その他 2018.04.27

Vol.32 特別編 地方発ヒット商品番付:北村 森

 

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安いだけじゃダメ

今月号の「〈100年経営〉対談」で、タナベ経営社長の若松孝彦さんと対談しました。FCCREVIEW創刊号から、私は「旗を掲げる!」というこの連載原稿を毎号綴ってきました。対談では、なぜ旗を掲げることが必要なのか、私なりの考えをお伝えしています。

対談の中で、若松さんがこうおっしゃいました。

「地方発商品のヒット番付というのを作ってみたいんです」

それは確かに意義深い作業かもしれない。とても面白い試みになると感じました。

そこで今回、2008年~2017年の10年間を対象に、これまで私が行ってきた取材・研究をもとに番付を作成してみました。

どうして、この10年を範囲としたのか。2008年を思い出してください。リーマン・ショックによる影響で、ものの売れ方が大きく変化した年でした。大手小売りチェーンは安価なプライベートブランド商品を拡充、ファストファッションのH&Mが人気を集め始めたのも、この年でした。

ただ、1990年代前半のバブル崩壊直後の不況とは、消費者の志向がちょっと異なっていた印象があります。いくら景気が悪くても、ただ単に値段が安いだけでは売れない。安くて、しかも品質面に“びっくり”する点がなければ、人は振り向かなくなった。それだけ、消費者は成熟したのだと思います。

このあたりからですね。地方発の隠れた実力派商品に、多くの人が、より注目していったのは。

財布の中には必ずしもたくさんのお金は入っていない。入っていないからこそ、真剣に買い物をし、いいものを自ら発掘しようと動き始めた感があります。

結局のところ、余裕のない中で満足を得るには、商品選びの審美眼を磨くしかないわけです。さらにはSNSの浸透で、そうした自分の審美眼を周囲に自慢できる時代にもなった。

そうなると、消費者は「まだ見ぬ商品」を必死に求めるのですね。さらに言えば、地方の小さな企業も自社でネット通販サイトを構築しやすい環境となったのは、間違いなく追い風でした。

地方発の商品から、ここ10年間ヒットが出続けているのには、そうした背景があると思います。

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ベンチャーウイスキー
『イチローズモルト』
(東・大関)

 

 

ヒット商品番付の基準

ヒット商品番付を作成する上で重要なのは、「何を基準に序列を決めるか」です。単純に、販売数や売上高をもとにランキングを作るのか。それともブームの度合いがどうだったかを何らかの手法を用いて比較するのか……。

私が今回着目したのは「旗を掲げ、その旗が消費者や他の企業に影響をもたらしたか」です。

まあ、この連載のタイトルがそうだから、というのもありますが、対談でもお伝えしたように、「この商品分野はこうあるべきだ」と企業が鮮明に主張した商品だけが生き延びる時代に入ったと考えられます。

何でもそうです。「スーパーの総菜とはどうあるべきか」「玩具とはどうあるべきか」「旅館とはどうあるべきか」といった具合。その旗に人は共感し、手に入れたり、利用したり、またSNSに画像や動画を投稿したりするということ。

別の言い方をすれば、そうした旗のない商品には、人は決して振り向かないと思います。

何より、その旗こそが、全国規模で展開する大手企業の商品に対峙する、最高の武器となります。価格競争では大手どころに対抗しづらいですし、商品開発のコストも、宣伝広告にかけられるコストもかないません。しかしながら、旗を掲げた商品であれば、消費者はその意義をちゃんと読み取り、手を出してくれるのです。

そうした旗の成果というのは、端的に表れます。

私が今回作成した番付を次頁にまとめました。まずはざっと眺めていただきたいのですが、私自身、先入観を持ち込まずに序列を付けていった結果、ここに掲載した商品たちの多くに、ある共通項があることに気付きました。

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中川政七商店『2&9』
(西・横綱)

 

 

市場は「創る」もの

それは何かというと、それぞれの商品が登場するまで、その商品分野が必ずしも成長していたとは限らないという話です。つまり「売れ筋のジャンルだから商品を投入した」わけでは決してないということなのですね。

『バーミキュラ』が登場した2010年の直前に、鋳物ホーロー鍋が爆発的にヒットしていたわけではありませんし、『Knot』に関して言えば、国内の腕時計市場ははっきりと右肩下がり状態でした。そこにあえてブランドを立ち上げた。

『そのままブーケ』も似たような感じです。2000年以降、花の市場は下がり続けているという状況下で、一地方の花屋が世に問うた花束が、異例のヒットを飛ばした。

まだあります。『2&9(ニトキュー)』は、生産量日本一であり続けながら一般的にはほとんど無名だった、奈良県産の靴下の存在をいかに広めるかがテーマでした。やはり、そこに追い風は吹いていなかったのです。

『マルチスピードミキサー』など、日本ではフードプロセッサーの市場はほぼないとまでいわれた中で商品を登場させ、結果として、市場規模そのものを持ち上げるに至りました。

いずれも、伸びている市場だから商品を作ったのではないのですね。それぞれの企業が得意とする分野で、この商品分野はこうあるべきという旗を掲げたからこそ、市場の伸長とは関係なく(もっと言えば、たとえ市場自体が縮小していたとしても)ヒットを打ち出すことができたのです。

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木古内公益振興社
『道の駅 みそぎの郷 きこない』
(西・前頭)

 

 

地方発 旗を掲げたヒット商品番付
2008~2017年版

この10年間、中堅・中小事業者発でヒットした製品、サービス、スポットを番付形式でまとめた。
番付の編成にあたっては、次の3点を評価基準とした。①「そのジャンルはどうあるべきか」を見据えて新たな旗を掲げたか。②それが売り上げや集客に大きな成果をもたらしたか。③その結果、消費者だけでなく、業界内外に多大な影響を与えたか。

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常識を疑うからこそ

もう1つ、共通する部分があります。それは、業界の因習から価格設定に至るまで、それまでの常識を疑ってかかったこと。旗を掲げるとは、それまで当たり前のようにあった何かに疑問を呈するという話でもありますね。

もちろん、常識を疑った先には厳しい道のりが待っている恐れはあります。『イチローズモルト』の蒸留所であるベンチャーウイスキーは、当時、日本では唯一のウイスキー専業メーカーとして創業しました。資金繰りひとつ厳しい中でも踏ん張り、その結果、ウイスキー愛好家がついてきた。

『エスト・マカロン』は発売直後、既存の流通各社からそっぽを向かれたそうです。1枚1000円もするようなマスクが女性客に売れるはずがない、と……。そこで、思い切って直販中心に変え、消費者の支持を集めました。

6次産業からなかなかヒットが生まれない中、「他の商品には置き換え不可能な、フックのある商品名」を付け、「他の商品には決してない製法」に踏み切ったデアルケ『200%トマトジュース』は、今でもしばしば品切れ状態に。

商品の開発や提供する体制そのものに斬り込んだ存在もあります。

『越中富山 幸のこわけ』は、むやみに新たな商品を開発するのではなく、地元で長年風雪に耐えてきた逸品を集めて、共通パッケージに包んだ。私は、地方土産分野の雄であり、お手本だと思います。

「ファットリアビオ北海道」は、イタリアの熟練チーズ職人を札幌に招いてしまうという力技で、輸入チーズの価格高騰に立ち向かったんです。そして成功した。

人口わずか4000人、観光地でもない町で立ち上げた「道の駅 みそぎの郷 きこない」が、開業1年で55万人も集客できたのは、立地からサービス体制まで、既存の道の駅をしのぐ内容にすべく、奮闘したからに他なりません。

最後に、東北をはじめ、ここ数年、全国各地で目立っている、「日本酒共同醸造プロジェクト」。本来なら、ライバル同士の酒蔵が手を組むことはあり得ませんでした。若い蔵元たちがそれを打破し、互いの技術を惜しげもなく開示しながら、酒を醸している。

常識を疑ったからこそ、旨く、楽しい一杯が生まれ、日本酒好きの心をつかんだ。いや、競合する酒蔵同士があえて手を携えた、それ自体の痛快さに、人は酔いしれたのかもしれませんね。

 

 

 

PROFILE
著者画像
北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。