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有識者連載
旗を掲げる! 地方企業の商機
「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
コラム 2026.03.31

Vol.123 新商品を送り出す意味 宮川刷毛ブラシ製作所

宮川刷毛ブラシ製作所「かおる洋服ブラシ」

宮川刷毛ブラシ製作所「かおる洋服ブラシ」
付属の和紙製フィルターにアロマや香水をつければ、ブラッシングしながら服に香りをまとわせられる。置き型1万5400円、柄付き型1万7600円(税込み)



伝統的産業からの挑戦

全国各地を訪れる中で、その地に根付く伝統的産業に携わる企業の奮闘をしばしば目にします。


金属加工、繊維産業など、粘り強く商品づくりに挑む企業はたくさんありますね。ただし、残念に思える話がないわけではない。現代のライフスタイルになんとか合致させようと新商品の開発に臨む姿には拍手を送りたくなる半面、本当にその商品開発の戦術が正解なのか、気になる場面もあります。伝統的な技法を無理やり今のトレンドを形成する商品に押し込んでいるケースも散見されます。例えば、スマートフォンのケースに繊細な伝統的細工を施すといった具合です。私個人の印象をせんえつながら述べますと、そこに必然性はあるのかと思えてきます。


伝統的産業であるからこそ「時代におもねる」のではなく「時代をつくる」意識こそが肝要なのではないかと私は強く考えます。本連載の2026年2月号で取り上げたEBRUの「吉祥花伝KYOTO」を私が評価しているのは、まさに「時代をつくる」とする姿勢が商品を通して伝わってきたからでした。


京都の職人さんや呉服商、そして東京・銀座の老舗百貨店などと協業する形で1枚2640円(税込み)もするグリーティングカードを完成させた話でしたね。丹後ちりめんや和紙を用い、京都に古くから伝わる図柄をあしらったカードは、購入する人に新たな楽しさをもたらしてくれる商品となっています。


この「吉祥花伝KYOTO」は、先に説明した通り、いくつもの事業者の連携によって登場した商品です。ここでもう1つ、別の観点から私が常々感じていることをお伝えします。


それは「1人(1事業者)から始められることがある」という点です。先月号(2026年3月号)でつづった熊本県八代市のやつしろサニーサイドファームの事例がまさにそうでした。特産の柑橘かんきつであるばんぺいの生産に携わる農家が高齢化問題に直面する中で、代表の桑原健太氏は、最年少の「自分が動かねば」と晩白柚ジュースを地元で認知させようと果敢に取り組んでいるという話でした。そして成果を上げつつもある。1事業者だけでも地場産業の状況改善に向けて何かできるのだと学んだ事例でした。



成熟商品領域での新商品

さあ、本題はここからです。伝統的産業を担う企業であり、かつ、必然性を感じさせる新商品をつくり上げ、さらに言うと、それを世に送り出した理由が単にそれで売り上げを伸ばすためだけではなかったという話をお伝えします。


東京都台東区の宮川刷毛ブラシ製作所は、1921年の創業といいますから、いわゆる100年企業です。職人の手仕事によるはけやブラシをつくり続けており、先代である2代目は「現代の名工」として表彰されたと聞きます。いま同社の代表に就いているのは3代目である宮川久美子氏です。


この時代、職人仕事から生まれるはけやブラシにどれくらいの需要があるのかと思いながら同社を訪れたのですが、お店はなかなか忙しい様子でした。遠方の消費者からの電話でヘアブラシの注文があり、また、はけを求めて来店した寿司職人の男性は「納品まで時間がかかっても構いません」と宮川氏に告げていました。一般消費者もプロのユーザーも、ここの商品をわざわざ購入しようとしているのですね。


私が取材した目的は、3代目の宮川氏が3年前に開発したという「かおる洋服ブラシ」の話を聞くためでした。この商品の仕様は聞くだけでかなりのものです。本体の素材は美しいウォールナット。この木地に毛を植え込む穴をあける工程は、同社で長年培われてきた手法にのっとっていて、一穴ごとに職人が行っているそうです。


そこに植えていくのは白豚毛で、これもまた職人の手で進めていくらしい。宮川氏によると「その方が毛の量がきちっと決まる」と言います。職人仕事によって完成するブラシだからただすごい、という話ではなくて、使い勝手に直結するわけなのですね。


商品名に「かおる」とあるのは同梱されている和紙製フィルターに好みのアロマや香水を垂らして本体に差し込むと、ブラシをかける衣類にその香りをまとわせられるという趣向を施しているためです。もちろん、香りを付けずにそのままこのブラシを使っても構いません。



値段は高いが反響は上々

この「かおる洋服ブラシ」、値段は正直、けっこう立派な印象です。小さな置き型が1万5400円(税込み)、柄付き型ですと1万7600円(税込み)もします。ここまで値の張る洋服ブラシですが、反響は上々であるようです。


「洋服を大事にする人が購入されている印象です」と宮川氏から聞きました。確かにメガヒットする類の商品ではないでしょう。しかし、このブラシには、同社に息づく技術が込められていて、さらには道具としての機能美も感じさせます。洋服を大切にするためのアイテムでありつつ、同時にこのブラシそのものも長く大事に扱いたいと感じさせます。宮川氏の話では「長く使えるのも、このブラシの持ち味です」とのことですから。


ここでちょっとだけ気になったことがありました。宮川氏の言う「洋服を大事にする人」とは、いったいどのような人なのでしょうか。やはり高価な衣類をそろえているような消費者が大半なのでしょうか。



このブラシの狙いは何か

「いや、そうとも限りません」と宮川氏は話します。高級な服でなく、安価な服であっても、ブラシをかけることで効果が得られますから」といいます。ほこりが取れると服の色はさえますし、毛玉が付くのを防ぐことができるからだそうです。なるほど、確かに高い衣類がクローゼットに並んでいるような消費者だけがこのブラシのターゲットというわけではなさそうです。自らの持ち物を丁寧に扱おうという意識のある人に向けた商品だったのですね。


この商品の仕様のことや、ブラシをかける意味については理解できました。最後に尋ねたい。すでに同社が販売している洋服ブラシでも十分なのに、なぜそこに「香りをまとわせる」というプラスアルファの要素を取り入れて、わざわざ新商品として送り出したのか。


そこには「洋服ブラシがもっと一般的な道具として広まってほしい」という宮川氏の一念があったのだそうです。つまり、この商品が売れる、売れないという話を超えて、洋服ブラシという存在とその価値を多くの人に認知させるための新商品であるということですね。だからこそ、消費者が振り向くきっかけとなるように香りという要素を取り込んだ。


成熟商品の領域においても、1事業者がやれることはあるのだと、この事例からまた学べました。



PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura

1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。