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コラム
有識者連載
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コラム 2016.06.30

vol.10 不適切な日本語がコミュニケーションを阻む?

shigeru_banner 2016年7月号 6月から採用試験・面接も始まり、就活生、企業の採用担当者双方とも、一足早い、“熱い”夏をお過ごしのこととお察し申し上げます。 私がよく知る若者A君は、7月早々に行われる2017年度教員採用1次試験を前に必死の形相です。 実際にどんな問題が出されているのか? 好奇心に駆られた私は、2016年度の採用試験の問題を見てみました。そこで、「求められる能力は、先生もビジネスパーソンも一緒だなあ」と感心したのです。 B県の採用試験では、誤って理解されることでコミュニケーションが阻害されがちな言葉の意味をただす設問がありました。例えば、「役不足」という言葉。 質問:「役不足」の正しい意味は何ですか。 正解は「本人の力量に対して役目が軽すぎること」でした。 「えー!? そうだっけ?」 戸惑いを感じる方も多いのではないでしょうか。なぜなら、実際には逆の意味で使われることも珍しくないからです。 ビジネス現場をイメージしてみてください。上司は、部下の日頃の努力を買って主任に昇格させることを告げました。当然、部下は大喜びだと思ったのですが―。 部下「主任など私には役不足ですが……頑張ります」 上司「役不足!? 主任では役職が不足なのか? せっかく取り立てたというのに、何が不満だ?」 こういう事態が発生しかねないのは、「役不足」に対して全く逆の認識があるからです。 「役不足」を本来の意味と逆の意味で使うのは、若者ばかりではありません。 中年幹部「この度、営業部長を拝命いたしました、鈴木でございます。甚だ役不足ではございますが……」 鈴木さんの態度や物腰を観察すれば「役が小さくて不満でしょうがない」とクレームを付けているのではなく、「自分にはもったいないほど素晴らしい役職を授かった喜びを、謙虚に述べている」と察することは可能です。 しかし、鈴木さんを部長に推挙した上司たちの中には、「部長で不足か?」とちょっぴり皮肉を言いたくなる人もいることでしょう。「こんなに言葉に鈍感だなんて、彼のコミュニケーション能力は大丈夫か?」と、心配になってしまうかもしれません。 29979000350 言葉の意味を正しく理解し、信用を高めたいですね! shigeru_banner 2016年7月号 「役不足」どちらの意味を使うか? 文化庁の『国語に関する世論調査』(2012年度)では、「役不足」を謙虚な表現として使う中高年世代が増加していると伝えています。 「みんな謙遜の意味で使っているなら、現状追認で一本化すればいいじゃないか!」 そういう声もありそうですが、冒頭に挙げたように、徹底的に本来の言い方をたたき込まれ、「その方が自然だ」と考える人、「言葉は本来的であるべきだ」と伝統主義を掲げる人も少なくありません。 「混乱を避けるためには法律で言葉の意味を統一してしまうべきだ!」と過激なことを口走る方もいなくはありませんが、民主主義国家の日本で、それはできない相談です。 悩んだ末に、「迷ったときは辞書を見ろ」という先輩アナウンサーの言葉を思い出し、国語辞典を開いてみました。辞書の中でも言葉の現状に最も柔軟であるといわれる三省堂の『三省堂国語辞典』では、「役不足」を謙遜して使う言い方を誤りであると断定し、本来的な意味を勧めています。 穏健派といわれる岩波書店の『広辞苑』も「誤って、力不足の意として用いることがある」と強めに否定しています。 つまり、「多くの人が本来の意味とは逆の意味で使っている。そろそろ自分も宗旨替えをしなければ」と安易に乗っかるのは、危険だとも感じます。 shigeru_banner 2016年7月号 「枯れ木も山のにぎわい」を使えるのは? 「変化し続ける言葉=揺れる言葉」にどう対応したらいいのでしょうか? 同じ言葉が逆の意味で使われる例をもう1つ紹介します。 若手営業担当者のCさん。取引先の重役を、自社のパーティーに誘おうとしています。 Cさん「山田専務! 弊社のパーティー、ご参加いただけますか?」 山田専務「ええ、もちろん」 Cさん「ありがとうございます! 『枯れ木も山のにぎわい』と言いますから、どうぞよろしくお願いいたします」 山田専務「……」 さて、Cさんの言い方はどうでしょうか? 「目上のお客さまを枯れ木呼ばわりして失礼で不適切」と感じる人もいれば、「素敵に輝く目上の方が参加すれば、会場は一段とにぎわいを増す」との褒め表現で「適切だ」と感じる人もいて、理解の仕方が2つに分かれます。 『国語に関する世論調査』(平成26年度)では、「人が集まればにぎやかになる」ことだと感じる人が多いという結果が出ています。 私も少し迷ってしまいました。『三省堂国語辞典』では、この調査で増えていると指摘された言い方(人が集まればにぎやかになる)での記述はゼロ。自分に使うへりくだった言い方「枯れ木も山のにぎわいと言いますから、出席いたします」の用例のみが掲載されていました。日常的に辞書を手にする人々には、今でもこちらの「伝統的な言い方」が支持されていることが想像されます。 いくつかチェックした採用試験問題にも、全て「枯れ木のような(老いぼれた)私のような者でも、居ないよりはましですから伺います」と、謙譲表現で使用する文例を正解としています。 今風だからといって、いい大人がそのまま同調するのは危険だという気になってきました。皆さんは、どう感じますか? 11002054597 「枯れ木」扱いしないで! shigeru_banner 2016年7月号 「流れに棹(さお)さす」、やっかいな存在? もう1つ、例を紹介します。どうやらこれは、これまでの流れとは違って「本来的な意味」より「誤解された意味」の方が強そうなのです。 例えば、こんな会話があったとしましょう。 上司「君の今の発言は、会議の流れに棹さすものだ」 部下「部長。お言葉ですが、私は流れに沿って議論を前に進めるために、資料を集め、丁寧に説明してきたつもりです。なのに、流れに棹さすだなんて……進行を遅滞させる元凶みたいに言われたら甚だ心外です!」 上司「ちょっと待て、僕は君を高く評価したんだぞ。流れに棹をさして、ぐんと前進させた君の努力を大いに買っている。これからも、大いに流れに棹さしてくれたまえ!」 部下「え???」 部下の「???」という当惑に私も共感できます。「流れに棹さす」からは、「流れを止めるネガティブなニュアンス」を嗅ぎとってしまうからです。 なぜか? 「流れに棹さす=流れをせき止める=邪魔する」という考え方は、これまで紹介したどの言葉よりも、根強く支持されているだろうと実感するからです。 そのことは、例の『国語に関する世論調査』(2012年度)においても表れています。本来の意味でない方を使う人は59.4%と、本来の意味を使う人23.4%を大きく上回る結果になりました。本来の「ここは一気に進めるべきだ」という意味で「流れに棹さすべきだ」と言うと、「なんてことを言うんだ!」と反発されることの方が多そうです。 こうした災いを避けるには、「本来、この言葉は……」なんてことにこだわらず、「自分からは積極的に使わない」「相手が使ったときは文脈でしっかり判断する」といった対応を心掛ける必要がありそうです。 shigeru_banner 2016年7月号 企画書が「煮詰まる」のは悪いこと? もう1つ、例を紹介します。D県の教職員採用試験の問題の一部からです。 問題:「煮詰まる」の意味は「議論が行き詰まってしまい、結論が出せない状態になる」だ。〇か×かで答えよ。 正解は「×」とありました。「煮詰まる」の本来の意味は、「行き詰まる」ではなく、「結論にたどり着いた状態になる」であるという伝統的な解釈を正解としているのです。 一方で、実際の会話場面ではどちらが多数派なのでしょうか? 『国語に関する世論調査』では、2007、2013両年度において、「(議論が行き詰まってしまって)結論が出せない状態になること」よりも、「(議論や意見が十分に出尽くして)結論が出る状態になること」という本来的な言い方を選んだ人の割合が多い結果となりました。 すなわち「煮詰まる」を「行き詰まる」の意味で使うのは、多数派ではないというのです。こういう場合は、躊躇(ちゅうちょ)なく「行き詰まるの意味」で使うことは避けるべきです。本来的な意味であり、世論調査で多数を占め、試験問題でも正解とされているものは、仮に周囲の人たちがよく使っている場合であっても、「自分は影響される必要など全くない」と腹をくくって良さそうです。 ちなみに複数の辞書を引いて調べてみましたが、「煮詰まる」を「行き詰まる」の意味として容認するような用例は見つかりませんでした。 shigeru_banner 2016年7月号 もっと知りたい人にお薦めの書籍 さて今回の記事、「勉強くさくてつまらなかった」とお感じの方にこそお薦めしたい本があります。 先ごろ発売された話題の新書『不適切な日本語』(梶原しげる著、新潮新書)です。 私が書き上げた、「微妙な言葉」に鋭く切り込む痛快な1冊として評判をいただいております―などと、のうのうと言ってしまいました。すいません……。 拙著では、今回記した「誰もが疑問に思うもの」というより、「あまり疑問に思わないかもしれないものに疑問を挟み、土足でどんどん踏み込んで、時には勝手に「不適切!」の烙印を押してしまったり、絶賛したりしています。 例えば、2016年に結婚した、タレントのDAIGOさんと女優の北川景子さん、歌舞伎役者の片岡愛之助さんと女優の藤原紀香さん。この2組の結婚を「えらい!」と絶賛しています。 何のご縁もないこの方々を勝手に称賛した理由は、彼らの結婚報告で使われた、「ある言葉」にあります。一般的に芸能人本人も、それを報じる芸能マスコミも、これまでこの2組のカップルとは異なる「ある言葉」を無反省に用いていました。「そういえば……」とあらためて思い出す方もいらっしゃるでしょう。 そのほか、「元気」は他人に、もらったりあげたりできるのか? また、あの超有名キャスターは4半世紀にわたって担当した番組で、なぜ「あの言葉」を一度も使わなかったのだろう? などと、「人間がどういう価値判断で言葉の選択をするのか?」をまとめています。 今回の拙稿にもつながる「人に話したくなる話題満載の1冊」をぜひお楽しみに!―と、最後は宣伝で、これまた失礼いたしました。 これに懲りず、来月もぜひこのページでお会いしましょう!
筆者プロフィール shigeru_profilepic 梶原 しげる (かじわら しげる) 早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。 新刊案内! 不適切な日本語 梶原しげる著/新潮新書 821円(定価)