その他 2020.02.28

Vol.5 令和の時代に実現すべきマインド

前回(2020年2月号)は、「リスペクト(尊敬)」と「信頼」に続く大切な要素として「共感」を取り上げ、それが必要な理由を説明しました。今回は、「尊敬と信頼に裏付けられた共感」を支柱とする経営マインドについてお伝えします。

 

 

平成の時代に終わらせられなかった恐怖によるマネジメント

 

新元号・令和の時代に入って2年目を迎えました。「令和」を英語で表現すると「美しい調和」を意味する“ビューティフル・ハーモニー”だそうです。

 

思い起こせば旧元号「平成」の時代は、本誌2020年1月号(「2020年年頭指針」)の若松孝彦社長の表現をお借りすると「昭和の栄光の再来を期待し続けた時代」であり、特に日本経済は「失われた30年の時代」でした。

 

2020年(令和2年)はいよいよ東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。しかし、平成の後半には、昭和時代の再生動画を観るかのように、大相撲や女子柔道、女子体操、女子レスリング、ボクシング、テコンドーなど競技団体の組織運営で、強いタテ関係に基づく「恐怖によるマネジメント」の悪弊が相次いで報道されました。

 

スポーツ界だけではなく、経営の分野でも長時間のサービス残業強制や職場でのパワーハラスメントなど恐怖マネジメントによる不祥事が続き、克服できないまま令和の時代を迎えました。

 

ただし、恐怖に基づくモチベーション(動機付け)は、ある状況では自身と組織を守るために避けられない動機であり、短期的には効果をもたらす場合があることにも触れておかなければなりません。経営者は企業を存続させるために、幾多の恐怖の壁を乗り越えなければならないことがあります。

 

しかし、アドラー心理学のカウンセリング指導者である私は、なぜ恐怖がモチベーションとして長期的な効果をもたらさないかをお伝えしなければならない責務を帯びています。他者に対して恐怖によるモチベーションを用いると「三つのF」で始まる反応を呼び起こしてしまうことが、心理学で明らかになっているからです。

 

Fight(ファイト)……戦う
Flight(フライト)……逃げる
Freeze(フリーズ)……凍りつく(身動きが取れない)

 

「戦う」とは、「窮鼠猫を噛む」ということわざのように、ギリギリのところで自分の生命を守るために重要なモチベーションになり得ます。ただ、「24時間戦えますか?」。恐怖が続くと長期的にはヘトヘトになり、集団での離反を招きかねません。

 

また、恐怖による支配から逃れるために面従腹背することもあれば、コンプライアンス違反や犯罪行為に手を染めることにつながる場合もあります。

 

私が2019年2月に観た映画「七つの会議」(原作は同名タイトルの池井戸潤氏の小説)では、主役の一人である八角民夫(野村萬斎)が語るシーンで、恐怖に支配される企業風土は不正(データ偽装)に手を染めやすい構造であることが浮き彫りにされました。恐怖によって企業使命を忘れノルマ達成に走ると、企業犯罪に手を貸すかたちになってしまうことを、原作者の池井戸氏と監督の福沢克雄氏が告発しているように感じました。

 

最後の「凍りつく」という恐怖反応は、「蛇に睨まれた蛙」のように身動きが取れなくなってしまうことです。恐怖によるストレスからうつ症状を呈して休職に至るケースは、この反応の一つだと言ってもいいでしょう。

 

※三共(現・第一三共)の栄養ドリンク「リゲイン」のテレビCMのキャッチコピーで1989年に流行語となった

 

 

 

令和の時代に求められる「共感の経営」

 

これまでの連載で、私は「スキル(生産性)」と「マインド(人間性)」という車の両輪に例えられる組織のありようは「共同体的機能体」だとし、組織の人間性回復のために「尊敬(リスペクト)」「信頼」「共感」が不可欠であると書いてきました。尊敬と信頼、そして共感こそが恐怖に代わる一人一人の尊厳を認め合う「相互尊敬・相互信頼」に基づくモチベーションだと捉えているからです。

 

恐怖の中に存在するのは人格の蔑視であり、不信感の表れに他なりません。その信念の下、自分の思うままに部下を支配・操作しようとするのです。

 

余談ですが、私は2019年11月に一橋大学名誉教授である野中郁次郎氏の講演「共感の経営」を聴く機会があり、「尊敬(リスペクト)と信頼に裏付けられた共感」こそが令和の時代に求められる経営マインドであるとの意を強くしました。

 

野中氏は講演の中で、「異質な者同士が体験を共有して思いをぶつけ合い、共感を通して集合知を持続的に創造する」ことを通じて、「全員経営を可能にする自律分散型組織が可能になる」と語っておられました。また、「AI(人工知能)が普及した社会で希少になるのは、他者に共感する力を持つ人間だ」として、「共感型リーダー」の登場に期待を込めていました。

 

結論に入ります。

 

「モーレツからビューティフルへ」という広告キャンペーンを富士ゼロックス(当時、2021年4月1日より富士フイルムビジネスイノベーション)が始めたのは、半世紀も前の1970年でした。時を隔てたビューティフル・ハーモニー(令和)の時代にこそ、恐怖に基づくモチベーションアップを超克した、“ビューティフル”で“ハーモニー(調和)”の取れた「共感の経営」が新たな時代を切り開くことを願ってやみません。その基盤となるのは、尊敬(リスペクト)と信頼に裏付けられた共感。これこそが経営のマインド面での支柱になるのです。

 

※日経ビジネスイノベーションフォーラム「永続的成長企業の本質~IPOを通過点とする日本型プライベート・エクイティの活用法~」(日本経済新聞社主催、2019年11月18日)

 

 

 

「アドラー心理学」とは201912_adler_02
ウィーン郊外に生まれ、オーストリアで著名になり、晩年には米国を中心に活躍したアルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870-1937)が築き上げた心理学のこと。従来のフロイトに代表される心理学は、人間の行動の原因を探り、人間を要素に分けて考え、環境の影響を免れることができない存在と見なす。このような心理学は、デカルトやニュートン以来の科学思想をそのまま心理学に当てはめる考えに基づく。一方、アドラーは伝統的な科学思想を離れ、人間にこそふさわしい理論構築をした最初の心理学者である。

 

 

 

 

 

 

PROFILE
著者画像
岩井 俊憲
Toshinori Iwai
1947年栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、外資系企業に13年間勤務。1985年㈲ヒューマン・ギルドを設立、代表取締役に就任。アドラー心理学カウンセリング指導者。中小企業診断士。著書は『「勇気づけ」でやる気を引き出す!アドラー流リーダーの伝え方』(秀和システム)ほか50冊超。