Vol.40 語彙力がないと、勉強しても意味がない!?
2019年1月号
政治家の誤読にビックリ!?
かつて、これにちょっと似た現象がありました。ある政治家の発言がきっかけとなって、語彙力関係の本が爆発的に売れたのです。2008年も終わろうとするころでした。売れに売れたのは、語彙力本とほぼ同じジャンルと言ってもよい「誤読本」です。誤読本とは、読み間違いに警鐘を鳴らし、「誤って覚えた言葉を正しい言葉として覚え直しましょう」と訴える、言ってみれば語彙力本の一種です。
ブームの火付け役のお一人が、当時の日本国総理大臣、麻生太郎さんでした。私は政治的には中立の立場ですが、麻生さんのダンディーないでたちには惹かれるところがあります。重々しい声の調子から思いもよらぬ「誤読」が飛び出す瞬間を「カワイイ!」と楽しみに待ち望んだギャルもいた、というぐらいのものです。
一番有名なのは2008年10月15日参議院予算委員会での発言における、「慰安婦問題につきましては(中略)河野官房長談話を踏襲する~」の「踏襲」の読みかもしれません。あまり普段使わない言葉ですから、いきなりニュース原稿を渡されたら、私も「とうしゅう」と正解を言えるかどうか自信がありません。国会答弁で踏襲をうっかり「ふしゅう」と読んでしまった「総理の誤読」は、まるで大事件のように報じられました。
しかし総理は、そんなことでへこたれるお方ではなかったようです。その後、参議院本会議でも「私は村山談話というものを、基本的に『ふしゅう』してまいります」とおっしゃいました。これも踏襲の誤読かもしれませんが、誤読と言うより「俺の中では踏襲はふしゅうだ!」という信念がおありだった可能性も否定できません。「総理、それ、とうしゅう、です」と助言してくれるスタッフに恵まれなかった恐れもありますが。
“2度目のふしゅう”から1週間もたたないところで、ご出身の名門、学習院大学で行われた日中記念行事でのあいさつの場面。「未曽有の自然災害というものを乗り越えて~」の「未曽有」を、「みぞう」ではなく「みぞうゆう」と「ゆう」を足して発言し、注目を集めました。
世間の漢字や言葉に対する関心が一気に高まり、『読めそうで読めない間違いやすい漢字』(出口宗和著)を出版していた二見書房は急きょ(?)相次いで第2弾、第3弾を発売。100万部を軽く超え、他社からも雨後の竹の子のように「漢字や読み」などの語彙本が大量に出版されることになります。
世間が大騒ぎする中、さすが麻生さんは泰然自若と構えたからなのか?国民の「言葉への関心をより高めたい」との親心からか、「誤読」を連発されます。ここからは発言した時と場所を省略してサクッとご紹介。読者の皆さまの語彙力アップに役立てばとの一心で書き連ねます。
「物見遊山」を「ものみゆうざん」、「低迷」を「ていまい」、「怪我」を「かいが」、「焦眉」を「しゅうび」、「順風満帆」を「じゅんぷうまんぽ」、「思惑」を「しわく」、「有無」を「ゆうむ」、「破綻」を「はじょう」と、書いているうちに私自身どれが正解か分からなくなってきました。
ここまでくると、麻生さんは「ウケを狙って、わざと言っているのかも?」なんて気もしてきますが、いずれにしても、日本国民に「語彙力の大切さ」を振り返らせる「良い機会」を提供して下さったことだけは間違いありません。
あ、そういえば、最近の安倍総理も「云々」を本来の言い方「うんぬん」ではなく「でんでん」と言ってみたり、「背後」を「はいご」ではなく「せいご」と言ったりと大きくニュースで取り上げられ、結果的に「国民の語彙への関心」を高めた(?)とも言えます。
読者の皆さまには、さまざまなご見解もおありでしょうが、「語彙力の大切さ」を実感していただければ、これに勝る喜びはありません。
筆者プロフィール
梶原 しげる (かじわら ?しげる)
早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。
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不適切な日本語
梶原しげる著/新潮新書
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