コラム
2015.09.28
vol.1 突然の指名をどう切り抜ける? 梶原しげる
2015年10月号
10 月、秋本番! 紅葉も色付き始めました。結婚披露宴をはじめ、パーティーシーズンの幕開けです。
さて私は、アナウンサーという立場上、「司会をしてくれない?」と言われれば、時間が許す限り喜んで引き受けるようにしています。
司会をすることになれば、事前に当事者と十分な打ち合わせを行います。来賓など出席者の顔ぶれや、新郎新婦との関係性。会全体の流れや構成をしっかりと把握しておけば、当日はリラックスして盛り上げ役に徹することができます。
ところが「顔だけ出してくれない?」と言われるパーティーは、ちょっと緊張します。かつての苦い経験が思い出されるからです。若くして起業した先輩が経営する会社の、創業10 周年パーティーの悪夢が……。
気軽に参加したパーティーで大失敗! 梶原「先輩! 僕、突然の指名であいさつする、みたいなの苦手ですが、ないですよね?」 先輩「なに余計な心配しているの。お前の出番なんか、あるわけないって! 出席者は業界のお歴々や地元選出議員に取引先銀行の偉いさん。それ以外にも、あいさつしてもらわないといけない人だらけさ」 梶原「そりゃあ、そうですよねえ(笑)」 先輩「お前の知り合いの山ちゃんたちも来るから、顔だけ出して、後は飲んで食べて楽にしてればいいの。二次会の進行程度は頼むかもしれないけど」 梶原「二次会のビンゴとかなら、任せてください!」 そして当日。すっかりリラックスして飲食を楽しんでいたら、司会者が私の名前を呼んでいるようなのです。 「ご友人の梶原様? 梶原さまあ??……ああいらっしゃいました。ではここで、芸能界の裏話など交えたごあいさつで、ぐっと盛り上げていただきましょう! 梶原様、どうぞ!!(拍手)」 若輩者とはいえ、テレビやラジオで働くプロとして期待されている、という空気に血の気が失せる思いでした。「気の利いたことを言って、笑いを取らなければ……」そう思えば思うほど、足はもつれ、のどは渇き、マイクを持つ手は震えるばかりでした。 ウケを狙ったしゃべりは、ことごとくすべりまくり、会場は静まり返ります。「痛い奴だなあ……」そんなつぶやきも聞こえてきます。惨めな敗北感にさいなまれ、うなだれて、その場を引き下がるほかありませんでした。
2015年10月号
気の利いたあいさつが ビジネスの成功にもつながる
前振りが長くなりましたが、ここからが本論です。「パーティーに出席するときは、最悪の事態に備えましょう!」とのお勧めです。皆さまに、私のようなつらい思いをしていただきたくないからです。
「私は経営のプロだ。しゃべりが仕事じゃないから関係ない」。そうおっしゃりたいお気持ちは理解できますが、今やそうもいかないようなのです。
「できるビジネスパーソン」には、特定の職業知識や能力のみならず、「発信力」、すなわち「会話力」が求められる時代です。
「あいさつ名人」の故スティーブ・ジョブズ氏や孫正義氏を「特別な人だから」と、他人事のように見てはいけないのです。優れたアントレプレナーは、ちょっとした席での気の利いたあいさつで注目を集め、投資家が興味を寄せるきっかけとする。これも、最近よく耳にする話です。他にも、チャンスを得るために「あいさつ力」をブラッシュアップしたい経営者が、「あいさつセミナー」を受講するケースが目立ってきました。
ちょっとしたパーティーでの「突然の指名」にどう対処するのか? これはわれわれアナウンサーに限らず、ビジネスパーソンにとってこそ、必須のスキルとなってきました。
若き日の私のように「突然の指名」に言葉を失い、たじろぎ、気の利いた一言も言えずすべりまくる。「そんな器の小さな人間にビジネスを任せられるか!」と、厳しい視線が注がれてしまうのです。
皆さまに恐怖を与えるのが連載の目的ではありません。「突然の指名」を乗り切って、あっぱれなあいさつをやり切ることができるのか? その糸口をお示しすることこそが私の責任なのです。
さて、先を急ぎましょう。
2015年10月号
「思い付いたこと」でうまくいくことはほとんどない
答えはただ一つ。「パーティーに出席するときは、どんな場合であれ、スピーチを用意しておくこと」です。「え? そんなこと??」と、あまりに当たり前な提案にあぜんとする方もいらっしゃるでしょう。
しかし実際はどうでしょう?
事前に「祝辞をお願いします」と予告される創業記念式典や、大事な人の結婚披露宴はともかく、カジュアルなゴルフコンペ後のパーティーや、社内の成績表彰式、展示会を無事に終えた後の軽い「ご苦労さん会」など、オフィシャルではない気軽な会合でこそ、突然の指名という「非常事態」発生のリスクは高まります。
「そんなもん、適当に思い付いたことしゃべればいいんじゃない?」。こういう考えは大変危険です。
場がどんなに和んでいようと、お気軽な空気であろうと、だからこそ、会場の人々は場の和む「気の利いた話」に「笑おう」と待ち構えているのです。楽しいひとときを、さらに楽しく盛り上げてくれることを期待しているのです。「仕事もできるけど、人としての器量が違うよなあ」。そう感心したがっているのです。
ところが、あなたのあいさつがこうだったらどうでしょう。
「いやあ本当にもう、あのう、まーとにかく、本当に、先輩たちが大勢いらっしゃる中、輩者である私のような若い者が、ごあいさつさせていただくのは光栄の行ったり来たりで、なんと言いますか、高い席から一言、簡単に言うとですね、思い返せば20 年前、正確には2004年の5 月、青葉若葉の頃ですから、21 年弱前ですか、村上社長様とは長いお付き合いを。え? あ、上村社長? 失礼しました、村上社長様とは……」
「人前で戸惑う様子を、寸劇風ジョークとし披露する」という「明確な意図」をもって演じられるならまだしも、単なる準備不足による「失態」だと始末に負えません。
前置きと、言い訳を決まり文句でダラダラつなげ、脈絡のないタテマエを延々と口にする「痛いあいさつ」を続ける人への評価は悪化するばかりです。「行き当たりばったり」「出たとこ勝負」で当意即妙なあいさつを行うなどという芸当は、ごく一部の天才以外には無理だと断言します。
私はもちろん、プロである放送業界の先輩たちの多くは皆、いつ突然の指名があってもいいように、周到な準備と予行演習をして会合に臨んでいるのです。
2015年10月号
文学界の巨匠もあいさつに苦労していた
『挨拶はむづかしい』『挨拶はたいへんだ』『あいさつは一仕事』(共に朝日新聞出版)。偉大な文学者・丸谷才一さんに「挨拶文学」という独特のジャンルを確立させたきっかけは、「人前でのあいさつが苦手」というご自身の体験でした。
結婚披露宴、文学賞の受賞式にと、さまざまな会合であいさつを求められる機会の多かった丸谷さん。「あいさつの苦しみ」を誰よりもご存じな丸谷さんは、毎回律儀にあいさつの原稿を書きました。50 年間にわたり書きためた苦難の「あいさつ人生」が3 冊の本に結実したというわけです。「あいさつが苦手」という方にはお勧めの名著です。
誰のために、どんな話を、どんな場面で、誰に向かい、どう語るのか?あいさつする側される側で交わされたエピソードを思い返し、心温まるユーモラスで秀逸なあいさつの秘訣がぎっしり詰まっています。
丸谷さんの「あいさつとの真剣勝負」を目の当たりにすれば、われわれ凡人が「行き当たりばったりや思い付きを、ダラダラあいさつとしてしゃべり散らす」など愚かしくて話になりません。文学界の巨星があいさつを完全原稿に仕上げたのに比べれば、事前に少しあいさつを考えておくことぐらいなら、すぐにでも実践できそうだと思いませんか。
出かける前には自分の役割をシミュレーション 私は、パーティーに限らず、人が集まる場面へは、必ずあいさつの「シミュレーション」をしてから出かけるようにしています。絶対に声が掛かるわけのない超大物のパーティーから、後輩たちの合コンレベルの会合に至るまで、現場に向かう前には必ずあいさつを考えます。大物芸能人が大勢参加するパーティーで私に「突然の指名」がある確率は限りなくゼロ(確実にゼロでしょう……)にもかかわらずです。 「そんな無駄な苦労、意味ないじゃないか?!」 そうおっしゃるかと思いますが、そうとも言えないのです。 その日のその会合で、自分が求められるとしたら、どんな役割だろう? 会の主役と自分との過去のエピソードで披露に値するネタはなんだろう? その場の聴衆の関心事は何だろう? あいさつするとき、聴衆の誰もが共通に体験していることは何だろう? その日の天気、ニュース、会場で見られる光景・味わった料理・来賓たちのスピーチの内容など、あいさつに織り込めるよう多様な情報を入手し、観察し続けます。 その中から、使えるもの、使えないものを取捨選択して、2分弱という短い時間で共感を得られる「あいさつ」を構成するのです。メモした内容を個室トイレに入って、もごもご練習することもあります。 この努力の多くがその日には報われません。そもそも「突然の指名」はそう頻繁には起きないからです。 ところが、この「突然の指名に備える習慣」が、あいさつ力のみならず「会話力」をアップさせるのに大いに役立つことを実感しています。商談であれ、社内打ち合わせであれ社交であれ、人とコミュニケーションする上で大事なのは次の4 つのポイントです。 「場面をこころえ」「相手の立場を理解し」「自分の役割を認識して」「聞き手に新鮮な視点を提供する」 これらはどれも「あいさつ」に求められるスキルです。あいさつに限らず、実りある会話には、周到な準備と訓練が必要なのです。 「行き当たりばったり、出たとこ勝負で何とかなる」のは一部の天才だけ。これをしつこく申し上げておきます。 近々「突然の指名」を受ける可能性のある日はいつですか?
筆者プロフィール
梶原 しげる (かじわら しげる)
早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20 年のアナウンサー経験を経て、1992 年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49 歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定理事も務める。
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