•  
有識者連載のメインビジュアル
コラム
有識者連載
各分野の有識者や、さまざまな領域の専門家による連載です。
コラム 2021.01.29

Vol.16 市場リポートから見えたラグジュアリーの未来の風景

2021年2月号    

毎年年末に行われるイタリアのアルタガンマ財団主催の年次報告会で、米ベイン・アンド・カンパニーの調査による「世界高級品市場レポート」が発表される。2020年11月に発表された最新のリポートから一部を紹介したい。

    ラグジュアリー市場の最新予測は刺激的   連載第10回目(2020年8月号)で紹介したように、アルタガンマ財団という、高級ブランド企業が加盟するラグジュアリービジネスを促進する団体がイタリアのミラノにある。   例年、年末にはアルタガンマが主催するラグジュアリー領域の年次報告会がある。2020年は11月18日にオンラインで開催され、今回で19回目になるイベントである。イベントの目玉は、米国の経営戦略コンサルティングファームであるベイン・アンド・カンパニーのミラノオフィスが発表するラグジュアリーの市場動向や今後の予測だ。   ラグジュアリーというカテゴリーの設定基準はベイン・アンド・カンパニーの判断によるところが大きく、かつ同社のコンサルタント事業につながることから、「ベイン・アンド・カンパニーのミラノオフィスがラグジュアリー市場を作っている」と評する人もいる。それほどにベイン・アンド・カンパニーの分析は定評があり、この業界をリードしてきた。   今回は同社の最新リポートを吟味しよう。結論から言うと、実に刺激的な内容である。ラグジュアリーの市場について「今後は『高級品業界』というくくりではなくなり、『文化と創造性に秀でた商品が入り乱れる市場』になっていく」(同社プレスリリース、2020年11月25日)との予測が述べられているからだ。   残念ながら2020年は説明するまでもなく、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の影響で、どの分野も前年比の売り上げを大幅に下回った。中でも一番打撃を受けたのは75%減の「クルーズ船」である。世界各地での航海中止はこの業界をどん底に陥れた。その次が65%減の「ホスピタリティー分野(旅行やホテルなど)」だ。世界中の人々に移動制限がかかり、サービスや施設を利用しなくなったことは想像にたやすい。   他方、減少幅が小さい分野は「クルマ」(10%減)や「プライベートジェット、ヨット」(12%減)である。これには多数の入荷待ち商品が納入された背景がある。また、富裕層があまりパンデミックの悪影響を受けていないことや、少人数移動が衛生上安全といった複数の要因が、傷の浅い理由としてありそうだ。また、「インテリア(家具や雑貨など)」や、「ワイン・スピリッツ類」も嵐の中では堅調な部類に入る。いわゆる「巣ごもり需要」である。   バッグや服など最終個人消費財の売上額を見ると、およそ27兆円(1ユーロ当たり125円換算)である。これは2014年ごろのレベルだ。1996年の市場規模の2.5倍に当たることから、この市場が成長していると分かる。   品目別にみると、減少幅が大きい分野は「服」(30%減)と「時計」(30%減)で、「靴」(12%減)と「ジュエリー」(15%減)は比較的持ちこたえている。靴はカジュアル化による恩恵でスニーカーが好調だ。ジュエリーはトップレベルとアイコン的なエントリーレベルの両方がリードしている。金額では「化粧品」(6兆円)、「皮革」(5兆9000億円)、「服」(5兆6000億円)が上位3位だ。   次に地域別で前年比を見ると、中国だけが45%増となった。その他はどの地域もマイナスだが、「中東・オセアニア」(21%減)、「日本」(24%減)、「米国」(27%減)、「アジア(中国と日本を除く)」(35%減)、「欧州」(36%減)である。パンデミックの感染状況がそのまま数字に反映された格好だ。金額ベースだと、上位3位は「米国」(7兆8000億円)、「欧州」(7兆1000億円)、「中国」(5兆5000億円)だ。ちなみに「日本」は2兆3000億円である。   2019年までは中国以外の地域の売り上げも中国人観光客の消費に大きく依存していたが、中国人が海外に旅行できなくなり、中国国内の消費が高まったと見てよいだろう。   ベイン・アンド・カンパニーは、当然ながら今後の市場規模を予測している。2019年の水準に回復するのは、2022年末から2023年初め。しかし、ご存じのようにあまりに不確定要素が多いため、この詳細や売上金額予測の紹介は省く。  
  ビジネスにどのような変化がもたらされるか   これまでもラグジュアリービジネスの変化が予想されてきたが、その変化が前倒しで浮き彫りになった。それは、「販売地域」「販売チャネル」「世代」という3つの変化である。   まず販売地域の変化は、先述したように中国市場の占有率の急伸だ。2019年は世界市場の11%であったのが、2020年は20%になった。2025年後には26~28%になると予測される(国籍ベースでは2020年が27~29%に対して2025年には46~48%)。アジア市場は伸長著しいというものの、日本と中国を除いたアジア市場の推移を見ると、2019年15%、2020年13%、2025年15~17%(予測)となっており、中国のあまりの勢いに圧倒される。   次に、販売チャネルの変化としては、オンライン販売の市場に占める割合は、2019年に12%だったのが2020年は23%に跳ね上がった。この勢いが続くとは考えられず、2025年は30%強になるだろうと見られている。   最後、世代の変化については、ミレニアル世代(1980年初めから1990年代半ばに生まれた世代)とZ世代(1990年代後半から2000年に生まれた世代)の合計が占める割合が、2019年44%、2020年57%、2025年は65~70%となる予測だ。   さて要点は、これらの数値の変化がどのような質的変化を生むかを考えることである。例えば、オンライン販売の増加は流通チャネルでは卸売業の中抜きにつながり、2019年には卸売経由が59%であったのが2020年には52%に、2025年は40~45%まで下がると予測されている。これにより、企業側がブランドを直接管理できる可能性が高まる。つまり、オンラインとオフラインの統合的な戦略が策定しやすくなるのである。   さらに、同リポートでは、ツーリズム依存が現実的でなくなったリアル店舗は、地元顧客のテイラードスペース(商品を見せる場から、個々の要求に合わせた場へ)への移行が図られ、社会の低炭素化にも貢献するとしている。   とすると、新しい世代が求めるラグジュアリーの在り方と、ブランド戦略や販売方針が合致していくと想像してよいのかもしれない。       新しい世代が文化をつくる   2020年、ファインアート(芸術品)市場の規模は「オークション」と「個人売買」ともに、前年比で35~40%減だった。最近では、バンクシーの作品が10億円以上の価格で取り引きされたり、若い人たちが自宅を飾るためにアート作品を購入したりと市場のにぎわいを感じる。一方、それなりのお金がコンスタントに動く「中間帯の作品(100万~500万円)が売れない」と、世界のトップギャラリーの関係者が個人的に語ってくれた。こうしたエピソードが不調の正体らしい。   もちろん、オンライン販売へのシフトなどさまざまな努力がされているが、ベイン・アンド・カンパニーの報告で目に留まったのは、黒人やラテン系の作家の作品は社会問題への関心の高まりから買われているとの記述である。   本連載で何度も触れてきたように、ミレニアル世代やZ世代など新しい世代は環境や社会のテーマについて敏感な反応を示すようになっている。「環境」「多様性」「公平・公正」「(社会的)包摂」といった要素が、商品購入の際の大切な判断基準になっている。黒人やラテン系の作家が買われるのは、「公平」や「(社会的)包摂」との側面が後ろ盾となっているのだろう。   ここで注目する点は、新世代の彼・彼女らがポリティカル・コレクトネス(政治的・社会的に公平で、差別や偏見を防ぐ表現や概念)として、これらを「従わなければいけないもの」と見なしているよりも、身体になじんだ考え方や習慣として「当然の行動を取っている」とうかがえるところだ。しかも、ロックダウン解除の直後にオンラインであれ、オフラインであれ、ラグジュアリー商品の購入にすぐさま走ったのは、この世代であったとの報告もある。それゆえに、「この購買の動機が新しい文化をつくりつつある」とも言えるだろう。文化は計画的な設定で形成されるものではなく、「当然と思う傾向」の集積であるからだ。   しかし、注意すべきことがある。新しい世代の共通思考パターンは、全世界的なものとして語られがちだが、この新世代の購買は国によって傾向が異なる。新しい意味のラグジュアリーに対する向き合い方が、米国・欧州、中国の2グループでも違うのだ。   欧州・米国では、新しいラグジュアリーの新参者を歓迎する一方、ビンテージのセカンドハンド(中古)品にも手を伸ばす。クリエーティブなクラフツマンシップ(匠の技)に基づく商品、新しい意味を見いだすプレミアム商品、こうした物に積極的である。   他方、中国では、セカンドハンド市場が盛り上がっていない。また、すでに評価の定まったブランドのエントリーレベルが活性化している。   このトレンドを眺めていると、企業としては短期的に中国市場の依存を強めるが(実際にそうした意向を各社が表明している)、中長期的には欧州や米国市場で新しい文化への貢献にシフトする道を探っていくのではないだろうか。     プロデューサーからブロードキャスターへ   これまでブランドは「自分語り」の世界であった。演台の上から自社のストーリーを語り、自社のルールを述べる。そうして商品の価値を上げてきた。いわば独演会の「プロデューサー」である。イメージとしては、中心に商品があり、その周りの円にメディア、コンテンツ、展示会、サービス、インスピレーションといった項目が並ぶ。そして、それぞれの項目と中心に位置する商品が一対一の関係になっている。   だが、ベイン・アンド・カンパニーが描く次世代ブランドは「ブロードキャスター」だ。中心にあるのは商品ではなく「インタラクション(相互作用)」である。商品も同心円状に位置する項目の1つに過ぎない。関係するリンクも一対一ではなく、それぞれの項目が複数つながり合う形になる。プロデューサー型では円に並ぶ演者は企業が決めたが、ブロードキャスター型では誰もがこの円の演者になれる。オープンプラットフォームなのだ。   「耳を澄ませて私の話を聞いてほしい」「私はこう思う」「私はこのように物事を変えたい」と、さまざまな声が入り混じる、ある種、騒がしい世界である。欧州の司令塔から一斉にグローバルに号令を掛けるブランドの姿は、すでに数年前から変化の兆しがあった。オンラインサイトが地域ごとに自由度の高い作り方になっていたのも、その一例である。それがアナーキーな状況を積極的に歓迎する方向に向かうわけだ。一体、その先に何があるのか?   ベイン・アンド・カンパニーの描く道筋によれば、ラグジュアリーには4つの段階がある。まず、「憧れやステータスシンボル」を起点とし、次に「私を気持ち良くさせてくれる友人」としてのポジションをブランドが獲得していく。そして、ブランドはコードや言語の役割を果たすようになる。「自分自身を定義付け、他者とのコミュニケーションに役立つもの」となるのだ。この3段階目にまで達しているのが、今の市場である。   ベイン・アンド・カンパニーはこれから4段階目があると指摘する。「活動家」としてのブランドである。「私や世界を良くするために助けてくれる」といった位置付けだ。従来のラグジュアリーマネジメントからすると、まったく「らしくない」。   1990年半ば以降、常にヒエラルキーの中で新興層がより上にいく、また、「上にいると思われたい」との欲望を刺激することで、マーケットは形成されてきた。だからラグジュアリーは時に「反社会的」でさえあり、文化的な品のなさの象徴として見られてきた。   だが、この「らしくない」状態にこれから向かうとベイン・アンド・カンパニーは強調している。ある意味、これは同社が自ら作ってきた道を否定している。しかし、明らかにこの先にある光明を見いだしているに違いない。私もその光明を見ているから、そう思える。   2020年に起きたパンデミックは、多くの人々に底の見えない穴をのぞかせた。そして特に、これまでの世界観がまったく通用しなくなることがあると感づいた新しい世代の何割かは、自らが道を切り開いていくしかないとの覚悟を持ち始めているように見える。おそらく、その道を歩む人を応援したいとの気持ちも強くなっているだろう。   彼・彼女たちが、見栄や自己顕示欲にまったく無縁であるはずがない。だが、より社会的な面に関心が強いがゆえに、それらの欲が相対的に低く見える、あるいは欲を通す優先順位が下がることはあるかもしれない。その分、自然な振る舞いとして社会的な公正やインクルーシブ(包容・包摂)に目を向ける機会が多くなり、それがだんだんと少数派を脱し、主役になっていく。   高い品質や、その文化アイデンティティーに魅せられながらも、ラグジュアリーの世界観を嫌う人は少なくなかった。それが、新しい世代の登場によって変わる。ラグジュアリーの風景が一変するときがそこまで来ている。    
PROFILE
著者画像
安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。