Vol.41 「大丈夫です」の功罪
2019年2月号
どちらの文脈で言っているのか?
言葉は思った以上に意味や使われ方が変化するものです。中には数年で、従来とは「逆の意味」で使用されるものさえあります。「大丈夫」がまさにそれです。
デジタル大辞泉の中身をちょっとだけのぞいてみましょう。大丈夫の意味として「あぶなげがなく安心できるさま。強くてしっかりしているさま。『地震にも~なようにできている』」(省略)などなど、伝統的な語釈、例文が書かれた後に「補説」が記されています。これが、この辞書の肝なのです。
補説:近年、形容動詞の「大丈夫」を、必要または不要、可または不可、諾または否の意で相手に問いかける、あるいは答える用法が増えている。「重そうですね、持ちましょうか」「いえ、大丈夫です(不要の意)」、「試着したいのですが大丈夫ですか」「はい、大丈夫です(可能、または承諾の意)など(デジタル大辞泉より一部抜粋)
同じ「大丈夫」が「要・不要」「可・不可」「諾・否」という逆の意味で使われるということは、話す相手が「どちらの意図で話しているのか」を言語・非言語の全てを聞き逃さず、見逃さず、文脈や流れる空気まで感じ取って判断することが求められるようなのです。
例えば……本連載でおなじみ、職場の上司と部下の会話で見てみましょう。
ケース1「許諾なのか、遠回しに上司の誘いを拒否しているのか」
職場で、残業を、いつもより早めに終えた上司と部下。このところ頑張ってくれた部下をちょっと労おうと思った上司が、会社から駅への途中で、部下に声を掛けました。
上司A「帰りに飯でも食って帰るか?」
部下B「大丈夫です」
数年前までなら、上司の誘いを断る部下なんてめったにいませんでしたから「大丈夫」と言えば「もちろん!ぜひご一緒させてください」を意味していました。
ところが、いまや「大丈夫」=「遠回しな断り」が定着していますから、「結構です」「嫌です」「食事は家に帰って愛する妻と2人で楽しみます」を意図して発せられたものと受け止めるべきかもしれません。
部下の「本心」を読み取れないまま「じゃ、俺の行きつけのところで一杯やりながら」などと無理やりなじみの居酒屋なんかへ連れ出すと、「パワハラ上司」との悪い評判を立てられる恐れもあります。
「大丈夫」のその向こう側に見え隠れする「本音」を嗅ぎ取る能力が、いま求められています。
ケース2「『大丈夫』の前提が『要』なのか、『不要』なのかを確認しないで大惨事!?」
上司C「例の許可申請、大丈夫か?」
部下D「大丈夫です」
上司C「おお、大丈夫か。じゃあ任せたぞ」
部下D「はい、大丈夫です」
「許可申請」についての認識が「一緒」なら問題など発生しませんが、上司は「申請が必要だ」という前提で「大丈夫か?」と尋ね、部下は「申請は不要」を前提にして「大丈夫です」と答えていたとしたら、後々とんでもないことになりそうです。
「そんなとんちんかんな事態が起きるはずがない」とお思いの方がいらっしゃるかもしれませんが、「大丈夫」というフワフワ語は「どちらの意味でも使われる」との辞書の記述を、ぜひ、思い出していただきたいものです。
筆者プロフィール
梶原 しげる (かじわら ?しげる)
早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。
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