コラム
2017.02.28
vol.18 人間関係に、 お疲れ気味ではありませんか?
2017年3月号
「~せねばならない」 という呪縛
3月。今年度にやり残したことや新年度への備えなどで、慌ただしい時期をお過ごしの方も多いのではないでしょうか。
毎年この時期になると、もう十数年も前、40歳を過ぎたころ、大学院の入試合格通知を手にしたときの喜びがよみがえってきます。
局アナからフリーへと「脱サラ」して8年。何もかも順調だった私のアナウンサー人生の雲行きが怪しくなってきたとき、周囲から「もうベテランなんだから~でなければならない」「こうすべき、ああすべき」と、さまざまな助言をいただいたのは大変ありがたいことでした。そんな時、「~でなければならない」「~すべき」という言葉にがんじがらめになって、身動きが取れない状態から私を救ってくれたのが、「学びのチャンス」でした。
「多くの『ねばならない』には大した根拠がない。根拠のない『ねばならない』で自縛しない方がいい」という「人生哲学」を教えてくださったのが、大学院での指導教授、國分康孝先生。先生と出会えたからこそ、私は「中年クライシス」を乗り越えることができました。
今では、直接お目にかかるのは年に1度ほどですが、ちょっとした心の迷いを感じたときなど、先生がお出しになった書籍はことあるごとに読み返しています。
「悩みや迷いは一切なし」という方はこの先、お読みいただく必要はありません。万一あなたが、私のように「人付き合いが苦手」「迷いがち」「くよくよしがち」だとしたら、ご紹介する先生の著作から引用する「言葉」が、ひょっとして参考になるかもしれません。
2017年3月号
ABC理論で 物事を捉え直すと
今回は「ABC理論(論理療法)」からご紹介しましょう。米国の臨床心理学者アルバート・エリスが提唱した心理療法で、國分先生がこれを翻訳し、日本に広めました。
ABCのAとは「出来事」、Bは「考え方、すなわち出来事についての受け止め方」、Cとは「結果・あなたの気持ち」を表しています。
例えばAを「評判の商品をお勧めしたら客に『要らない!』と言われた」と設定しましょう。これは、実際の「出来事」ですね。その時のB、すなわち「出来事の受け止め方」が「もっと上手にお勧めすべきであった」「私の接客に問題があったからに違いない」だったらCはどうなるでしょうか? 「接客も満足にできない自分はセールスに向いていない」「落ち込む」という気持ちになる可能性がありませんか?
こういうABCを放置しておくと、自責の念から「鬱々気分」にならないとも限りません。
この「悪い連鎖」を断ち切るにはBの「受け止め方」について、「果たしてそう言い切れるか? そう受け止めることが適切か? そう思うに至る経過の中で『思い込み』はなかったか?」ということを、「科学者のように、事実に基づき考察・見当せよ」というのがこの論の趣旨です。
Aという出来事を、冷静、論理的、客観的に見直すと、客が「要らない」と言ったのは、あなたの接客態度のせいではなく、「別の理由でたまたま必要を感じなかった」「急に別の似たものを持っていたのに気が付いた」「最初から冷やかしだった」など、さまざまな事情が考えられることに気が付きます。そのようにA(出来事)を吟味すれば、B(受け止め方)は「たくさんいる客の中には冷やかしがいても仕方がない」と柔軟に考えることができます。そうなればC(結果・あなたの気持ち)は、どうなりますか?
「買ってもらえなかったのは残念だけど、また次のお客さんに期待するか!」と前向きになる。少なくとも「買ってもらえなかったのは自分の接客のせいだ」と自分を責めて落ち込むことはなくなりそうですね。
2017年3月号
出来事そのものではなく、考え方に注目してみる
「論理療法」では「人は、出来事そのもので悩むのではない、受け止め方、解釈の仕方で、悩んだり、不快になったり、逆にハッピーになったりするものだ」と説いているのです。同じAという出来事でも、受け止め方・思考(B)次第で、あなたの気持ち・幸不幸(C)がまるで変わってくるというわけです。
國分先生は著書の中でさらに分かりやすい例を出していました(『18歳からの人生デザイン』図書文化、2009年)。それを私流に解釈して抜き出してみます。
学校の先生のケースです。
・A(出来事)=生徒の1人が反抗的な態度をとった
・B(受け止め方)=教師は全ての生徒に好かれなければいけないのに
・C(結果・あなたの気持ち)=自分は教師失格だ・そもそも向いていない(鬱々……)
もうお分かりですね? 真面目で良心的な人であればあるほどBをゆがめて解釈してしまいがちです。「全ての生徒に好かれる先生」など、そういるものではありません。いくら評判の良い先生でも、生徒の反抗的態度にさらされることは大いにあり得る話です。
これを「他人事」と笑っている場合ではないかもしれません。心優しい人の中には「全ての人に好かれたい」「1人でも自分を嫌いな人がいたら落ち込んでしまう」と考え、「嫌われないように!」と周囲にいる全ての人に気を使いまくり、ノイローゼになってしまうというケースもなくはないのです。
ノイローゼまでには至らなくとも、「嫌われたくない」という気持ちが大きくなると、自分の本音を口にしたり、見せたりすることが難しくなります。
「私が本当に感じたことなど言ったら、誰かを傷つけたり嫌われたりするかもしれない」といつもニコニコ、無難で、当たり障りのないことしか言わない「よく分からない人」になる恐れがあります。
こういう人のことを「自己開示のできない人」と言います。人は案外、わがままだったり、おっちょこちょいだったり、時には他人の気分をちょっと害したりということは、あるものです。それが「その人らしさ」とも言えます。「欠点をまるで見せない人」からは「親しみやすさ」も感じられないかもしれません。「完璧であろう」とすることでかえって「取っ付きにくい人」と疎まれることもあるから要注意です。
冷静に考えれば「全ての人に好かれたいなど、お釈迦さまでもキリストさまでも難しいこと」だと分かるのですが、私たちはそういう罠にときどき陥ってしまうことがあります。だからこそ、科学者のような「客観的・論理的なまなざし」で、自分を俯瞰してみることが必要なのかもしれません。
私の仲間には、60歳で役職定年後、再雇用された人が何人もいます。「元部下」をサポートしながら楽しく働く人がいる一方で、「なんで俺があんな若造の下で働くんだ」と不満を漏らす人もいます。
前者は「役職定年後再雇用」(A)という出来事・事実を、「役割と立場が変わっただけ」(B)と謙虚に受け止め、「残業もないし、責任も軽くなったのに給料がもらえてありがたい」(C)と納得しているから、楽しく働けるようです。
後者は、Aという出来事・事実を「会社や部下たちはこれまで通り自分を尊敬し、待遇すべきだ」と考えがちだから、結果として「情けない、憂鬱だ、むなしい」(C)とスッキリしない日々を過ごしているようなのです。
このように「出来事そのものが人を不幸にするのではなく、考え方が人の幸不幸を決めることもある」(『生活にいかすカウンセリング心理学―思いこみをなくせば生き方が変わる』國分康孝著、中央法規)と知っておくことは、悪いことではありません。
人間関係に疲れたり、ちょっとしたこだわりにとらわれたり、迷ったりしたとき、このABC理論がお役に立てたら何よりです。
筆者プロフィール
梶原 しげる (かじわら しげる)
早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。
\著書案内/
不適切な日本語
梶原しげる著/新潮新書
821円(定価)