるかでしたか。


「いえ、そこではありませんでした」と野﨑氏は即答でした。同社の技術をもってすれば、プリント自体は困難を極めるほど大変な工程ではなかったそうです。


では、何が難しかったのか。


「作品をアロハシャツにどう配置するかというデザイン面でした」と野﨑氏は振り返ります。アロハシャツというのは、マニアにすれば着る場面だけでなく、ハンガーにかけて部屋に飾って楽しめるアイテムでもあります。


「そのことを意識して、ハンガーにかけたときに、北斎のこの作品がよりきれいに映えるよう、アロハシャツの下部分に大きく配置するようデザインしました」(野﨑氏)


ここまでの話を聞き、「そこまでやるか」という過剰品質型の商品はやはり強い光を放つのだと私はあらためて感じた次第です。

PROFILE
著者画像
北村 森
Mori Kitamura

1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。