2017年12月号
後継経営者は楽な立場ではなかった
「後継経営者」と聞いて、「親の後を継いで、自分も社長になれるんだ、いいなあ~」。そう思っていたしがないサラリーマンの息子である私……。しかし、そんな簡単なものではなかったという話を以前ここでも書かせていただきました。
その後何人かの「後継者本人」への直接取材を通じ入手した事実から、あらためて「後継経営者」ならではの葛藤や困難や喜びの一部を知ることとなったのです。
山梨県のとある醸造業では
まるで「特別取材」でも敢行したかのような前振りになってしまいました。実際は、私がラジオ番組の生放送のため、週1度お邪魔する山梨県にある、企業というより家業を継ぐことを決意した人と雑談したことから、知ったことばかりです。
しかし、雑談だからこその彼らの「本音」や「心に染みる、輝ける言葉」を耳にできたともいえます。
今年36歳の五味仁さんは、創業明治元年、150年以上にわたり醸造業を営む五味醤油株式会社の代表取締役という重責を、つい数カ月前に父上から引き継いだ「後継経営者」です。
「代表に就任するなり、財務諸表の整理だの役所への届けだの、事務的な業務が一気に押し寄せて、継承事務のほんの入り口で、こりゃあえらいことになったなあ……なんて、ちょっぴり後悔しましたねえ」
超新米の後継経営者として大忙しの日々を過ごす五味さんですが、30代になるまでは「自分が親の事業を引き継いで6代目に就任する」という明確なイメージはあまり持っていなかったのだそうです。
五味 「父も母も、かねてより『長男だから家業を継ぐべきだなんて考える必要はない。お前は、自分が好きでやりたい道を進めばいい』と言ってくれていた。だから後継者になるんだという気負いもプレッシャーもまるでなかったなあ。両親は、事業経営の厳しさを痛いほど知っていたから息子には楽をさせたいと思っていたみたいです」
梶原 「先代は本気で、息子に継いでもらわなくて構わないと思ってたんですかねえ?」
五味 「ええ、本気だったみたいです。本気だと私が確信したのは僕が高校生の頃でした」
梶原 「何かあったんですか?」
五味 「父がものすごく晴れ晴れとした顔で、高校生の僕を捕まえて、言ったんです」
梶原 「何と?」
五味 「昨日で、会社が背負っていた、全ての債務を返し終えることができたぞ! これで、この商売を続けるもやめるも全て私が決められる。わが家はみんな自由の身になったんだ! 仁! お前はこれまで通り自分がやりたいように生きろ!」
梶原 「5代目であるお父さんも、きっと後継者としての重圧を背負い続けていたんでしょうねえ。で、仁さんは?」
五味 「のんきにやりたいことをやっていたとはいえ、僕としても、やがては家業を継ぐことになるんじゃないか? そんな覚悟もちょっぴりあったんですが。この時点でそれはなし!と聞き、ものすごい解放感を味わった記憶があります」