その他 2018.03.30

Vol.31 「実は日本一」を生かす手立て:小田喜商店

なぜ知られていないのか

例えば、天然のトラフグと言えば、どの産地を思い浮かべますか。山口でしょうか? 確かに下関のフグは名が通っていますね。でも、山口と競るほどに、愛知や静岡、三重でも、いいトラフグが揚がっています。これ、知らない人はまったく知らない事実ですよね。

では、栗はどうですか。栗を使った菓子としては、長野の小布施があまりに有名です。でも、栗の生産量は長野が一番ではありません。生産量でも産出量でも日本一なのは、実は茨城なんです。首位の座は長年続いています。

私も最近までそのことを知らず、自らをちょっと恥じました。聞けば、前述の小布施にも、茨城の栗は数多く出荷されているらしいのです。その意味でも、栗を巡る相当な実力県であることがうかがい知れます。

「茨城っていうのは、“原料供給元”なんですよね」。そう苦笑するのは、栗農家が多い旧・岩間町(現・笠間市)で栗の加工業に携わる、小田喜商店社長の小田喜保彦氏です。「栗だけじゃない。そばも野沢菜も、茨城ではたくさん生産されていますよ」

いわば縁の下の力持ちという存在として、茨城はいくつもの作物を地道に育て続けているのですね。

その実力は、それぞれの関連業界の間では、当然のことながら知れ渡っているものの、一般の消費者は必ずしもその事実に気付かない。長らく、そんな状態だった、というわけです。

それでいいのか――。1990年代に入って、小田喜氏も、地元の関係者も考えました。よそに出荷するのもいいけれど、栗の産地には産地らしい生き方があるのではないか、という思いが生じた、とのことですね。

そもそも、小田喜商店自体が、食品メーカーなどのプロ向けに栗の加工品をもっぱら供給する会社でした。そこから一念発起、消費者に直接訴えかける菓子を作ろうと決断しました。第1号商品は2004年に登場。さらに次の商品、また次の商品と、意欲的に動きました。

 

小田喜商店は創業およそ 60 年、地元産の栗の加工に従事してきた。ここ茨城県は、栗の生産量・産出額ともに日本一。 しかしながら、その事実を知る人は(とりわけ県外の人間は)とても少ない。その状況を打破せねばと、小田喜商店は、一般消費者向けの栗菓子の開発に力を入れている。写真は『いわまの栗菓子 ぎゅ』。9 片入りで、税込み 2063 円 茨城県笠間市吉岡 185 ? 1 http://www.kurihiko.com/

小田喜商店は創業およそ 60 年、地元産の栗の加工に従事してきた。ここ茨城県は、栗の生産量・産出額ともに日本一。
しかしながら、その事実を知る人は(とりわけ県外の人間は)とても少ない。その状況を打破せねばと、小田喜商店は、一般消費者向けの栗菓子の開発に力を入れている。写真は『いわまの栗菓子 ぎゅ』。9 片入りで、税込み 2063 円
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茨城県笠間市吉岡 185 ? 1
http://www.kurihiko.com/

 

 

 

「インスタ映え」しない?

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『いわまの栗菓子 ぎゅ』を生み出したのが2011年。

この『ぎゅ』、とても不思議な菓子であると、私には感じられます。

姿かたちは至っておとなしめ、と言いますか、身もふたもない表現をすると地味です。小さな直方体(ひとくち羊ようかん羹のような)で、表面の焼き色が目を引くぐらい。

で、口にすると、驚きます。栗の高貴な香りが、ぶわぁっと迫ってくる。圧倒されます。

だいたい、これ、和菓子なのか洋菓子なのかも判断しかねるような存在にも思えます。「独自の栗菓子」としか、言いようがないのかもしれません。

 

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そして、値段がまた立派。先ほど触れたような小さい直方体9片で、税込み2063円です。ということは、1片200円超えか……。それでも売れているというところが、また実に面白い。

小田喜氏が笑います。「見た目がインスタ映えしない菓子でしょう」。いえいえ、単にSNSで映えることだけを目指した商品は、もはや消費者には刺さらないと、私は思っています。それよりも、今むしろ重要なのは「原石感」でしょうね。まだ大半の人が知らない実力派のスポットなり商品なりを発掘したという、うれしさを提供できる存在こそが、これからのSNSでは反響を呼ぶはず。その意味で言えば、見た目だけにひたすら趣向を凝らすのは、実は賢明ではないのです。

 

 

 

栗の持ち味を生かし切る

この『ぎゅ』開発に当たっては、「栗そのものを味わえる一品を」というところが出発点だったといいます。「うちはお菓子屋ではなく『栗屋』です。だから栗から離れてはいけない」と小田喜氏。

具体的にはどういう意味でしょう。「栗の持ち味を生かし切ってあげる、ということ」だそうです。

材料は、地元の栗と砂糖だけ。栗を蒸した後に裏ごしし、砂糖と合わせて、押し固めます。最後にオーブンで軽く焼くのですが、「このときに、均一に火を入れること、それと“ミディアムレア”の状態に仕上げることが大事です」(小田喜氏)

開発の途上では、それこそ客を引き付けるような形状(楕円形、あるいは栗の形状をかたどったものなど)も検討したのですが、結局は、菓子の厚さを確保できて、いい具合に火入れできる四角形に行き着いた。これは風味を優先するためでした。完成した『ぎゅ』は1片ずつ真空パックになっていて、一見するとなんだか高級菓子ではない感じにも捉えられてしまいそうですが、これも風味を十二分に生かすための方策らしい。

つまり、全ては「栗優先」だったわけですね。私は、ここまで実直な商品の方が、むしろ評価できると思いましたよ。インスタ映えなんて気にしている場合じゃないんだ、という話でしょうからね。よく、思い切りました。

 

誤解されている部分も

小田喜氏の話は続きます。技術を込めている半面、奇をてらわないことを徹底している『ぎゅ』ですが、それを徹底できたのはなぜなのでしょうか。

「この地は栗の本場です。本場であるなら本質を追わないと」

本質とは何?

「栗とは何なのか、を突き詰めることに他ならないと思います」

さらに聞いてみると、こんな話が出てきました。

栗という作物は、小田喜氏に言わせると、実は甘さが売りではないのだそうです。「本来の売りは、香りなんです」

「しばしば、『大粒でおいしい栗です』といった表現を耳にしますが、大粒のものが必ずしも風味に秀でているわけではない」とも。

しかも、採れたての栗は、甘さがそんなに強くはない。ただし、香りという意味では最高。

そうした、“栗の真の持ち味”を大事にした結果が、『ぎゅ』だったということと理解しました。

ちなみに、産地によって栗の味は大きく変わるのでしょうか。

小田喜氏の解説はこうです。

「産地より、作り手の考え方によって変わる、と見るべきです」

一般には、大粒で見栄えの良い栗を求める傾向にありますが、ややもすれば大味で水っぽくなる傾向もある。大粒の栗を意識して作れば、生産者にとっては収入も上がるが、実際の品質に関しては、良しあしという側面も……。

ここ旧・岩間町の生産者は、いたずらに大粒を狙っていないとも聞きました。ということは、より味の良い栗が生まれる可能性も高いということですね。

 

『いわまの栗菓子ぎゅ』ができるまで――
ポイントは均一に練り上げること、それと“ミディアムレア”状態の焼き加減にとどめること。
それが栗の風味を生かす最善の策だという。原材料は、地元産の栗、それに砂糖のみ
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「あっ、栗だ」との声

先にもお話しした通り、『ぎゅ』は売り上げ好調だそうです。

「こんなちっぽけで、こんなに高い値段なのに」と小田喜氏。

食べた顧客が「あっ、栗だ」と声を上げるのが印象的だとも話します。栗の本来の味わいをよく知らない人にとっても、これこそが栗なんだと気付くという、興味深いエピソードに思えます。「稲作以前から食べられていたのが日本栗ですから、日本人にとっては記憶のどこかに刻み込まれている風味なのかもしれませんね」(小田喜氏)

茨城の栗が実は日本一の生産量を誇っているという事実が、今後どこまで浸透するのか。未知数なところも正直あります。

とはいえ、こうして“足元の宝物”を大事にして、その持ち味を伝えようという人々の奮闘が続く限り、そう悲観することもないのではないかと私は感じました。

あえて派手な見栄えを狙わず、栗の特性に寄り添い、実直な商品を作っていく。そうした取り組みこそが、結局のところ、より多くの人の心に響く近道なのかもしれない、とあらためて考えさせられた取材となりました。

地域産品を用いた地域おこしを目指す全ての人にとって、参考になる事例ともいえそうです。

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PROFILE
著者画像
北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。