Vol.44 「感じの悪い人」にならないために
2019年5月号
ふさわしくない表現とは
例1「部長、コーヒー、お飲みになりたいですか?」
部下から上司へのこの一言。一見すると、敬語運用を含め、明確な誤りは見当たりませんが、「感じ悪い」という印象が漂ってきます。
その原因は、部下が上司に「飲みたいか? 飲みたくないか?」と「欲望」「願望」を尋ねているところにあります。「目下の者が目上の立場にある人に対して欲求を問いただすのは、ふさわしくない」と感じるセンサーが、われわれの体内に埋め込まれているからです。「欲望を、私の力で満たしてあげましょうか?」と尋ねる権利はもっぱら目上の側にあるのです。
報告書では、ふさわしい言い換えを次のように記しています。「部長、コーヒー、お飲みになりますか?」。「飲みたいか、飲みたくないか?」という「欲求、願望」ではなく「飲むか、飲まないか?」とシンプルな疑問文がふさわしい。つまり、感じが良いというわけです。
感じの悪さは、円滑なコミュニケーションの阻害要因だと言えます。ふさわしくないコミュニケーションが嫌な感じをもたらす例は、この他にもたくさんあります。
部下が上司を「ヨイショ」するつもりで、こんなふうに言いました。
例2 「部長はフランス語もお話しになれるんですか?」
「お~なる」は、尊敬表現としてなんら間違いはありませんが、それにプラスした「れる・られる」で「能力を問うこと」になってしまいました。
目上が目下から「話せるのか? 話せないのか?」と能力を問われるなんて、「感じ悪い奴だ!」と思われても仕方ありません。
それを防ぐために「フランス語もお話しになるんですね」と、能力を問わないかたちにする工夫が求められるのです。
例3「 部長は夏休み、どこにいらっしゃるつもりですか?」
目上に「つもりですか?」と意思を直接尋ねるのも「感じの悪さ」を伝えることになってしまいます。「何様のつもりだ」を目上に言う人はさすがにいないでしょうが、目上に「つもりかどうか?」という「意思」を尋ねるのは「不遜」「傲慢」で「嫌な感じ」を与えます。
「部長は夏休み、どちらかお出掛けですか?」と、「すんなり、やんわりした言い方」が「嫌な感じ」を防ぐことになります。
例4「 部長のプレゼン、上手ですねえ!」
「上司のプレゼンを聞いて、スゲえ、上手だなあと思ったから、そのまんま口にしたのに、どこがダメだっていうんだ!?」
逆ギレする人がいるかもしれませんが、「上手だ」と目上を直接褒める言動に、目上は「感じ悪い!」とむかつきます。「目上の能力を評価する行為」は見当違いな上から目線で、不遜な態度だと思われるからです。目下が目上を褒めたり、けなしたりという評価を下すのは、不適切なのです。褒めればよい、というものではありません。
「目上評価」に直接つながらない「プレゼン、感動で震えました!」のように伝えれば「感じが良い」と言ってもらえます。
例5 「部長がおっしゃったとおりで、構いません」
構わないは「差し支えない」「問題ない」と「ジャッジ、判断することば」です。目上の提案に「それで良いです」と、良い悪いの判断をするのも、目上からしたら「感じ悪い!」「お前に判断されるいわれはない!」とむかつかれる恐れ大です。
部長の発言に賛同するなら「構わない」ではなく、「承知しました」があなたの好感度アップに貢献してくれそうです。
例6 「部長、良い時計ですね、いくらしましたか?」
目上の立場に立ってみれば「こりゃあ上司も気分を害するだろう」と容易に想像がつきますね。「良い、悪い」と評価的な発言が「不適切」なことに加え、「いくらしましたか?」と値段を尋ねることは、よほど親しい者同士は別として、相手の個人的な領域に土足で踏み込むようなもの。「好ましくない」「失礼だ」と受け止める人は、目上に限らず、同等なポジションの人にも少なくありません。好奇心を素直にそのまま口にすることが許されるのは、小学生までと心得ましょう。
冒頭で記したように、感じとは、「人や物事に接してそこから受ける漠然とした印象や心に浮かぶ思い」といった、一見つかみどころのないフワフワしたもののように見えて、実は、対人関係を左右する重要なテーマだったんですね。
筆者プロフィール
梶原 しげる (かじわら ?しげる)
早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。
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不適切な日本語
梶原しげる著/新潮新書
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