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コラム
有識者連載
各分野の有識者や、さまざまな領域の専門家による連載です。
コラム 2016.04.28

vol.8 採用側が「大学名」に こだわると損する理由 梶原しげる

shigeru_banner 2016年5月号 奇妙!? 就職活動で大学名を 気にする学生 ニュースによれば、今年2016年の就職戦線は「短期決戦」なのだそうです。結果は6月早々から出始めるとも聞きました。 思えば今年の2月29日、月曜日。某ラジオ番組でAD(アシスタントディレクター)をお願いしている大学生(現在4年生)が、いつになく真剣な表情で、訳の分からないことを口にしたので驚きました。 大学生「本格的な就職活動が今夜、正確には3月1日0時0分0秒に始まります。その瞬間、就活ウェブサイトに企業採用情報が一斉に現れ、いかに早くそこにアクセスするかが採用の成否を分けるらしいと、先輩から聞かされました」 梶原「嵐のコンサートチケットの発売日でもあるまいし、本当に?」 大学生「有名校の学生さんは関係ないらしいんですが、特に私みたいなそうでない学校の学生は、最低限そういう努力をしなければならないと先輩が言うんです」 彼女は、その夜われわれが行う番組イベントと「楽しい打ち上げパーティー」への不参加を、いつになく毅然とした態度で告げたのでした。 「今夜は早めに入浴して身を清め、両親と3人でパソコンとスマホの前で待機することにいたします」 本当は彼とのデートを楽しみたいための「残業拒否の言い訳」だったのかもしれませんが……。 近年、就活時期は「前倒し」だの「後ろ倒し」だのと、コロコロ変わっています。しかし、相変わらずなのが「大学名が採用基準の1つになっているらしい」ことです。無名大学でなかなか優秀な学生を教えている私としては、ショックというか「バカじゃないの?」と言いたくなりました。 shigeru_banner 2016年5月号 学歴にこだわりすぎると 「有名な大学を出た学生が、優秀で仕事ができるとは限らない」。長年の経験でそう実感していた私に賛同の声が! 「ほぼ同じ程度の頭なら、レベルが高いとされる有名学校の学生より、レベルが低いとされる無名校の学生の方が、ずっとモチベーションが高く、有能だ」と某有名企業の採用担当部長は言うのです。 わくわくしてきました。もしそうだとすれば、採用で高学歴にこだわる企業は、実は「貧乏くじを引き続け、損し続ける残念な組織」かもしれないのです。何だか「ざまあみろ」です。 これは「与太話」ではなく、大規模な心理学調査で実証された、れっきとした「心理学的真実」なのです。私も聞いたときは驚きました。
小さな池? 大きな池? J・デイビスという社会学者の古典的な論文や、インターネット上でも公開されている、心理学者H・W・マーシュらの研究成果を、モチベーション研究の新鋭、筑波大学の外山美樹准教授が自著『行動を起こし、持続する力―モチベーションの心理学』(新曜社)で素人にも分かりやすく紹介しています。 それをさらに噛み砕き、「超訳」にてお届けする無礼をお許しください。 西洋では、人のやる気について説明するとき、しばしば「Big-Fish-Little-Pond」ということわざが引用されるといいます。直訳すれば「大きい魚、小さい池」ですが、外山准教授はこれを「小さな池の大きな魚」として説明しています。 読者の皆さま、頭の中で、イメージしてみてください。 「小さな池」の中で、自分以外に比較するべき魚の姿が見えない環境なら、たとえ実際には大きくも立派でもない魚も、「俺ってビッグだぜ、よろしく!」と、矢沢永ちゃんみたいにカッコよく存在感や自信を表現できそうな気がしませんか? それに比べると「大きな池」の魚は、池の巨大さや周囲を泳ぎ回る巨大魚に比べ、あまりにちっぽけな自己の存在を目の当たりにして、「自分はなんて取るに足らない存在なんだ」という卑屈な気持ちや不全感から、やる気がドンドンしぼんでいきそうじゃありませんか? デイビスは調査研究を行う前、こう思っていたのだそうです。「レベルの高い大学に進んだ学生は、有能感(自分には能力がある、できる! という自信)が高まり、学業や職業意識へのモチベーションが高まるはずだ。だって、その学生はレベルの高い連中の仲間だし、切磋琢磨して自分をブラッシュアップしているのだから……」 ところが、調べてみると逆だったのです。すなわち、レベルの高い(名門大学の)学生ほど有能感もモチベーションも低く、レベルの低い(無名大学の)学生の方が、やる気に満ちている。 「一体全体、何でそんなことになるのだ?」 思索を深め、デイビスは「学業レベルの高い、エリート有名大学(大きな池)では良い成績が取りにくく、それが有能感やモチベーションを低下させる要因になっている」という仮説を導き出したようです。 この仮説を、「大きな池の小さな魚」、つまりレベルの高い名門大学に所属し、有能感・存在感の低い人になるよりも、「小さな池の大きな魚」、つまり、レベルが低い無名大学の所属でも、有能感・存在感の高い人になる方が良い」という意味で表現したようなのです。 この考えはあくまでも仮説だったのですが、近年前述のマーシュら学者たちの研究により、その説の正しさが証明されたというわけです。 shigeru_banner 2016年5月号 同じ学力の2人は どうなったか? 外山准教授は、高校入学時点ではほぼ同程度の学習能力を持つ2人の生徒を比較しています。レベルの高い有名高校へ進学したAさんと、レベルの高くない無名高校へ進学したBさんの「その後」はどうなったのか? 最終的に、より優秀な成績を収めたのはAさんではなくBさんでした。 勉強のできる生徒ばかりに囲まれ、彼らと自分を比較する日々を過ごすAさん。劣等感だけが募り、有能感が低下する一方です。勉強に対するモチベーションを失い、最終的には悪い成績しか収めることができませんでした。 一方のBさんは勉強が苦手な生徒だらけの学校で、自分より学業の苦手な生徒との比較で有能感が高まります。自信がみなぎり、勉強に対するモチベーションもぐんと上がり、最終的にはAさんより高い成績を挙げることとなったのだそうです。 「そんな、ばかな」「レベルの高い学校へ行った方が、優秀な指導者や仲間に触発され、成績もつられて上がる」とお感じかもしれません。私もそう感じます。そう感じながら、私自身の「高校選び」をふと思い出してしまいました。 shigeru_banner 2016年5月号 みんなが大きな魚だった 高校時代 考えてみれば、私自身「学ぶこと」へのモチベーションを上げるチャンスを得たのが「まるで無名な高等学校」のおかげだった気もするのです。 中学時代、学業不振を極めた私に、受験すべき公立高校は見当たりませんでした。私立高校を受験するほど家計に余裕がありません。 そのころ、たまたまちょっと変わった職業高校が横浜にできたとうわさに聞きました。神奈川県立貿易外語高校(現在は神奈川県立横浜国際高等学校に再編統合)でした。 当時、横浜は世界指折りの貿易港で、市内にはいくつも小さな貿易会社があり、若い人材を求めていました。「卒業したら即、中堅貿易マン」が同校の“売り言葉”でした。 「高校を出れば、食えるんだ! 何より、こんな私でも入れてくれる公立高校があるなら、こんなにうれしい話はない」。受験を決めたことを担任に伝えると、大いに喜んでくれました。 「あそこなら、確実に受かる。倍率はたぶん1倍だ!」 先生のおっしゃった通り、受験して落ちた者は1人もいなかったことを後に知ります。 人里離れた丘の上の校舎は、ベニヤでできた仮設の平屋。某銀行の保養所だったその場所には、高校生には分不相応な立派すぎるテニスコートが6面と、しゃれたクラブハウスが奇妙なコントラストを成していました。 全県から集まった生徒たちは、「選りすぐり」ではなく、各地区の「既存の名門校」を選ばなかった、または選べなかった個性的な連中ばかりでした。 100人ちょっとの生徒たちは訳も分からず、当時、本牧界隈にお住まいだった駐留米軍の「ボランティア精神あふれる奥様たち」から生の英語を学ぶことになります。 名門校では必死に大学受験対策が施される中、われわれはタイプライターの実習や、ふらりとやってくる外国人バックパッカーの歌や話を聞かされる「浮世離れした日々」を過ごしていたのです。 ここでは偏差値がどうのと気にする人は見かけません。どこかでみんな「はぐれもの」です。優越感もない代わりに、劣等感にさいなまれることもなかったのです。みんな勝手に「I am OK」と思っています。誰もが「小さな池」の「大きな魚」でいられた気がします。 また、他校との比較もありませんでした。日本に1つしかない職業高校の生徒たちは、比較する対象を持ちません。教科は「英語」「国語」「フランス語」「スペイン語」「タイプライター」、そして「世界史」という学校でしたから。 「卒業後は中堅貿易マン」として就職するはずでしたが、当時、大学受験生なら誰でも受ける旺文社の模擬試験をみんなで記念受験したら、全員びっくりするほどの高得点。「それじゃあ、試しに大学も記念受験」と無責任に受けてみたら、仲間は次々合格してしまい、びっくりするやら、親が金策に駆け回るやら、ひと騒動がありました。
小さな池の魚たちも 見逃さないで 大学卒業後、大きなテレビ局と小さなラジオ局の両方から内定が出たとき、私が小さなラジオ局を選択した背景には、高校時代のこの体験があったからかもしれません。 読者の皆さんの中には「大きな池」で「大きな魚」となった方がたくさんいらっしゃることでしょう。厳しい競争にひるむことなく挑み、勝ち抜くことで、自らを磨き上げる。そして優秀な仲間たちとの交流を深めることで、さらなる高みを目指すことができる。大きな池でしか体験できないことも、現実には山のようにあるはずです。 しかしその一方で、有名大学ではない「小さな池」にだって「大きな魚」がいる「場合もある」ことを、人材採用のときには思い出してくださいますよう、冒頭の不憫な大学生に成り代わり、お願いいたします。
筆者プロフィール shigeru_profilepic 梶原 しげる (かじわら しげる) 早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。 新刊案内! 『まずは 「ドジな話」を しなさい』 梶原しげる著 1400円+税 サンマーク出版 好かれる人には 理由がある! 第一印象が抜群にいい人。なぜか、かわいがられる人。だれからも好かれる人気者。アナウンサー・梶原しげるが出会ってきたたくさんの人たちとの交流と自身の経験から、好感をもたれる「話し方」のすべてを伝授する。