コラム
2017.01.31
vol.17 ヴァンフォーレ甲府で3つの役割を受け持った佐久間さん
2017年2月号
大きな予算のないJリーグチーム
見事J1残留を果たした、Jリーグチームのヴァンフォーレ甲府(以下、甲府)。その前監督で、現在はゼネラルマネジャー(GM)兼副社長の佐久間悟さんと、昨年11月末にお話しする機会を得ました。
サッカーにはまるで詳しくない私が、いきなりJリーグを語ってしまうのは、「組織が上手に回るコツ」が佐久間さんのお話にギッシリ詰まっていると感じたからです。
2016年度は、2015年度に引き続き甲府サポーターにとってハラハラ・ドキドキさせられっぱなしのシーズンでした。甲府は他のクラブと比較すると、ホームである山梨県の人口も少ない、大きなメーンスポンサーもいない、従って運営予算が極めて少ないという、“無い無い尽くし”のハンディを背負ったチームだともいわれています。
選手は終身雇用ではありませんから、現役中は「少しでも条件の良いチームでプレーしたい」と考えるのは当然です。甲府で芽が出て活躍し始めると、好条件で誘いをかけるチームから引き抜かれるということもよくありました。選手にとっては好ましいことですが、弱小チームにとっては痛いことでもあります。抜けた選手に替わる有力選手を獲得する資金が豊富にあるとはいえないチームです。予算が厳しいという悩みは、いつもついて回ります。
しかし、そんな苦境を乗り越えて昨年11月半ば、甲府は3年連続でJ1残留を決めたのです! それも、経済的にもずっと有利なアルビレックス新潟が残留を決めるより早くです。経営基盤が甲府よりずっとしっかりしているように見える名古屋グランパスや京都サンガF.C.などは今回J1入りを果たせないでいるというのに。
とはいえ「余裕で勝ち残った」なんてことはありませんでした。「ハラハラ、ドキドキ、冷や冷や。ああもうダメだ……」。サポーターの皆さんをはじめ、選手、監督だって、そんな薄氷を踏む思いでシーズンを過ごし、ようやくホッとなさっているのではないでしょうか?
見事に残留を果たしたこのタイミングなら、佐久間さんにお話を伺ってもいいかな? と思いラジオのスタジオにお呼びしたのです。
2017年2月号
佐久間さんが番組で語ったこととは
梶原「開幕早々の成績不振に、シーズン途中の思わぬ監督交代。新監督には何とGMだった佐久間さんが就任! 2016年のシーズンもふたを開ければ、佐久間さんが監督、GM兼任! 大変でしたねえ(と、偉そうな私……)」
佐久間「他に適任者を見つけることができず、サポーターの皆さんにはご心配をお掛けしました」
梶原「選手がケガで大勢抜けましたねえ。優秀な選手が次々と他のチームに引っ張られるケースも続出……。結果、最後の最後までもつれ、見ている私なんか、正直言って、ハラハラ、イライラのしっぱなしでした。『よ! チャンス! そこで決めろ!! シュート!(失敗)あらら』みたいな残念な場面では、監督はどういうふうに感じるもんなんですか?」
ここまでお読みになって「お前は何者だ? お前にサッカーの何が分かるのだ? 失礼じゃないか!!」と突っ込みを入れる方は少なくないことでしょう。分かります……。
でも、ジェントルマンの佐久間さんはそんな言葉を一切、口になさらない。すてきなスーツを見事に着こなし、ほほ笑みをたたえた上品な表情で誠実にお答えになるのが、佐久間GMなのです。人間の出来が違うのです。少なくとも山梨では、間違いなく「上司にしたいナンバーワン」の方です。
佐久間「今シーズンもさまざまな場面で、サポーターの皆さまは、さぞやイライラなさったことだと思います。私だって、ハラハラ、ドキドキしますよ。でも、集中している選手を前にして一喜一憂することは、現場の指揮官である私の役割として不適切だと客観的に判断して、そういう振る舞いをしないようにしています」
梶原「カーッとなった気持ちをそのままぶつけることは、しない?」
佐久間「そういうパッションを爆発させた方が選手たちの士気を高めることに役立つ場合だってあるでしょう。勢いに乗っている、行け行けどんどん、という場面とかですね。ところが、普段の場面においては監督という役割の者が、自分のいら立ちをぶつけることで選手のモチベーションを高めることができるとは思えないんです」
梶原「むしろモチベーションを下げてしまう?」
佐久間「そう思います。選手がプレーしやすい空気をつくる、それも私の監督としての役割だと思っています」
梶原「さすが監督!(プロに失礼な発言だなあ……)」
佐久間「私のわずかな振る舞い、語気、一挙手一投足から選手たちは私の心の動揺を感じ取ります。動揺は選手へじかに伝わります。それが彼らのプレーを邪魔するなら避けた方がよい。今起きたミスを悔やむのではなく、次どうすれば、チームとして良い方向に向かうのか?そういう方向に思考を切り替えます。それが現場監督としての、私の役割だと思いますから」
2017年2月号
それぞれの役割に合った振る舞いをするということ
佐久間さんの話にはしばしば「役割」という言葉が出てきます。それはどうやら、佐久間さんが「監督」「GM」「副社長」という3つの役割を兼務していたことと関係がありそうなのです。
佐久間「その通りかもしれません。監督は、あくまでも現場の選手と寄り添いながら、同志として、彼らのモチベーションを高め、良い結果につなげるためにどう指示を出せるのか、どう振る舞うか。それが、私の役割です」
梶原「では、GMの役割とは?」
佐久間「現場の選手と経営側の懸け橋になって、現場の環境をより良くする上で必要なことを、選手の立場に立って経営側に伝えたり、一方で、経営の求めること、目指す方向を選手に伝えることです」
梶原「佐久間さんはさらに、副社長でもあるわけですよね」
佐久間「副社長としての私は、クラブ経営が健全化するために県やリーグや、スポンサー企業やサポーターの皆さんのご要望を伺ったり、お願いしたり。クラブがより魅力的な存在になるためのあらゆる施策を検討し、決断していく。お金も大事ですし、チーム全体を俯瞰(ふかん)してチームのあるべき姿を常に考えるのが役割です」
大変不思議ですが、佐久間さんはそれぞれの役割について語るとき、それぞれの役割にふさわしい表情をなさっているように見えるのです。
梶原「役割意識がゴチャゴチャになることってないんですか?」
佐久間「兼務する場合、それが最も注意すべきポイントです。大きく言えば、国の三権分立がうまく機能しなくなったらとんでもないことになるように、一般の企業でもめちゃくちゃになりかねない。スポンサーの声にしか耳を貸さないディレクターとか、嫌でしょう?」
兼務とは思った以上に難しいことのようなのです。佐久間「ちなみに来季、私は監督を降りることになりました。素晴らしい監督が見つかりました!」
佐久間「ちなみに来季、私は監督を降りることになりました。素晴らしい監督が見つかりました!」
佐久間さんの役割は晴れて2つになったのです!
何度も出てきた「役割を果たす」。当たり前のようですが、案外できないからこそいろいろな問題が起きている気もしてきました。
日々報道される事件にも「役割放棄」に絡むものが多くあります。例えば、「親が親としての役割を放棄して失われた幼い命」「議員が果たすべき役割を果たさないから起きた混乱」。会議でも「役割を心得ず、勝手な印象や感想を感情に任せ吐き出すだけの発言」なんてものからは、発展的なアイデアは浮かんできそうもありません。
「私の役割ってなんだっけ?」と考えるきっかけを、佐久間さんは与えてくれたような気がしました。
筆者プロフィール
梶原 しげる (かじわら しげる)
早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。
\著書案内/
不適切な日本語
梶原しげる著/新潮新書
821円(定価)