この数年、「文化の盗用」と呼ばれる行為が話題になるようになった。注目を集めやすく、経済的な影響も大きいトピックだ。それにもかかわらず、ハイブランド企業といえども十分な対策と対応の方法が確立されているとは言い難い。
マンチェスター・メトロポリタン大学などで文化史を教えるベンジャミン・ワイルド氏
異文化要素の採用か異文化の盗用か
ここで前提を述べておこう。この行為は経済的・政治的・文化的に優位な国や文化圏の企業が、そうではない文化圏の要素をビジネス上の目的のために採用することで論争を生むケースが多い。先述した例であれば、グッチはアフリカの、ルイ・ヴィトンはジャマイカの要素を文化コンテクスト(文脈、背景)の理解が浅いままに使った。あるいは十分な説明なしに公表した。
もし逆に、日本の企業が欧州文化に対して無理解であった場合、欧州の人々はそれを叩くのではなく、「教養のない証しで批判にも値しない」と無視するか、嘲笑の対象とされるだろう。欧州の人たちが日本の文化に対して上位意識を持っていることの裏返しである。その位置関係が日本人にも何となく分かるから、ヴァレンティノの動画が勘に障るのだ。極めて複雑な状況・心理把握を必要とする話題である。
そこで、文化盗用をテーマとしたウェビナーで知った、英国のマンチェスター・メトロポリタン大学などでファッション文化史を教える研究者、ベンジャミン・ワイルド氏へインタビューした。
ウェビナーにおいてワイルド氏は、ノーザンアリゾナ大学で異文化コミュニケーションなどを研究するリチャード・ロジャーズ氏の論文を紹介していた。ロジャーズ氏は、異文化要素の採用を「良い」「悪い」だけで判断する思考は有益ではないと言い、文化交流を「交流」「支配」「悪用」「文化融合」と4つのレベルに区別している。その中で、支配と悪用が文化盗用としてネガティブな範疇になり、交流と文化融合は友好的で公平な文化交流になっていると説く。ワイルド氏は、この論を支持していた。
「第一に強調したいのは、いつの時代においても文化盗用は避けられないということです。異なる文化の人たちと交流する中では当然起こり得ます。特に、1980年代以降に関心が寄せられるようになり、それがこの数年、ファッションの分野でいっそう、顕在化してきました。
私たちはメディアで文化盗用の記事を読むと、何か悪いことが起こったと考えてしまいがちです。しかしながら、私たちは異文化の要素を採用すること(cultural appropriation)と、文化の盗用(cultural mis appropriation)を区別する必要があると思います。注意すべきは後者です」(ワイルド氏)
第二次世界大戦後にさまざまな社会変化が起こり、植民地時代は終焉を迎えた。その後、どの国や地域でも権利意識が強くなり、不平等へ敏感になった。海外旅行が大衆化し世界が狭くなった1980年代、それらがより明確になり、文化盗用が問題視されるようになった。
1990年代以降、インターネットの普及によって世界中の人たちとアイデアやイメージなどを交換できるようになり、昨今で言えばインスタグラムやツイッターなどのソーシャルメディアから、簡単に異文化を引用できる。引用元の文化要素が持っている意味など分からなくても、好きならそれを取り込むだけだ。
「他の文化の拝借は不可避であると認識すべきです。それよりも私たちは、異文化の引用に対して、より自覚的になり、論争が生じるのがどのような場合であるかへ敏感になることです。そして、ビジネスとしては、それが事件とならないように、リスクを最小限に抑えることです」(ワイルド氏)
再び脱植民地主義の流れが起こっている
「政治的、あるいは文化的に強い立場の人や組織が異文化の要素を使っているかどうかという側面は大切です。しかし、それが行為の良し悪しを判断する基準の全てにはならないはずです。大切なのは、文化の借用行為がどのように解釈されるかという点だと考えます」(ワイルド氏)
発信の意図がどうであろうが、騒ぎが起きるときは起きる。受け手次第なのだ。ファッションは可視化されているから論争のネタになりやすい。ファッション産業の世界市場は約200兆円であり、その経済規模から、切迫したムードが生まれやすい。
ワイルド氏は話を続ける。
「英国やフランスなどの宗主国が旧植民国への負債をどうにかすることは考えなければならない。しかも、服の生産はそうした地域に依存しています。もちろん、その構造と歴史的なマクロな流れがつながっているわけでもありませんが、アイデンティティーと絡んでくるのです」
英国でもEU脱退後、「自分たちの文化とは何なのか」が問われている。過去は安定した感覚を与えてくれ、伝統はアイデンティティーを形成する一助になる。しかし、その伝統も他の文化を導入した結果であることを見逃してはならない。だからこそ、国や地域のアイデンティティーが現在、より重要になっている。
一方、2020年5月、アフリカ系米国人であるジョージ・フロイド氏が警官によって殺された事件が、BLM(Black Lives Matter)運動※に火を付け、帝国主義時代当時の植民地の記憶を呼び起こした。移民や難民の問題に頭を抱える欧州にあるファッションハウス(高級ファッションメーカー)を、ワイルド氏は辛らつに批判する。
「帝国主義時代当時の植民地の人に対して、一方では彼らを拒否する態度を取りながら、一方では『君たちの色や素材は欲しい』と言っている。欲しいところだけ取ろうとしているので、ルイ・ヴィトンのジャマイカの文化に捧げたと説明するニットなどは偽善に見えるのです」
受け手にとって、文学はしっかりと文字面を追い、音楽は曲をじっくりと聞かないと、異文化の扱い方の在りようがよく分からない。だが、服は多くの人に可視化される。ファッションは異文化の理解不足に気付かれやすいのだ。したがってこの領域を中心に、今、「脱植民地主義」という言葉が再び盛んに使われているのである。世界はフラットになったと思っていたら、実際はそうではなかった。そう人々は気付いた。しかし、「ファッションハウスはその事実をビジネスのために利用しようとしている。そうとしか見えない」とワイルド氏は指摘している。
※黒人に対する人種差別抗議運動
差異を認め互いに敬意を持つ
本連載で何度も触れたが、中国やインドなどでは、自らの文化に基づくラグジュアリーブランドを立ち上げる動きが加速している。私はその動きをどこの国においても文化的感度が高くなっている証拠だと見ている。よって、文化の盗用にも敏感なのだと思う。先述した内容とも重なるが、ワイルド氏の意見に耳を傾けよう。
「例えば、フランス文化といっても、そこには違った文化エレメントがあります。フランスの文化的遺産とは何なのか?中国の文化的遺産とは?ムスリムのそれは?どれも明確ではありません。そして、ラグジュアリー企業は魅力的な文化遺産を売っているわけです。よって、今や文化遺産の純度を追うのは論争のネタを提供することに他ならず、自滅の方向に向かわないかとも案じるのです」
この10年近くでグローバリゼーションの限界が意識され、2020年からのパンデミックによって、その限界が浮き彫りになった。だから今は多くの国や地域で自文化に人々の目が向いている。しかし、自文化だけでやりくりするにもいずれ限界が訪れる。
「ファッション史を見ている立場として思うのは、ファッションは狭い政治アジェンダには収まり切らないということです」(ワイルド氏)
ファッションはその性格から人と人を結び付けるツールともなる。だから、ルイ・ヴィトンのジャマイカのニットにまつわる文化盗用騒動を「無知」で終わらせるのではなく、ファッションをもっと範囲の広い社会的な行動に使うことを、ラグジュアリー企業は意識すべきかもしれない。そうなれば、文化の盗用回避や異文化に関する教育が業界の課題になってくるだろう。
「教育は必要です。実際、教育機関のコースはそういう方向にかじを切りつつあります。世界史やそのコンテクストに焦点を置いた科目の設置です。私たちは文化における価値の差異をよく知れば知るほどに、他者と一緒にやっていけると思うのです。しかし、現実では、そうした差異を受容・賞賛するすべを知りません」とワイルド氏は論を展開する。
共通点を見つけることが平和になる鍵であるとよく語られる。もちろん、それは大切だ。だが、共通だと思っている点にも違いがあるのが、異文化間のトラブルの大きな要因である。だから、安易に「同じだね!」と飛び付くのではなく、違いをしっかりと受け止めることを起点にしなければならない。差異を認めれば、互いに敬意を持つ感覚が磨かれていくのだ。
ビジネスパーソンもそのことに気付き始めている。世界中の教育機関やファッションビジネスの組織がウェビナーで議論を重ね、研究者と実践者の建設的な対話も増えてきた。グッチは冒頭で紹介したあの黒いニットの事件の後、ファッション研究機関に助言を求めてきた。世界各地のデザイナーを採用しやすいようにする奨学金制度も公表した。
ワイルド氏は、「ファッションの教育機関は、これまでデザイナーなどその産業で働く人の供給元でしかなかったと言えるでしょう。一方通行でした。でも、ビジネスサイドが継続的に学ぶ必要性を感じれば、ファッション教育はより生産的で、興味深くダイナミックなものになるはずです。ファッション分野は欧州と白人を中心とした見方がいまだに強いですが、もう持ちこたえられなくなっているのです。特にラグジュアリーの消費者は目が肥えてきて、新しい世界観が表現されたものを欲しがっています」と語る。
企業は、異文化要素を安易に使用する時期はとっくに過ぎていると理解すべきだ。また、日本の企業は、海外市場に向けて日本のステレオタイプなイメージや日本語のキャッチコピーなどを深く検討せずに使えば、自らの首を締めかねないことを自覚する必要がある。文化意識の低い企業の商品は、どこかに爆弾を抱えていると見られるに違いないのである。
PROFILE
安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。