その他 2016.11.30

vol.15 現場と本部のジレンマ

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2016年12月号

不安な中、ついに迎えた生中継 
 
 夜が明け、大みそか当日を迎えました。地元放送局が集めてくれたのか、応援の方たちがバスに乗ってやって来ました。民宿のおばさんも、選手やわれわれのためにお汁粉を用意して振舞ってくれたりして、「本番近し」の空気が漂ってきました。
 そして夜。前の晩の反省から、私はさらなる寒さ対策のため、体中に使い捨てカイロを貼り、コート2枚を重ね着して海岸に到着しました。万一に備え、その日も医療救急スタッフがスタンバイ。中継スタッフは空気ボンベやカメラなど機材のチェックを淡々と行い、選手たちはそれぞれに入念なウオーミングアップを行い、調整に入っています。
 そして肝心の天候は? またしても予想を裏切り、昨夜ほどではないものの、風も波もやんではいませんでした。
 「はあ……」
 絶望的なため息を吐いた私や選手、スタッフの前に、あの現場ディレクターがメガホンを持って現れました。
現場ディレクター「皆さん、お疲れさまです。私はこれまで、フリーダイビング日本新記録達成の瞬間を、年越しと同時に全国にかっこよく伝えようとばかり考え、選手の皆さんや、スタッフの皆さんにプレッシャーをかけまくってしまいました。反省しています。申し訳ありませんでした。東京の局担当が詳細に調べた年明け時点の天気予測は快晴ということですが、昨日のことを考えるとあまり期待しない方がよさそうです。本番ではとにかく事故のないように。無理をせず。やれるだけのことをやれば、それでもう十分にありがたいことだと思っています」
 昨日まで「がんばろう! なせば成る!! さあ行くぞ!!!」と「いけいけどんどんの能天気」だった彼が、穏やかな表情で語り始めたのです。
現場ディレクター「記録を期待するなど、無理かもしれません。船上の梶原さんのモニターに、思ったような映像が映ってこないかもしれません。大変申し訳ないことですが、そういう場合でも、あるがままを、いつもの梶原節で皆さんに伝えていただければ十分です。選手たちの、スタッフの、何かが少しでも見えたなら、チャレンジしたという、そのこと、そのものを大いに称えてください。以上です」
 昨日まで「とにかく盛り上げてください」とすがるように言っていた人とは別人です。
 彼はすでに「東京の上の人の顔色」などまるで気にしていない様子でした。「現場は俺が仕切るんだ」。そんな根性を決めた爽やかさのようなものを感じたのは、昨夜の電話を盗み聞いたせいだったかもしれません。
 東京のスタジオから生放送が始まりました。新しい年がもうすぐやって来る。いよいよ、われわれ中継「現場」が、東京の「本部」スタジオから呼ばれる時間……と思ったそのとき、嘘のように風はやみ、雲が晴れ、月が煌々と穏やかな水面を照らし出しました。
東京スタジオ「では枕崎の梶原さーん!」
実況梶原「遠くかすかに除夜の鐘が聞こえる枕崎沖、○○選手が、飛び込みました! 素潜り日本記録へのチャレンジです! 選手の頭の向こうに見えているのが深度測定表示板。5メートルを過ぎ、10メートルの数字に指先が、届いた! 今15メートル地点を通過。△△選手の記録を超え、新たな日本新記録達成! おー、来たぞ! 20メートル、ここもクリアー!! ○○選手の、新しい年へのチャレンジが続いています」
 「枕崎の現場」の熱が「東京の本部スタジオ」にそのまま伝わり、スタジオの応援が、現場の選手のモチベーションをさらに上げていきます。
 自立する現場、包容力を持って見守る本部。「情報を持つ現場」と「権限を持つ本部」が対立し合うのではなく、上手に折り合いを付けられたからこそ実現した「チャレンジ」だった気がします。
 あなたの周りの現場と本部、うまくいっていますか?
 


筆者プロフィール
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梶原 しげる (かじわら  しげる)

早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。

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