1963年――つまり今から半世紀以上前に施行された「連邦休暇法」によると、企業経営者は社員に毎年最低24日間の有給休暇を与えなくてはならない。
だが実際には、ドイツの大半の企業が社員に毎年30日間の有給休暇を認めている(有給休暇の日数が33日の企業もある)。また、残業時間を1年間に10日間まで代休によって消化することを許している企業も多い。つまり、多くの企業では約40日間の有給休暇が与えられているということになる。
これに加えて、祝日も多い。クリスマスや元日、東西ドイツ統一記念日のように全国共通の祝日は、9日。この他、宗教上の理由で一部の州だけに認められている祝日が5日ある。地方分権を重視するドイツでは、州政府や自治体が独自の祝日を制定する権利を認めている。私が住んでいるバイエルン州にはカトリック教徒が多いため、キリスト教に関係した祝日が多い。2017年のバイエルン州の「通常」の祝日は12日。
さらに土日まで入れると、ドイツのビジネスパーソンは毎年約150日も休んでいることになる。1年のうち41%は働かないのに会社が回っており、ドイツが世界第4位の経済大国としての地位を保っているのは、驚きである。
他の国と休日の数を比べると、ドイツが休暇大国であることが浮き彫りになる。経済協力開発機構(OECD)が2016年12月に発表した統計は、各国の法律で定められた最低有給休暇の日数、法定ではないが大半の企業が認めている有給休暇の日数と、祝日の数を比較している。ドイツの大半の企業が認めている有給休暇(30日)と祝日(12日)を足すと、42日となり世界最多。日本では法律が定める有給休暇(10日)と祝日(16日)を足すと、26日間であり、ドイツに大きく水を開けられている。
日本の特徴は、法律が定める有給休暇の最低日数が10日と非常に少ないことだ。これはドイツ(24日)の半分以下である。しかもドイツでは大半の企業が、法定最低日数(24日)ではなく、30日間という気前の良い日数の有給休暇を与えている。
日本では、継続勤務年数によって有給休暇の日数が増えていく。例えば、半年働くと10日間の有給休暇を与えられ、3年半以上働いた人の有給休暇日数は14日、勤続年数が6年半を超えると、20日間の有給休暇を取れる。
ドイツの大半の企業では、半年の試用期間を無事にパスすれば、最初から30日間の有給休暇が与えられる。この面でも、日本のビジネスパーソンはドイツの勤労者に比べて不利な立場に置かれている。なお米国では、最低有給休暇日数が法律で定められていない。各企業が、それぞれの事情に応じて有給休暇の日数を決めている。ドイツに比べると労働者の権利が制限された、企業経営者にとって誠に有利な「休暇小国」である。米国のビジネスパーソンは、休暇中に自分の仕事を他の人に奪われるのが怖いので、まとまった日数の休暇を取らないことで有名だが、その背景には、法律で労働者の休む権利が保障されていないという実態がある。
ドイツの有給休暇と祝日の合計は世界一
主要国の有給休暇と祝日の合計
さらに日独の大きな違いを浮き彫りにするのが、有給休暇の取得率である。OECDのような国際機関は、有給休暇取得率に関する統計を発表していない。そこであちこちを探した結果、旅行会社エクスペディア・ジャパンが、毎年有給休暇の取得率の国際比較を発表していることに気付いた。
同社が2017年12月に発表した調査内容によると、同年の日本の有給休暇取得率は50%。これは、同社が調査した12カ国の中で最低である。
ドイツは、エクスペディアの統計に含まれていない。しかし私がこの国に28年間住んでさまざまな企業を観察した結果から言うと、ドイツ企業の管理職を除く平社員は、30日間の有給休暇を100%消化するのが常識となっている。有給休暇を全て取らないと、上司から「なぜ全部消化しないのだ」と問いただされる会社もある。
管理職は、組合から「なぜあなたの課には、有給休暇を100%消化しない社員がいるのか。あなたの人事管理のやり方が悪いので、休みを取りにくくなっているのではないか」と追及されるかもしれない。従って、管理職は上司や組合から白い目で見られたくないので、部下に対して有給休暇を100%取ることを、事実上義務付けている。
つまりドイツの平社員は、30日間の有給休暇を完全に消化しなくてはならない。日本人の目から見ると、「休暇を取らなくてはならない」というのは、なんと幸せなことか。しかも、毎年30日、つまり6週間である。
さらにエクスペディアの調査によると日本では、「有給休暇を取る際に罪悪感を感じる」と答えた人の比率が63%と非常に高かった。フランスでは、この比率はわずか23%だ。
厚生労働省の「就労条件総合調査」を見ると、日本の勤労者の2017年の有給休暇取得率は、平均49.4%。ドイツの半分以下である。特に社員数が30~99人の企業では、43.8%と低くなっている。
日本の有給休暇取得率は12ヵ国で最低
日本の労働者の平均年次有給休暇の取得状況(2017年)
男性の方がより取得率が低い 社員数が少ない企業ほど取得率が低い
ドイツでは、「長期休暇を取ることは労働者の当然の権利」という考え方が社会全体に根付いているのだ。全員が交代で休みを取るので、罪悪感を抱いたり、「あいつは休んでばかりいる」と同僚をねたんだりする人はいない。
私もNHKで働いている時、欧州へ個人的に旅行するために1週間休暇を取る際には、同僚に対して申し訳ないという、後ろめたい気持ちがあった。今考えると、なぜそうした気持ちを抱いたのか不思議だ。やはり学校での教育のせいだろうか。集団の調和を重視する日本の教育システムは、「他の人が苦労しているのに、お前だけが楽しんでいいのか」という罪悪感を植え付ける。他の人が苦労している時には、自分も苦労することによって、集団との一体感と安心感を得る。
だがドイツ人の間では、こうした罪悪感はゼロに等しい。ドイツ人は、次の日から2~3週間会社を休む同僚に対して「休暇を思う存分楽しんできてね」とか「体を休めてね」という言葉をかける。自分も別の時期に同じように休暇が取れることを、知っているからだ。
平社員に比べると高額の給与をもらっている部長や課長ですら、2週間の休みを堂々と取る。ドイツの平社員の間では、2~3週間まとめて休みを取ることは、まったく珍しくない。同僚のためにお土産を買ってきて、配る必要もない。さらに休暇中の連絡先を上司に伝える必要はないし、平社員は休暇中に会社のメールを読む必要もない。
あるドイツ人に2週間まとめて休みを取る理由を尋ねたところ、「最初の1週間は、まだ会社のことが心の中に残っている。本当に会社のことをきれいさっぱりと忘れて、気分転換ができるのは、2週目からだ」という答えが返ってきた。
休暇の重要な目的の一つは、気分転換である。会社以外の世界も存在すること、そして自分が会社員であるだけではなく、「人間」でもあることを、あらためて認識する。ワークライフバランスの維持、そして心の健康管理という点で、長期休暇は非常に重要である。
日本ではドイツに比べて、人生の中で「会社」が占める比重が大き過ぎる。日本でも、働く人々を本当にリフレッシュさせるには、2週間の休暇を誰もが心置きなく取れるようなシステムを目指すべきだ。会社以外で過ごす時間を増やせば、心身がリフレッシュされて、会社で働くための活力が再生産される。うつ病などで会社を休む社員の数も減るだろう。社員にまとまった休暇を取らせることが、結局は会社のためにもなるのだ。
ドイツを初めて訪れた人の中には、「この国の企業は、休暇を中心に回っているみたいだ」と思う人がいるかもしれない。確かに多くのドイツ人は、年が明けると夏の長期休暇の計画を練り始める。彼らは、慌ただしく多くの街を駆け足で回るのではなく、2~3週間にわたりイタリアやスペインなどのリゾート地に滞在する形式の休暇を好む。
家族4人で2週間ホテルに滞在するとなると、コストもかさむ。ホテル、飛行機、食事込みの割安パッケージ旅行は、早く予約しないと、売り切れてしまう。従って多くのドイツ人たちは、同僚と長期的な休みが重ならないように、1月に互いの休暇の計画について相談を始めるのだ。中には、1年前から休暇の計画を練り始める人もいる。
長期休暇を取る時期は、千差万別だ。子どもがいる人は、学校が夏休みになる7~8月や冬休みがある12月に2~3週間の休みを取る。子どもがいない人は、他の人と重ならない期間で、上司が同意すれば1年のうち、いつでも長い休みを取れる。日本では、大半の人が盆と正月に集中してまとまった休みを取るので、高速道路が大渋滞したり、長距離列車が満員になったりするが、ドイツでは交通機関や道路が混雑する時期を避けて休みを取ることが可能だ。
2011年にドイツの日刊紙『南ドイツ新聞』は、一時的にドイツ本社で数年間勤務していたある日本人をインタビューし、「私は、ドイツで、生まれて初めて2週間半の休暇をまとめて取った」という感激の言葉を紹介している。ドイツ人にとっては、2~3週間の休みをまとめて取ることは、珍しくもなんともない。だがドイツで初めて働く日本人にとっては、2週間まとめて休めるというのは、極めて衝撃的な体験なのである。ドイツ人記者は、この日本人のドイツでの長い休暇、短い労働時間についての感想を紹介することによって、間接的に日本の労働条件がいかに大きくドイツと異なるかを報じていた。休暇と労働時間の問題が、日独間の「文化の違い」を象徴していることをご理解いただけると思う。