その他 2019.10.31

Vol.1 経営におけるマインドとスキル

まずは自己紹介から

初めまして。ヒューマン・ギルドの岩井俊憲と申します。今月号からしばらくの間、連載のかたちでお世話になります。

私は35年余、最近グーンと知名度が高まったアドラー心理学に基づく研修・講演、カウンセリング、執筆活動に従事していますが、もともとは大学で経営学を学び、外資系企業に13年間勤務していた人間です。大学時代と、卒業2年後の中小企業診断士の資格取得前後、タナベ経営の創業者・田辺昇一先生の著書を13冊読んでいました。

そんな私が、『FCC REVIEW』の執筆者として原稿を皆さまにお届けできることは、望外の幸せです。今後、どうぞよろしくお願いします。

リストラ体験から思うこと

こんな経験をお話ししてもいいでしょうか。私が13年間働いていた会社は、ゼネラル・エレクトリック(GE)の合弁会社でした。親会社であるGEの会長に、かの有名なジャック・ウェルチが就任してから、会社を取り巻く環境が大きく変わりました。

ウェルチ関連では、GEの日本合弁会社の役員が集まる会議に参加した私の上司から聞いた内容が忘れられません。

ある人がプレゼンテーションを始めてしばらくしたら、ウェルチはだんだんいらついて、「ストップ・イット、ストップ・イット」と発言を阻止したのです。「経営のスピードこそ命」がモットーのウェルチには、要領を得ない、だらだらとしたプレゼンは聞くに堪えなかったのでしょう。

 「事業分野でナンバーワンかナンバー2」を標榜して大胆なリストラを断行したウェルチは、やがて私のいた会社からも非情に撤退していきました。この後始末を担ったのが、合弁会社の一つだったデンソーです。デンソーは50%の人員削減を行いながらも、事業移管を中心に社の存続を地道に図り、今日も命脈を保っています。

ちなみに私は、当時の立案企画部署の総合企画室の課長として、リストラの断行役でもあり、希望退職の第1号としてその会社を去った人間です。

 

〈人間性と生産性は車の両輪〉
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経営における人間性(マインド)と生産性(スキル)

経営を推進するためには、どのような組織も二つの軸を無視することができません。その軸とは「人間性」と「生産性」であり、別の表現を用いると「マインド」と「スキル」です。 

これらは、自動車に例えると両輪、飛行機になぞらえると両翼です。一つの車輪、あるいは翼では、走行・飛行し続けることができません。しかし、経営の歴史を振り返ると、時代的に、または企業体質として、どちらかに過度に傾いてしまうことがあります。

GE の会長として長らく君臨したウェルチは、私の印象では「生産性」を重視し、「人間性」の点ではいかがかと思われる経営者でした。日本でもGE流の経営を「グローバル・スタンダード」の名のもとに推進し、その一端が「成果主義」にシフトした時代は、まさに片翼飛行に近い経営スタイルの時代だったような印象が強く残っています。

現代では、グーグルなどを中心とする「マインドフルネス」の推進によって、「人間性」復活の機運が高まっていますが、「人間性(マインド)」と「生産性(スキル)」の二つの軸は、経営にとってバランスが必要であることを教えてくれています。

2024年より新しい1万円札の顔となる渋沢栄一の『論語と算盤』。その内容においても、「道徳」と「経済」、「理念」と「実務」、「公益」と「私益」、「調和(保守)」と「変化(革新)」、「温情主義」と「合理主義」という、「人間性(マインド)」と「生産性(スキル)」と同じ二つの軸で物事が論じられています。この二つの軸は、渋沢が活躍した明治の時代だけでなく、これからも経営者が重視しなければならない重要な理念です。

 

マインドなきスキルは危険であり、
スキルなきマインドは野蛮である

『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』(カレン・フェラン著、大和書房)という書籍があります。「マッキンゼー、デロイト…超一流コンサルが持ち込んだ理論もチャートも改革も、じつは何の意味もなかった」との紹介文が付いた本書は、コンサル業界の驚くべき仕事の実態を、エリート経営コンサルタント自身が徹底的に暴露した問題作。「コンサルタントはこうして組織をぐちゃぐちゃにする」というサブ・タイトルそのものの、スキル過剰のコンサルタントを告発した本です。

私は、スキル偏重に傾きがちの組織風土にアドラー心理学の立場から警鐘を乱打し、「人間性(マインド)」を「生産性(スキル)」と同じウエートの二つの軸としてバランスが取れるように啓蒙するミッションを担ってきました。

「マインドなきスキルは危険であり、スキルなきマインドは野蛮である」

これは、私がカウンセリングやコンサルティングを行う際の指針としている言葉です。この立場から今後の連載執筆を進めていく所存です。どうぞよろしくお願いします。

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「アドラー心理学」とは
ウィーン郊外に生まれ、オーストリアで著名になり、晩年には米国を中心に活躍したアルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870-1937)が築き上げた心理学のこと。従来のフロイトに代表される心理学は、人間の行動の原因を探り、人間を要素に分けて考え、環境の影響を免れることができない存在と見なす。このような心理学は、デカルトやニュートン以来の科学思想をそのまま心理学に当てはめる考えに基づく。一方、アドラーは伝統的な科学思想を離れ、人間にこそふさわしい理論構築をした最初の心理学者である。

 


ヒューマン・ギルド 代表取締役
岩井 俊憲 (いわい としのり)
1947年栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、外資系企業に13年間勤務。1985年㈲ヒューマン・ギルドを設立、代表取締役に就任。アドラー心理学カウンセリング指導者。中小企業診断士。著書は『「勇気づけ」でやる気を引き出す!アドラー流リーダーの伝え方』(秀和システム)ほか50冊超。

 

 

 

 

 

 

PROFILE
著者画像
岩井 俊憲
Toshinori Iwai
1947年栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、外資系企業に13年間勤務。1985年㈲ヒューマン・ギルドを設立、代表取締役に就任。アドラー心理学カウンセリング指導者。中小企業診断士。著書は『「勇気づけ」でやる気を引き出す!アドラー流リーダーの伝え方』(秀和システム)ほか50冊超。