vol.12 目からウロコの敬語の力
2016年9月号
敬語の機能その5
皮肉や嫌みを表す働き 嫌みに反撃する働き
敬語の機能が敬う心を伝えるだけではない例は、まだまだあります。例えば、「ごあいさつですねえ」という言葉。
この言葉を言われて、「“あいさつ”に、丁寧、尊敬、美化、などを表す時に使われる“お・ご・御”という接頭辞が付いているのだから、相手はあいさつする私を敬ってくれているんだ」などと喜ぶ人は、かなり能天気な方だと言えるでしょう。
もちろん、正解はこうです。「意外な皮肉や、無遠慮な言葉を言われて受け流したり、逆にからかったりする時のことば」(『三省堂国語辞典』第7版)。
「まあ、ご大層なこと!」「ご立派でいらっしゃるから」「おあいにくさま」「ご苦労なことで」の意味です。敬語表現を、かたくなに「敬う心」としか解釈できないでいると、円滑なコミュニケーションを進めることはできません。
敬語の機能その6
育った環境や教養を知る バロメーターとしての働き
昔、祖父母・父母、親戚の叔(伯)父・叔(伯)母など、大家族で育まれた子どもは自然と敬語を生活の中で学ぶチャンスがありました。NHK連続テレビ小説の『とと姉ちゃん』では、大人も子どもも、実に見事な敬語を使いこなす様子が見られます。昔の人にとって、敬語は学習不要で使いこなせる言語技術でした。
加えて、通信手段の変化もあります。携帯電話が普及する以前の若者は、デートの約束を取り付けるため、相手の家に電話しました。運が悪いと父親が受話器を取ることもありました。
ここでは適切に敬語を操り、端的に用件を伝える「技」が求められます。父親は「敬語技」を通じて、男が「娘と付き合うにふさわしいか、ふさわしくないか」を判断し、電話を取り次いだり、取り次がなかったりしました。若者が事前に何度も敬語のやりとりのシミュレーションをしたのは、そういうわけです。
メッセージアプリの「LINE」などで、短いメッセージのやりとりが主流となった現在、会話での敬語力は衰えるばかりです。今では、親子で敬語が話せる家庭は、ごく一部の“ハイソサエティー”に限られるまでになりました。
超一流有名私立小学校では、いまだにそういう“一部の家庭”で育ったお子さんを求めていると聞きます。そういった学校が求める「良家の子女」とは、今ではまれとなった「ご一家で敬語を使うお宅」をイメージしているらしいのです。
お受験の世界では、敬語は「育った環境や知性を知るバロメーター」と考えられ、親子面接で親の敬語運用能力をチェックする、なんて話も聞きました。親子面接を前に「敬語予備校」にせっせと通う親がいることでしょう。
1から6までこんなに多様な敬語の機能を見たあなた。「敬語はやっぱり大切だ!」。そう思いませんか?
筆者プロフィール
梶原 しげる (かじわら しげる)
早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。
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