ラグジュアリー市場が「今後は『高級品業界』というくくりではなくなり『文化と創造性に秀でた商品が入り乱れる市場』になっていく」(2020年11月25日)という米ベイン・アンド・カンパニーのリポートが現実味を帯びてきている。今回はラグジュアリー教育に携わる2人へのインタビューから、各国の特徴や今後の動向などを紹介したい。
ロンドン大学 ゴールドスミス校 ラグジュアリーマネジメントコース プログラムディレクター ケリー・メン・パーンウェル氏
ラグジュアリーは幅広い視野を要求される
1人目に紹介するのはロンドン大学ゴールドスミス校ラグジュアリーマネジメントコースのプログラムディレクターである、ケリー・メン・パーンウェル氏だ。
彼女は中国の大学で英語と国際ビジネスを学び、卒業後は不動産企業で小売り店舗開発に1年間従事。ラグジュアリー企業のクライアントを担当したことからラグジュアリー分野に関心を強く抱き、2006年、英国の大学の修士課程に留学した。
そのころの学びのテーマは「ラグジュアリー」ではなく「アジアのビジネス」だった。当時、フランスやイタリアの大学でラグジュアリービジネスのコースはすでにあったが、英国にはまだなかったのである。「ラグジュアリーはアカデミックの研究対象には成り得ない」と指導教官に助言を受け、大学の図書館でラグジュアリー関連の資料を探したが、「ラグジュアリービジネス」の書籍は見つからなかったという。
中国と南アフリカで仕事をした3年後、修士と同じ大学の博士課程に戻り、「南アフリカにおける中国ビジネス」を研究。その後、英国で小売りのコンサルティングなどをしている最中、現在勤めている大学でラグジュアリーマネジメントコースをつくる企画があることを知って転職した。
彼女の経歴を細かくつづったのには理由がある。ラグジュアリー領域で自らの道を定めるには、それなりの経験が後押しすることを示したいからだ。現に、パーンウェル氏はラグジュアリーに興味を持っていたものの、自らの居場所を得るのに時間がかかった。ラグジュアリーは多くの分野を横断する。経営学だけではない。人文学や芸術など幅広い視野を要求されるのだ。
ゴールドスミス校の学科の学生は5大陸20数カ国の出身者。本連載で何度も書いているように、ラグジュアリーの認知は文化圏によって異なるので、それが実体験できる環境であるのが望ましい。パーンウェル氏も文化的に多様であることが必須だと考えている。彼女の大学はラグジュアリーを学ぶ環境として理想的である。
頭角を現す中国独自のブランド
ゴールドスミス校のラグジュアリーマネジメントコースは起業に向いている。スタートアップに関するパーンウェル氏の話の概要を紹介しよう。
「数々のカンファレンスを含め、英国にはさまざまな学びの場があります。例えば、本校ではブリッティッシュ・カウンシル(英国文化振興会※)や美術館などとコラボレーションをしています。そこでは、ロンドンのオープンな空気も相まってラグジュアリーのナレッジがシェアされやすい。英語が公用語であることに加えてスタートアップが生まれやすい環境であり、それが世界各地から留学生がやってくる動機にもなっています」(パーンウェル氏)
一方、アジア諸国はどうだろうか。
「中国は日本を参考にできるところが多いと考えています。日本は明治時代から西洋文化を咀嚼しながら独自の文化を形成してきた歴史があります。また、欧州ラグジュアリー商品の市場として数十年先行した経緯があり、学ぶところも多いでしょう。ラグジュアリーブランドは一夜にしてできるものではありません。歴史の再評価にも時間がかかります。それでも今の動向を見ていると、かなり近い将来、中国独自のブランドが国内外で実績を上げていくことが予想できます。そういう勢いがあります」(パーンウェル氏)
いずれにせよ、特殊な技術がなくてもラグジュアリーと称する分野に踏み出せる可能性があると彼女は話す。
「ラグジュアリー領域に今、世界各地でイノベーションが起こりつつあるのは当然の現象だと思います。サステナブルという世界の共通目標があり、『人がラグジュアリーに惹かれる理由』は以前にも増して問われています。『社会的責任を取る商品にお金を使いたい』と。そうすると人は、サステナブルをうたう企業や商品へさらに敏感になります。中国の若い世代も例外ではありません。巨大な市場の動向が、良い意味で世界に波及すればと願っています」(パーンウェル氏)
ラグジュアリービジネスは主に欧州文化の遺産で成立してきた。したがって欧州のスタートアップは有利な立場にあるのは確かだが、他の文化圏発のビジネスも生まれつつあり、時代は確実に動いている。
※文化交流と教育機会を促進する、英国の公的な国際文化交流機関
サザビーズ芸術大学 アート・オブ・ラグジュアリーコースリーダー フェデリカ・カルロット氏
サザビーズの教育機関
2人目は、英国・ロンドンにあるサザビーズの芸術大学で教壇に立つフェデリカ・カルロット氏だ。彼女もラグジュアリー分野の人材教育に携わっている。
カルロット氏はイタリアのヴェネツィア大学で日本語を学んだのち、ファッションに強い文化学園大学で「日本におけるメード・イン・イタリー」をテーマに修士・博士課程を終えた。イタリアに戻ってからは2つの大学で異文化コミュニケーションを教え、英国の大学院でMBA(経営学修士)を取得した。
サザビーズの学校は、社内でアート専門家を育成する目的で50年前に始まり、その後、外部へも開かれた教育機関となった。したがって、カリキュラムは「アートや人文学をコアにしたハイエンドの文化産業」がコンセプトになっている。
コースは、ラグジュアリーを社会史的に捉えるところから始まる。どのようにラグジュアリーの社会的意味が変化してきたかを教え、その上で現在のブランドマーケティングやファイナンスなどを学ぶ。
6カ月のコースでは、受講者は10歳代の終わりから50歳代までと年齢層が広い。すでにアート業界で働いている人、MBAを取得している人、修了後に職業を変えてラグジュアリーで働きたい人のほか、例えば、建築を勉強した後にラグジュアリー店舗の設計を専門とするために学ぶ人、あるいはワインをよりハイレンジの商品として売るために勉強する南米出身の学生もいる。もちろん、企業人がビジネスの幅を広げる必要から派遣されることもある。
イタリア人であるカルロット氏に、まずはフランスとイタリアのラグジュアリーの違いについてコメントをもらった。
「イタリアのラグジュアリーの特徴は、手仕事の強調、つまり、ディテールへのこだわりから始まったところにあります。また日常生活を心地よく過ごす点に重きが置かれた『誰もが接触できる、日々のラグジュアリー』であることです。これは、19世紀の貴族性に重心を置いたフランスのラグジュアリーに対抗するといった背景があります。
言うまでもなく、フランスにも手仕事の伝統はありますが、貴族性がより表に出やすい文化なのです。また、ラグジュアリーに関するさまざまな言葉が厳密に定義されていています」(カルロット氏)
厳密性が、フランスのラグジュアリーを「選別的なステータスを導くもの」としての認知に貢献した。しかし同時に、新しい定義を容易に受け入れにくい土壌をつくった。この特徴が、イタリアに比べ、ラグジュアリーのスタートアップ企業が育たない要因となっているかもしれないという。
「イタリアのラグジュアリーは生産サイドに重きを置きます。生産サイドの占める割合が大きく、フランスの企業もイタリアに頼っていることが多いです。また、“テリトーリオ”という『地域を丸ごと視野に入れてケアする』との考え方が普及しており、社会的責任を意識していることも特徴として挙げられます。したがって、イタリアのラグジュアリーがサステナブルな社会を目指すのは当然の流れでしょう。
北欧は環境問題に端を発してサステナビリティーを掲げていますが、イタリアは風景や文化起点からサステナビリティーを重要視している傾向は注目に値します」(カルロット氏)
日本の大学にはラグジュアリーマネジメントコースがないが、その状況を彼女はどう見ているだろうか。
「私が日本で勉強した2005~2010年、ラグジュアリーに関する研究をほとんど見ませんでした。日本のクラフツマンシップや『おもてなし』はラグジュアリーだと思います。欧州の高級ブランドも素晴らしいサービスを提供しますが、日本のサービスは力の入れどころが違います。日本のディテールへのこだわりやアートは、世界各地にある多くのラグジュアリーの1つの極みだと言えます。しかし、この分野がラグジュアリーだと認識されていなかったのでしょう。
いま、クラフツマンシップをコアにしたラグジュアリーは中国で動き出しています。今後、国内市場だけなく海外市場にも進出していくのは明らかです。中国の歴史が分断的であるのに対し、日本の歴史は連続性があり、ラグジュアリーの要素となる信頼や伝統を築きやすいものの、今、それにふさわしい存在感がありません。これは、ラグジュアリーにこそビジネスチャンスがあるのだと、日本が認識していないことの裏返しです。ラグジュアリーは、それをつくっている人間が『ラグジュアリーである』と認識していないと話になりませんから」(カルロット氏)
ラグジュアリーの高い精神性が人々を支える
最後に、急成長しているセカンドハンド市場をもとにした新しい文化についてコメントをもらおう。
「セカンドハンド市場はビンテージと区別しないといけませんが、興味深い傾向です。ラグジュアリーとの接点の持ちやすさにつながるからです。かつて夢だったものが、手が届くものになったのです。循環経済という面もありますが、文化的な質の変容でもあります。
ラグジュアリーは文化の駆動力になります。企業の持つ価値以上に社会的・文化的に占める位置が大きいはずです。ラグジュアリーの高い精神性や倫理性は『深い意味』を持っており、人々の支えとなり得るのです。たとえ、スタートアップであろうとも、深い意味を打ち出すことができれば価値があると考えます」(カルロット氏)
ラグジュアリーは徹底して意味をつくっていく領域だ。問題解決の領域ではない。したがって、探求型の態度が期待される。それが結果として、新しい文化の創造につながっていくのである。
PROFILE
安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。