「勇気づけ」シリーズの第4回目です。「勇気くじき」の環境にさらされやすい経営者が自らを勇気づける四つのポイントを今回と次回に分けてお伝えします。
前回(2020年9月号)は、対応の仕方によってはパワハラになりかねないケースを「勇気をくじく対応」と「勇気づける対応」とを対比してお伝えしました。今回は、他者を勇気づけることと同じくらい大切な、「経営者である自分自身をどう勇気づけたらいいか」について触れます。
経営者こそ自らの勇気づけを
経営者は常に、勇気をくじかれる環境にさらされます。新型コロナ禍を筆頭に、想定外の環境変化、取引先の圧力、経営幹部や従業員からの突き上げ、期待していた人材の流出など、経営を巡ることだけでなく夫婦間、親子間の人間関係から家族の介護といったプライベートなことまで、悩みの種は尽きません。それだけに経営者は、「勇気くじき」の要因を上回る「勇気づけの技法」を身に付けていなければなりません。
そこで私は「勇気づけ名人になるための三つのステップ」として、次をお勧めしています。
❶自分自身を勇気づける
❷勇気くじきをやめる
❸勇気づけを始める
外部からの勇気くじきの圧力を上回るほど、内部から勇気が湧いてくる心のメカニズムがあるのとないのとでは、周囲への影響がまるで違います。言い換えれば、勇気をくじかれたままでいると、つい周囲にも勇気くじきをしてしまうということです。それだけに、自分自身を勇気づける日々の習慣を身に付けていなければなりません。その具体的な方法は、後ほど述べることにします。
経営者だけでなく、経営幹部や社員、さらには家族にとって、「人格否定」「ダメ出し」「結果のみの評価」「他者との比較」など、恐れから始まる勇気くじきの態度は周囲に満ち満ちています。これらを組織の中から一掃し、「人格尊重」「ヨイ出し」「プロセスにも着目」「他者との協力」を志向する勇気づけを始めることが、今のような時期こそ必要です。
自らを勇気づける四つのポイント
経営者が自分自身を勇気づける方法を四つの領域からお伝えします。
❶生活そのものを勇気づけで彩る
❷勇気づけてくれる人と関わりを持つ
❸言葉・イメージ・行動を味方に付 ける
❹勇気づけの技法を駆使する
今回は「❶生活そのものを勇気づけで彩る」を詳しくお伝えしましょう
松下電器産業(現パナソニック)の創業者である松下幸之助氏は、生涯、不眠症に苦しんだと伝えられています。松下氏の秘書でもあった江口克彦氏によれば、松下氏が真夜中に電話をかけてきて、こう言ったことがあったそうです。
「ああ、江口君か、わしやけどな。夜遅くに電話をしてすまんな。けどな、わし、きみの声を聞きたかったんや。きみの声を聞いたら、元気が出るんや」
この言葉を聞いた瞬間、江口氏は感動のあまり「この人のためならどんなことでも成し遂げよう」と思ったそうです(江口克彦著『成功の法則』PHP文庫より)。江口氏をしてそう思わせたという松下氏のエピソードです。
私がカウンセリングやコンサルティングでお目にかかる、会社と家庭のオン・オフの切り替えがうまくいかない経営者の中には、不眠症の方がかなりいます。こういう場合、アルコールに頼る人も多いのですが、「酒を飲んで眠り込んでいるのは睡眠ではなく、意識を失っているにすぎない上、通常の睡眠とは異なるノンレム睡眠の状態が長時間続くため、脳も体も十分には休まらず、アルコール依存症になる危険性がある」と、東京医科大学睡眠学講座の教授で、睡眠総合ケアクリニック代々木の院長でもある井上雄一氏が警告しています。
一方、“不眠とは縁遠い人”の代表格(?)の元プロテニス選手・松岡修造氏は、読売新聞東京本社広告局とエアウィーヴグループが主催した「睡眠シンポジウム」(2018年5月)の講演でこんなことを教えてくれました。
松岡氏は、布団の中に入ってから特殊な呼吸法を実行している。腹式呼吸で息を吐きながら、その日にあったありがたかったこと、うれしかったことを一つずつ振り返り、「ありがとう、ありがとう」と心の中で唱える。これを怠らず生活パターンにし、毎日ストーンと眠りに入っているそうです。
この「生活そのものを勇気づけで彩る」ことは、夜だけでなく朝にも効果を発揮します。私は「目覚めのテクニック」と「言葉のテクニック」をとりわけ推奨しています。
まず、目覚めのテクニックは、決して二度寝をしないことと、布団の中で思い切り伸びをすることです。できれば、二日酔いの朝も「爽快だ」と大きく伸びをして起きることです。なぜなら、これからの人生の最初の日を祝福し、気分よくスタートするきっかけをつくれたことになるからです。
次に、「言霊効果」とも呼べる言葉のテクニックは、大きく二つの代表的な言葉遣いをすることです。
一つは「おはよう」のもたらす活力です。夜間勤務などの際に「こんばんは」と言って職場に入る人は、まずいません。「おはよう」は「これから始めましょう!」という一種の宣言だからです。
もう一つは「ありがとう」です。私は「ありがとう」は周囲だけでなく自分自身も勇気づける最大の言葉だと信じています。朝から「ありがとう」を言い続けていると、周囲の人たちとの関係が良くなり、自分自身の健康にも寄与するはずです。
まとめると、「祝福と共に目覚め、感謝と共に過ごす」を日々心掛けていると、毎日を充実させることができます。
次回(2020年11月号)は本連載の最終回として❷~❹についてお伝えします。
ウィーン郊外に生まれ、オーストリアで著名になり、晩年には米国を中心に活躍したアルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870-1937)が築き上げた心理学のこと。従来のフロイトに代表される心理学は、人間の行動の原因を探り、人間を要素に分けて考え、環境の影響を免れることができない存在と見なす。このような心理学は、デカルトやニュートン以来の科学思想をそのまま心理学に当てはめる考えに基づく。一方、アドラーは伝統的な科学思想を離れ、人間にこそふさわしい理論構築をした最初の心理学者である。