コラム
2016.01.20
vol.5 「この人、誰だっけ?」を切り抜けるには 梶原しげる
2016年2月号
「この人、誰だっけ?」
以前会ったことがありそうな、なさそうな「微妙な相手」と鉢合わせたとき、その場をどうしのぎますか?
「どこかでお会いしましたっけ?」。これは女性をナンパする男の常套句です。ビジネス相手には失礼な言い方ですね。
「初めまして!」は、この人とは初対面だと確信が持てるとき以外は、極めてリスキーです。
「え? 昨年の忘年会でお会いしたじゃないですか。ほら、Aさんたちと、例の原宿の中華屋で」
相手が、こんな風に冗談ぽく返してくれれば、まだ救いがあります。「Aさん」「原宿の中華屋」という、記憶喚起のキーワードを与えてもらえれば、その先の会話もつなげようがあるからです。
ところが相手が変に気を使い「こちらこそ初めまして」なんて感じでシャラっと言われたら、その後の展開がギクシャクしてしまう恐れがあります。
「この人、見たことありそうだ。相手もこちらをチラチラ見てる」
そんな空気を感じたら、にっこり笑顔で「どうも~」と声を掛けてみたらどうでしょう。
それが勘違いで、単なる見ず知らずの人で「何この人?」と怪訝な顔をされるのは覚悟の上です。「知り合いを無視する」という、とんでもないリスクは、少なくとも避けることができるのですから。
みのもんたの社交術
文化放送時代の大先輩、みのもんたさんと飲みに行くと、しばしばそんな場面に遭遇しました。有名人はどこへ行っても、いろんな人が「あれ?」という顔をします。中には、かつて仕事先で名刺交換までした大事な知り合いが混じっていることもありました。
みのさんの「どうも~」という笑顔に、「おー、みのちゃん、久しぶり!」なんて声が掛かることがよくありました。
この時点で、みのさんは相手の方にどこでお目にかかったか、記憶の糸をたどっていますが、そんなことはおくびにも出しません。
社交上手なみのさんですから、ここからさらに一歩、ぐっと入り込んで、さりげない情報収集を行います。
「いやいやいや、どうもその節は、お世話になって、どうですかその後?」
いつ? どんな世話になったのか? あいまいだらけの「どうとでも答えられる問い」を、実にうれしそうに投げ掛けるのです。
すると不思議に、相手から記憶のキーワードが出てきます。
「相変わらず、逗子のB寿司に週一で通ってるよ。最近みのちゃん、とんとご無沙汰じゃない?」
「いやー、懐かしいねえ! Bの親方どうしてる?」
以前のご近所仲間を忘れたみのさんもおっちょこちょいですが、「どうも~」のおかげで旧交を温めることができました。
「私の名前を忘れているのでは?」と感じたときは また、反対に「ひょっとして、この人、私の名前を忘れているのでは?」と感じることはありませんか? そんなとき、とっさの機転を利かせ、「そうそう、以前お会いしたときと、部署が違っちゃっているかもしれないから」などと言いながら「2枚目の名刺」を渡す人もいました。 「大人」はみんな上手に「技」を繰り出すものです。 かつてお仕事でご一緒した、コメンテーターとしても活躍する山本晋也監督も、人付き合いの名人です。こんなやりとりをしたことがありました。 監督「毎日、いろんな人と会っていると、誰が誰だか分かんなくなっちゃうんだよねえ。とっさに名前が出てこなかったり。そういうとき、僕は『あの~お名前は?』って聞いちゃうのよ」 梶原「ストレートすぎませんか?」 監督「そう思うでしょ? 相手は大抵『え? 俺の名前を忘れた?』って感じの困惑の表情を浮かべながら、『……高木ですが』なんて言うわけ」 梶原「お互い、気まずいんじゃないですか」 監督「いやいや、僕はすかさず言うね。『嫌だなあ、高木ちゃん、下の名前だよ! 何ていう名前だったっけ?』って」 監督が実際にこの技を使った現場に遭遇したことはありませんが、なかなかのアイデアです。 「なんで私の下の名前を?」と万一突っ込まれたら「最近、姓名判断に凝ってて、データ集めてるんだ」ぐらいのことを自然に返す、茶目っ気たっぷりな監督なのです。 ただ、注意が必要な場面もあります。みの先輩や山本監督とは全く別の技を、異国で見せつけられたことを思い出しました。
某アジアの国の首都に取材で数日間、滞在したときのことです。
仕事ばかりで、土産物を買う自由時間は帰国する日の午前中だけというタイトなスケジュールでした。私とスタッフは男2人。市場で買い物をして、ホテルに戻ろうとしたところで、若い男性が親しげに声を掛けてきました。
「オハヨ・ゴザイマス」
日本語で話し掛けられ振り向くと、満面の笑顔です。
「ケサハ・オカイモノデスカ?」
(今朝は? あれ? そういえば、ちょくちょく見る顔かも……?)
そう思った私は「ホテルの方でしたっけ?」と尋ねました。
「オボエテ・クレテイテ・アリガト・ゴザマス」
「いやいやこちらこそ! 制服から着替えると雰囲気違いますね」
現地の方と会話できる喜びから、私はいつも以上に饒舌になっていました。
「日本ではココナッツオイルが流行っているから買おうと思ったんですが、市場にないですねえ」
「トモダチノ・オミセニ・アルヨ」
「そこ、遠いんですか?」
「クルマデ・スグヨ」
「あー、時間がないなあ。残念だけど戻らないと」
「ジョシダイセ・スキデスカ?」
「えー? まあ、男子学生よりはねえ」
とんちんかんに答える私を見かねたスタッフが、私の手を強く引き、鋭い表情で、たしなめました。
「梶さん、コイツ、やばいですよ」
「え!?」と思ったちょうどそのとき、その“ホテルの人”はさーっと、逃げるように私たちの前から去って行きました。
「この人、誰だっけ?」への「あいまい言葉対処法」には、こういうリスクを伴うこともあるという警鐘を打ち鳴らしておきました。
あいまいな会話を効果的に活用してみよう “ホテルの人”との会話はあまりに間抜けですが、あいまいなやりとりが対人関係を円滑に促進する「意外な役割」は見直されていいと思っています。それは、「あいまいな会話」の評判が不当に悪すぎるからです。 「あいまいな言い方をする人間は仕事ができない」「ビジネスパーソンは論理的に話すべきだ」「日本的なあいまいさは、グローバリゼーションが進む現在、コミュニケーションの阻害要因」など、あいまいな会話は散々な言われ方です。 世間には「やあ、どうもどうも」的なあいまいさを許さない空気が広がっています。例えば、こんな話があります。 『放送研究と調査』2015年5月号(NHK放送文化研究所)によれば、2014年に御嶽山が噴火した際、「周囲には硫黄の匂いが立ち込めた」との現地からのテレビリポートに対し、「あいまいで正確さを欠いている」と抗議があり、これをめぐってネット上で大論争が巻き起こったと記されています。「硫黄に、立ち込める匂いなどない!」との指摘があったのです。 「え? なんで?」と、私は思いました。抗議をした方の話によれば、「硫黄=原子番号16の元素S」が“無臭”であることは、“誰もが知っている常識中の常識”なのだそうです。科学に疎い私は、「へえ……」としか言いようがありません。 「白い水蒸気が上がっているのが見えた」なんて表現もまた、あいまいが大嫌いな方の標的になるのだそうです。「国民の公器である電波を通じてNHKが誤った情報を発している!」とのお叱りです。「なんで?」とまたまたつぶやいてしまいました。「正論の方」はこうおっしゃるようです。「水蒸気とは水=H2Oが気化したもので、目に見えないのが常識だ!」 科学番組ではなく、身近なニュースを分かりやすく伝えるためには許されるレベルだと思うのですが、「正確なこと」を追求する方にとっては許しがたい「ゆるさ」「あいまいさ」「不正確さ」なのでしょう。
しかし、私はひるまず言います。「あいまいさ」や「ゆるさ」が求められる場面だってあることを。
2015年に上梓した拙著『新米上司の言葉掛け』(技術評論社)でもそのことを書いています。例えば、仕事の要領が悪く、無駄に時間のかかる若手社員に、上司としてなんと声を掛けるのか。あなたならどうしますか?
「まだできないの?」「どうしてできないの?」という「理詰めで追い込む」ことは避けるべきだと私はお勧めしました。
「はい! まだです。なぜならば、指示が不明確で、あいまいで、要領を得ないからです」などと、理路整然とした答えが返ってくるはずもないからです。
仕事に不慣れな新人を「問いただす」ことには意味がない、というのが私の考えです。
「私ならどうするか」ということで提示したのが、「今、どんな感じ?」でした。まるで論理的でなく、極めてあいまいな言い方なので、「上司失格だ!」と断言されてしまいそうです。
とはいえ、「まだ?」「なぜ?」と攻め立てられて、「そうだ、急がないといけないんだ! よーし、頑張るぞ!」とやる気をアップさせる新人は、ほぼゼロです。何が問題でうまく進められないのか? 何が何やら分からず混乱しているうちに時間が過ぎていく。そんな「迷える新人」を共感的にサポートするには、「どんな感じ?」程度のあいまいな、ゆるい言葉がほどよい気がするのです。
プレッシャーは、人を目覚めさせることもあれば、萎縮させ、混乱を深めることもあります。
もう1つの例を紹介します。欠勤が目立つ社員に対する言葉掛けです。「どうしたの? この頃、休み多いよね」はNGです。自分の置かれた立場や役割、現状に、よほど無頓着な部下を除けば、自分の引き起こしたまずい事態を改善し、何とかしたいとあがいているものです。
上司が不満を、腹立ち紛れで直接部下にぶつけることは、上司の一時的な欲求不満の解消になっても、部下が一歩前進する活力にはなかなかつながりません。あえて、あいまいに「最近、調子どう?」と能天気に語り掛けることで、部下の心を開かせたいものです。
取材したある社員は、「私は君の味方だよ」との上司からのメッセージで、「初めて心の鎧を脱げた」と、話していました。
もちろん「あいまい」「漠然」「非論理的」ばかりで仕事が回るわけがありません。ビジネスでは「的確に、具体的に、論理的に伝え合う」のが大原則です。
その原則に加え、ごくたまに、さりげなく、あいまいな一言が場を和ませる効果を発揮することだって、「なくはない」とのご提案でした。
筆者プロフィール
梶原 しげる (かじわら しげる)
早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20 年のアナウンサー経験を経て、1992 年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49 歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。
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