コラム
2016.11.30
vol.15 現場と本部のジレンマ
2016年12月号
いつの世も、 現場と本部はすれ違い
「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ!」
ドラマ『踊る大捜査線』での名台詞。現場を仕切る、織田裕二演じる「たたき上げ」の刑事が、本部で踏ん反り返るキャリア幹部の「現実離れした注文」に怒りをぶちまけるこの一言が大きな共感を呼んだのは、今からもう20年も前のことです。
「情報を持つ現場」と「権限を持つ本部」の対立構造は、何も警察組織だけのことではありません。今年も思い起こせば、現場の現実を無視した権限を持つ上層部が無茶な数字を押し付けた結果、とんでもない事件に発展した、なんてことがいくつもありました(参考までに、東芝や三菱自動車工業など……)。
事件にはならずとも、これに似た“現場”と“本部”とのすれ違いは、今も昔もごく普通に発生しているようです。
ある年の大みそか。某テレビ局が「新しい年へのチャレンジ」をテーマに「年越しスペシャル」番組を生放送しました。この番組の目玉企画が、年をまたいで中継されることになっていた「フリーダイビング日本記録に挑戦(チャレンジ)」です。
現場は東京の本部スタジオからはるかに離れた、鹿児島県枕崎沖。その現場実況中継を担当したのが、この私でした。
2016年12月号
やる気みなぎる現場スタッフ
「フリーダイビング競技」とは、マスクとフィンだけで水中深くどこまで潜れるかを競う「素潜り大会」のことです。当時、驚異の105メートルというすさまじい記録を打ち立てたフランス人ダイバー、ジャック・マイヨールをモデルにした映画『グラン・ブルー』に触発され、日本でもフリーダイビングブームが巻き起こっていました。
とはいえ、全国に生中継するのはこれが日本初。この中継そのものが「新しい年へのチャレンジ」だったのです。選手はもちろん、現場を取り仕切る(下請け)制作会社のディレクターの意気込みは、半端なものではありませんでした。
「東京の局舎でぬくぬくと仕事をしている“上の連中”に一泡吹かせてやりたい!」
彼はそんな野心を胸に、何日も前から現場入り。選手たちや、水中撮影するカメラマンたちと繰り返しリハーサルを行い、本番での記録達成の手応えを感じていたはずです。
通常、その時期の枕崎は波も穏やか、海水の透明度も抜群。本来、フリーダイビングは昼間に行われる競技ですが、真昼の太陽に負けないほど数多くのライトを灯す専用の「照明船」を何隻も用意し、万全の態勢が組まれていた、はずでしたが……。
本番前日に行われた深夜のリハーサル。その時に、「想定外の事態」が発生しました。季節外れの風が吹き、潮がうねり、飛び込み台のある「基地ボート」も大きく揺れています。海面はまるで「みそ汁」のように濁って、透明度がひどく落ちています。
2016年12月号
リハーサルは中止に
「是が非でも自分の番組で新記録を出したい」。そう思って選手を励まし、練習のサポートを熱心に続けていた現場ディレクターは苦渋の決断を下します。
現場ディレクター「予報によれば、こんなはずではなかったのですが……。明日の本番には回復し、透明な海面を明るい月の光が照らし出します、きっと!
というわけで、取りあえず、今日の選手の飛び込みリハは中止。代わりに、選手に見立てた地元のスキューバダイバーに潜っていただき、それを本番通り水中カメラマンが撮影。梶原さんが船の上でモニターを見て実況するのは予定通りです。選手の皆さんも、船からご覧になってイメージトレーニングだけでもしっかりしておいてください。気を抜かないでね。では早速リハーサル行きまーす! 5秒前、4、3、2、スタート!」
ドッボーン!
「選手役」が飛び込む音は聞こえたのですが、選手の姿を映すはずの水中カメラマンも潮に流され、私が頼りとするモニターには「選手役のダイバー」の姿が一向に見えてきません。
実況梶原「チャレンジャーが勢いよく水に入りましたが、あれー? おっと、どこだ? ダイバー、ダイバー……あ、見えました! えー!? カメラを担いでいる? これは、どうやら水に流された水中カメラマンを捉えた映像のようであります。さあダイバーが、いましたね! 水深計は? ちょっと確認できません! おお。ここです、いました選手が。順調に潜行を続けて……。ではなくこれまた別のカメラマンか? え? ケーブルが絡まった?? チャレンジャーはどこにいるのでありましょうか!? こちらからは見えません!!」
現場ディレクター「(メガホンで怒鳴るように)はいストップ! カメラさん、梶原さんよろしければもう一度まいりますよ、じゃあ、ダイバー役の方、飛び込みから、どうぞ!」
ドップーン!!(モニター映らず……)
現場ディレクター「(メガホンで叫ぶ)がんばりましょー、気合い入れ直していきますよ、ダイバーさんあらためて、どーぞ!!」
ドップーン……
10回ほどディレクターが声を張り上げたところで、カメラマンやダイバー役のスキューバさんたちから泣きが入りました。
「もう酸素がありません。正直、体力も限界です」
揺れる波の上、船に設置されたモニター越しに実況し続けた私も、いてつく寒さと船酔いで気を失う寸前でした。リハーサルをじっと見守った選手たちの顔も心なしか青ざめ、唇も震えています。
現場ディレクター「(努めて明るい表情を作っていたような……)皆さん、お疲れさまでした! おかげさまで、なんとか明日の見通しが立った気がします。選手のみなさん! 今日は神様がゆっくり休息をとってエネルギーを蓄え、明日がんばれとエールを送ってくれたように僕には感じられました。本番は、日本中が注目しています! 明日のために今夜はゆっくり寝て、体調を整え、明日、目いっぱいがんばりましょう!!」
熱心で、元気で陽気で、ちょっぴり押し付けがましい彼は、われわれや選手を気遣っているようで、実は、嫌なプレッシャーを与えるなあ。そんな印象を私は持ち始めていたのです。
なかなか寝付けぬ民宿の部屋。隣の部屋で誰かが声を押し殺すように電話で話をしています。耳をすませば、あの現場ディレクターが、誰かに電話をしているようです。
現場ディレクター「(小声でヒソヒソと)ええ……はい、まあ…もちろん…そりゃあそうです…(突然声を荒げた!)判断は現場(こっち)がするんだよ!!(以後しばらく沈黙)うん、ええ。はい……じゃあ……」
「何事だろう?」と思いつつ、私はそのまま、まどろみの世界へ。
2016年12月号
不安な中、ついに迎えた生中継
夜が明け、大みそか当日を迎えました。地元放送局が集めてくれたのか、応援の方たちがバスに乗ってやって来ました。民宿のおばさんも、選手やわれわれのためにお汁粉を用意して振舞ってくれたりして、「本番近し」の空気が漂ってきました。
そして夜。前の晩の反省から、私はさらなる寒さ対策のため、体中に使い捨てカイロを貼り、コート2枚を重ね着して海岸に到着しました。万一に備え、その日も医療救急スタッフがスタンバイ。中継スタッフは空気ボンベやカメラなど機材のチェックを淡々と行い、選手たちはそれぞれに入念なウオーミングアップを行い、調整に入っています。
そして肝心の天候は? またしても予想を裏切り、昨夜ほどではないものの、風も波もやんではいませんでした。
「はあ……」
絶望的なため息を吐いた私や選手、スタッフの前に、あの現場ディレクターがメガホンを持って現れました。
現場ディレクター「皆さん、お疲れさまです。私はこれまで、フリーダイビング日本新記録達成の瞬間を、年越しと同時に全国にかっこよく伝えようとばかり考え、選手の皆さんや、スタッフの皆さんにプレッシャーをかけまくってしまいました。反省しています。申し訳ありませんでした。東京の局担当が詳細に調べた年明け時点の天気予測は快晴ということですが、昨日のことを考えるとあまり期待しない方がよさそうです。本番ではとにかく事故のないように。無理をせず。やれるだけのことをやれば、それでもう十分にありがたいことだと思っています」
昨日まで「がんばろう! なせば成る!! さあ行くぞ!!!」と「いけいけどんどんの能天気」だった彼が、穏やかな表情で語り始めたのです。
現場ディレクター「記録を期待するなど、無理かもしれません。船上の梶原さんのモニターに、思ったような映像が映ってこないかもしれません。大変申し訳ないことですが、そういう場合でも、あるがままを、いつもの梶原節で皆さんに伝えていただければ十分です。選手たちの、スタッフの、何かが少しでも見えたなら、チャレンジしたという、そのこと、そのものを大いに称えてください。以上です」
昨日まで「とにかく盛り上げてください」とすがるように言っていた人とは別人です。
彼はすでに「東京の上の人の顔色」などまるで気にしていない様子でした。「現場は俺が仕切るんだ」。そんな根性を決めた爽やかさのようなものを感じたのは、昨夜の電話を盗み聞いたせいだったかもしれません。
東京のスタジオから生放送が始まりました。新しい年がもうすぐやって来る。いよいよ、われわれ中継「現場」が、東京の「本部」スタジオから呼ばれる時間……と思ったそのとき、嘘のように風はやみ、雲が晴れ、月が煌々と穏やかな水面を照らし出しました。
東京スタジオ「では枕崎の梶原さーん!」
実況梶原「遠くかすかに除夜の鐘が聞こえる枕崎沖、○○選手が、飛び込みました! 素潜り日本記録へのチャレンジです! 選手の頭の向こうに見えているのが深度測定表示板。5メートルを過ぎ、10メートルの数字に指先が、届いた! 今15メートル地点を通過。△△選手の記録を超え、新たな日本新記録達成! おー、来たぞ! 20メートル、ここもクリアー!! ○○選手の、新しい年へのチャレンジが続いています」
「枕崎の現場」の熱が「東京の本部スタジオ」にそのまま伝わり、スタジオの応援が、現場の選手のモチベーションをさらに上げていきます。
自立する現場、包容力を持って見守る本部。「情報を持つ現場」と「権限を持つ本部」が対立し合うのではなく、上手に折り合いを付けられたからこそ実現した「チャレンジ」だった気がします。
あなたの周りの現場と本部、うまくいっていますか?
筆者プロフィール
梶原 しげる (かじわら しげる)
早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。
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