
EBRU「吉祥花伝KYOTO」
伝統工芸である京都の「丹後ちりめん」を用いたグリーティングカード。吉祥を象徴する柄があしらわれている。1枚当たり2640円(税込み)
アプローチは複数ある
かつて当連載で「室町呉袋」というトートバッグの事例をお伝えしました(2024年11月号、Vol.107)。その後も何度か紹介していましたが、改めて少しだけつづっておきましょう。
「室町呉袋」を製造・販売するのは東京都港区の松本商店です。同社の社長は、京都の呉服商の蔵に眠ったままで行き場を失っていた和服用の反物に光を当てたいと考えた。トートバッグであれば、蔵で保管するうちに傷や色あせが生じたものも生かせます。
このことで、和装市場の縮小で元気を失いつつあった呉服商や職人との新たな協業の場をつくり上げると同時に、消費者に和服の生地の美しさを手軽に体感してもらえる機会を提供できました。
伝統産業は、一度廃れると復活するのはなかなか難しいものがあります。だからこそ、松本商店の社長はトートバッグの製造・販売を通して、少しでも和装の業界に貢献したいと判断し、実際に当初予想していた3倍を売り上げ、成果を上げ続けています。
同じ京都の和装業界を巡ってはまだまだ事例があります。それが今回お伝えする「吉祥花伝KYOTO」という名のグリーティングカード。
1枚当たり2640円で、グリーティングカードとしては、けっこう立派な値段です。それでも2025年の発売以来、当初予想を大きく超える販売数を記録していると言います。そもそもどんな商品なのか、また、なぜ売れているのか。順番に話していきましょう。
柄の検討段階から協業
製造・販売するのは、東京都荒川区のEBRU(エブル)です。2021年に3名の30歳代女性が共同で起業した新しいベンチャー企業です。メンバーは佐藤怜氏、先山絵梨氏、田邊樹美氏。金沢美術工芸大学の同窓生で、東京で再び集結してEBRUを立ち上げました。
今回の「吉祥花伝KYOTO」に先立って、2024年には「吉祥花伝」という商品を発売しています。これは行き場のない着物を集め、それをほどいた「古裂」を中に封入したグリーティングカードでした。
同社はそこからさらに一歩踏み出して、その翌年である2025年に「吉祥花伝KYOTO」を完成させています。こちらもまた美しい伝統的な柄が1枚のカードとして生かされています。
松本商店の「室町呉袋」がトートバッグであるのに対して、これらの商品はグリーティングカードの形で、伝統産業の技を伝えているというわけです。
では、EBRUの場合、先行して販売した「吉祥花伝」と、最新作の「吉祥花伝KYOTO」では何が異なるのか。
前者は先に触れた通り、もともとあった古い着物を活用する格好で、グリーティングカードに仕立てています。いわゆるアップサイクルという商品開発の形態です。単なるリサイクルではなく、新たな価値を生むように、異なる領域の商品化に臨み、そこに素材を用いる手法です。
それに対して「吉祥花伝KYOTO」では、商品開発の最初の段階から、京都で和装業界に携わる人々と連携し、完成にこぎ着けているのだと聞きました。どういうことなのか。
このグリーティングカード、素材は丹後ちりめん、図案の染めは京都伏見の職人、台紙となっている和紙の浮き出し加工も京都の職人の手になるもの。封筒は友禅和紙で、手すきでの仕上げ。
そしてそもそもの図案は、着物を長年扱う老舗問屋と相談を重ねて決めたと言います。京都の人々が愛着を抱く柄で、なおかつ「吉祥花伝」の商品名が示す通り、吉祥(めでたいことの兆し)とされるものを選んでいるそうです。現在の図案は5つあります。
もともとあった古い着物をアップサイクルするのではなくて、カードにする素材をわざわざゼロから作り上げたという話です。
連携は異分野にも及ぶ
佐藤氏は言います。
「今も続いている技術を引き継いで残し、発展させることが3人の務めだと考え、呉服商や職人さんとの協業に踏み込んだ」と。そこには強い意思があったのですね。
京都の呉服商や職人さんと交渉を進め、ここまで手を携えるに至る過程で、EBRUの3人の努力は相当なものであったのではないかと想像しますが、実はこの「吉祥花伝KYOTO」では、同時に別の業種との連携も深めています。
製品の企画に当たっては、当初から東京・銀座の大手百貨店である松屋銀座が加わっているそうです。どのような仕様が良いか、製品をどう訴求していくか、話し合いを重ねてきたと聞きました。松屋銀座は販売展開に当たっても力を貸してくれているそう。
また、発売後は、日本を代表するシティーホテルである帝国ホテルも参画。同ホテルの公式通販サイト「ANoTHER IMPERIAL HOTEL」で取り扱っています。
EBRUは前述の通り、新しい会社であり、しかも小規模です。ここまでの連携態勢を築くのはさぞかし困難が伴ったのではないかとも思うのですが、佐藤氏によると「実はそうでもなかった」と言います。地域のために何かを成さねばとの思いは、京都の呉服商にも職人さんにも、また、老舗の百貨店やホテルにも共通していたからかもしれません。
それでも、伝統産業の世界にいる人たちや大手どころの企業を相手に話を進めるのは、時にしんどい場面もありそうですが、佐藤氏は「交渉に臨む上で躊躇することは全くなかった」と振り返ります。
先につづったように「自分たちの務めは何か」を見据え、それを揺るがせることがなかったからこそ、ここまでの成果を上げられたのではないかと推測するところです。
インバウンドを意識して
「吉祥花伝KYOTO」の図案は、「京玩具尽くし」「見立て葵千鳥」「桜霞御所解」などというものですが、そう聞いても図案の由来は門外漢には分かりづらいですよね。美しい図案だというのは手に取ればたちどころに理解できますが。
商品には、それぞれのカードに図案の説明が日本語と英語の双方で添えられています。これはとてもありがたい。英語での表記があるのはインバウンドからの需要を見越してのことと聞きました。
このカード、日本旅行からの帰路に発つ場面で買うと、良いお土産になりそうです。
いや、インバウンドだけではない。「小さくて軽く(携えやすい)、しかもちょっと値段が高い(渡す相手に失礼にならない)」という特長から、海外出張や旅行時に現地で会う人に渡す手土産としても最適ではないでしょうか。
「吉祥花伝KYOTO」はまさに、こうした全ての要素をクリアしています。販売数はまだ伸びるでしょう。
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。