「重い」からの脱却を
秋田出張の折、ふと目に飛び込んできた「がっキー」という、インパクト十分な文字。「何だ、この土産物は」と思いつつ、先を急いでいたので、買わずに通り過ぎました。後でちょっと調べてみると、それは『いぶりがっキー』という商品で、秋田で売れに売れているらしい。
だったら、「帰路の秋田空港で購入しよう」と決めて売店に寄ったところ、どうしても見つからないのです。店員さんに聞くと「あまりの人気で、注文をかけても満足に入荷できないんです。それもこのところずっと……」という返事。空港のショップが求めても仕入れられないなんて、相当なヒット商品です。
東京に戻ってから、どうにかインターネットで取り寄せられました。
いぶりがっキーは、秋田名産のいぶりがっこ(燻した大根の漬物)を細いスティック状にして、硬めの食感となるよう、さらに乾燥させたスナックでした。
ポリッポリの食感なのですが、かみ締めているうちに、だんだんと薫蒸香やたくあんの味が伝わってくる。オフィス用のおやつとして机に忍ばせておくにもいいし、自宅での酒のさかなにもぴったり合う。しかも、いぶりがっこをいちいち取り出して包丁で切って盛り付ける手間が一切要らない。何より、この珍しい食感は誰かに伝えたくなる。これは売れるはずです。
この商品を作った人に会いたくなって、もう一度秋田に舞い戻りました。現地取材です。
開発したのは、同県湯沢市の伊藤漬物本舗で、伊藤明美社長自らの発案だったそう。
どうして、こんな商品を?
「秋田土産というのは、とにかく重くて大きいものばかりでしょう。日本酒、稲庭うどん、お米、そして、いぶりがっこもですね」
そうした「重い、大きい」イメージから秋田土産を脱却させたい、というのが、開発の出発点だったそう。
しかし、話は簡単ではなかった、とも。当初は周囲から「いぶりがっこをこんなふうにするなんて突拍子もないことを」という評が立ちました。
そもそも、いぶりがっこを乾燥させること自体が、難しいとされていました。いぶりがっこの内包する旨みの成分が乾燥には向かないらしいのです。
「何、これ?」は強い
温度と時間の試行錯誤が続きました。温度が高いと焦げる、時間が長くてもやっぱり焦げる。半年やり続けてたどり着いたのは、高温を避け、長時間かけてゆっくり乾かすという手法でした。
途中でやめようとは思わなかったのか。伊藤社長は言います。「お客さまが手に取ったときに『何、これ?』というふうに、クスッと笑みがこぼれちゃうものを作りたかった」。この言葉にはうなずきましたね。地域産品で重要なのは、まさに「何、これ?」と思わず声を上げてしまうような「まだ見ぬもの」であることが大事、と思うからです。
と同時に、「その地にある、足元の宝物」を生かすことも重要。なぜなら、必然性を感じられないような地域産品に、人は振り向かないからです。
その案配が本当に難しいところですが、いぶりがっキーはまさに「何、これ?」と「その土地らしい必然性」を兼ね備えることに成功しているわけです。
箸にも棒にも掛からない
いぶりがっキーが発売されたのは2009年のことでした。伊藤社長には、この商品は必ずや受け入れられるという確信があった、といいます。ところが、「最初は箸にも棒にも掛からなかった」そうで、起爆剤となることを期待して秋田県内のコンクールに出品してみたものの、結果は振るわず……。
「これにはショックを受けました」と伊藤社長。でも、確信はまだ揺るがなかった。それはなぜか。
伊藤社長はいぶりがっキーの販売に当たって、従来、漬物を土産として購入していた主たる消費者とは異なる層を狙っていました。
漬物をよく買ってくれていたのは年配の人。それをいぶりがっキーでは若い世代をターゲットに絞り込んだ。新しいものを好み、しかも食にさとい消費者であれば、必ず反応してくれるだろう、との読みがあったといいます。
そして、その読みは当たりました。伊藤漬物本舗は小さな企業ですから、広告宣伝は一切なし。それでも2010年ごろから、じわじわと動きが出始めました。
『いぶりがっキー』はどのように出来上がるのか。
箱を変えたら超品薄人気に
大ブレークしたのは、2017年のことでした。前年に、箱の形状を筒型から薄型に変えたのです。ちょうどレトルトカレーの箱を一回り小さくした程度の寸法。中身の分量は変えていません。
「男性のブリーフケースにすんなりと収まる形にしたかったので」というのが、変更した理由でした。
これが大当たりし、2017年になってからは、品薄状態が常に続くように……。その一方で、2017年夏からは、JR秋田新幹線の車内販売で取り扱いを開始。これだけで月に700箱は出ているというから、なかなかの話です。
商品は軽くて小さい。そして気持ちを揺さぶるネーミングを施した。いぶりがっキーが売れた理由にそれらが挙げられるのは間違いないところなのですが、さらに二重三重にも、伊藤社長は“ヒットを呼ぶ要素”を、この商品に取り入れていました。
1つは、その原材料です。パッケージにある原材料欄に目をやると、「大根、砂糖、食塩、米ぬか」。以上です。無添加なんですね。
「とりわけ女性の消費者は、商品を選択する場面で『裏を見る』と思います。どんな食材が使われているのか、添加物は入っているのか……」と伊藤社長。酸味料などを使えば、もっと簡単に生産できるそうで、無添加というのは作り手が難儀するらしいのですが、伊藤社長はここが“勝負どころ”と考えたそうです。
もう1つは、箱を開けるとすぐに気付くポイント。このいぶりがっキー、内容量は12gなのですが、4つの透明の袋に3gずつに小分けして収まっているんです。1つの小袋に5?6本というところ。
これ、お土産として職場などで分けて配るときに、とても便利です。気が利いていると感じましたね。当然、梱包作業の手間はかかりますが(梱包はスタッフの手作業です)、リピーターを生む要因にもなっているはずです。
火事からの復活
発売当初は、1カ月で500箱の出荷でした。それが現在では、月に4000箱。これだけの増産を重ねても、品薄状態がずっと続いています。ただし、伊藤社長によれば「これ以上の数は作れない」のだそう。原材料となるいぶりがっこは自家製であり、その原材料に限りがあるからです。
実はこの伊藤漬物本舗、4年前に火事で社屋をなくしています。「伊藤漬物本舗はこれで終わったな」という声もちらほらあったそう。そこからの復活は大変であっただろうと想像できます。
伊藤社長は振り返ります。「火事で社屋はなくなったけれど、技術と人は残っている」。そして、こうも言います。「いぶりがっキーという独自性の高い商品があったからこそ、会社を再興できたと思います」
「漬物なんて、今どきの若い消費者は食べるのだろうか……」。そう考える向きもあったかもしれません。でも実際、いぶりがっキーは受け入れられています。伝統的な食品をそのままで終わらせず、今の時代に合った形を追求した。それは結果として、若い消費者にちゃんと響いた。ここが極めて教訓的であり、また、面白い点であると思います。
もともとその土地にあるものを生かし、他の商品に置き換えられないような独自性のあるネーミングを施した。そして、箱のデザインを変えるなど、きちんと商品を育てた。ヒットしてからも無理な増産には踏み切らず、できる範囲で、地に足を着けた生産体制を守る。どれか1つ欠けても、ここまでの商品にはならなかったかもしれません。とても勉強になった取材でした。