•  
有識者連載のメインビジュアル
コラム
有識者連載
各分野の有識者や、さまざまな領域の専門家による連載です。
コラム 2020.12.28

Vol.15 スイス時計に見るラグジュアリー市場の変化

人々の価値観や電子商取引の浸透など、この5年ほどでラグジュアリー市場を取り巻く環境が大きく変わった。今回はいくつかの例とともに、スイス時計について紹介したい。

    ラグジュアリー市場に変化の兆し   ラグジュアリー領域にとって購買層の若年化が意味するところは大きい。これまでも、年齢層を問わずファッションのカジュアル化の傾向があったものの、若年層ではさらに加速するとみられる。そのアイテムの代表例がスニーカーである。   スニーカーの市場投入が目立ち始めたのは2017年ごろからだ。フランスのバレンシアガが、一見して「ごつい」高額スニーカーを投入して大ヒットさせたのが2018年初めである。   一方、普段は使用されていない空間などで一定期間だけ営業するポップアップストアも増加している。かつては、世界各地の都市の中心にある不動産価値の高い通りに同じ内装の店舗を持つことが、ラグジュアリー企業の証しであった。だが、プラダが2018年の前半期だけで36カ所にポップアップストアを開いた。新しい客をつかみ、そのデータを収集していくには新しい場所で試行錯誤をする必要があったのだ。   目的はそれだけではない。いわゆるブランド通りの高級店へ足を踏み入れることに優越感を持っていた顧客層が、従来の購入経験をさほどうれしいと思わなくなってきたのである。しかも、その商品はオンラインでも購入可能なため、さらなる希少経験が欲しい顧客を満足させるには、場所・期間限定で経験できる方が理にかなう。皮肉といえば皮肉な展開だ。   このように、ラグジュアリー商品の販売現場が変わりつつある。  
  盛況なセカンドハンド市場   セカンドハンド(中古品)市場の勃興も注目に値する。高級ブランド企業がセカンドハンドのオンラインプラットフォームとの提携に力を入れている。「ラグジュアリー商品=中古品購入」という公式が新しい世代(1990年代後半から2010年の間に生まれた、いわゆるZ世代)に浸透しつつあるのだ。彼・彼女らのコストやエコロジーに関する意識が一因となっている。   中古品を買うに当たり、「実店舗は信用でき、オンラインショップは信用できない」とも想像しがちだが、これが逆転しつつあるとも言える。オンラインの持つプロセスの透明性や購入者評価の可視化がセカンドハンド市場を後押ししている。結果として、新たなプレーヤーも参入している。   高級ブランドをはじめ、すでに名のある企業がセカンドハンド市場の成長に貢献すればするほど、スタートアップ企業がこの市場を狙うチャンスも広がる。取扱商品が本物であると証明できるシステムと仕組みが構築できれば、スタートアップにとっては利益の取りやすいマーケットかもしれない。   また、このビジネスは欧州市場が先行しやすい。あまりに高額で手が出なかったが、セカンドハンドの価格帯なら欲しいというのは良識的な欧州人が抱く心情だ。あるいはセカンドハンドの良さを見極められる目利きであることを、かすかな自己満足の足しにする人たちもいる。   欧州とは反対に、新品の市場で突出している中国市場は、ブランド品の偽物が横行するがゆえにセカンドハンド市場ではやや出遅れている。これは肥大化したラグジュアリー市場が反転している風景である。         輸出本数が減少し輸出金額が上がる   セカンドハンド市場はバッグが有力商品だが、時計も厳然とした優位性を誇る。時計には、従来から宝石と並ぶヴィンテージ市場がある。今回は時計業界そのものに注目したい。その動機は次のエピソードによる。   2020年7月、私はイタリアのミラノ工科大学ビジネススクール主催のウェビナーを視聴した。そこに登壇したLVMH(エルヴェエムアッシュ モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループ傘下であるスイスの時計メーカー・ウブロの米国法人CEOの話す言葉が印象的であった。   「米国市場において高級時計は、唯一のブランド誇示ツールになっている」   先述したように、ファッションはカジュアル化の傾向がある。それに伴い全身を高級ブランドでそろえるスタイルはいささか古臭い。ファストファッションとラグジュアリーブランドのアイテムを混合させて自分なりの装いを考える人が増えている。ロゴを誇示するのは「ダサい」との感覚である。   それなのに、時計だけは自己顕示欲を満足させるアイテムとして通用していると言うのである。米国市場でこの傾向が強いとのことだったが、このコメントに私の好奇心は反応した。   現在の高級時計市場を見ようとすると、おのずとスイスの時計に関するデータが中心になる。スイスで設立された時計の産業団体(Federation of the Swiss Watch Industry FH)がまとめているデータに目を通してみた。   2019年の輸出金額はおよそ2兆5000億円(1スイス・フラン=115円換算)、うち95%が腕時計である。推移を見ると、輸出量は減少したが輸出金額は上昇している。本数は前年比13.1%減。2009年のリーマン・ショック時よりも低く、1980年代初頭の本数である。しかし、金額は同2.4%増なのだ。   売れ行きの良いタイプははっきりしている。機械式の高価な材質を使用している約35万円以上の時計に限って伸びており、他のセグメントは低調だ。   輸出先では、2019年に政治的混乱があっても香港がトップで、2位は僅差で米国。そして中国、日本、英国と続く。地域で見るとアジアが世界市場の53%を占めている。その他の地域は欧州が30%、米国は15%である。    一部の富裕層が高額の時計を買うことで勢いを維持しているのが実態であろう。しかしながら、スイスの時計は高額材料と高い技術の組み合わせという評価で「黙っていても売れる」結果として、今のステータスがあるわけではない。少々長くなるが、スイス時計の歴史をひもとくことにする。生産の仕方もさることながら、販売方法の変化によって現在の姿があるのが分かる。   大阪大学経済学研究科の教授、ピエール=イヴ・ドンゼ氏の論文「The transformation of global luxury brands: The case of the Swiss watch company Longines, 1880-2010(グローバルラグジュアリーブランドの変遷:スイスの時計メーカー・ロンジンのビジネス史 1880-2010年)」と著書『History of the Swiss Watch Industry(スイス時計産業の歴史)』やその他の資料を参照していく。       正確な時計からスタイリッシュな時計へ   スイスの時計産業の起源は16世紀にさかのぼる。フランス絶対王政によって弾圧を受けた新教徒であるユグノー教徒が国外に亡命したことで、時計製造の技術がスイスのジュネーブに流入したことが大きい。宗教改革によって宝飾品を身に付けることが禁じられ、仕事を失ったジュネーブの金細工職人がユグノー教徒の持ち込んだ技術で時計を作り始めたのだ(例えば、英国でのガラス産業の発展史にも似た記述がある。宗教改革は欧州の産業地図も変えたのである)。   その後、ジュネーブの北方にあるジュラ山脈が生産の中心地となり、品質と生産性の向上が図られ、19世紀末になると英国やフランスよりもスイスが生産地としてのステータスを獲得していった。   スイス時計の生産の特色は、さまざまな部品や組み立ての工房をネットワークで組成するシステムが確立されたことによる。このシステムが「スイス時計は正確で信頼できる」という評価の基盤となった。   ドンゼ氏によれば、ロレックスやオメガと並び称されるロンジンは、19世紀末当時、すでに他の2社と同様、ラグジュアリーブランドとしての認知を得ていたという。   興味深いのは、戦略として商標登録などには先手を打ちながら、20世紀に入り販売に際しては各国の市場のニーズに合わせたローカリゼーションを重視していたことだ。ただ、全てのローカライズ作業をスイス国内で実施するのはコスト高になるので、大きな市場である米・独・伊・日などには機能部品輸出を行い、ケースやバンドなど現地調達部品も含め、市場で最終組み立てをする方式へ徐々に変わっていった。   それが20世紀前半、ブランドと製品仕様が世界各国でバラバラになる状況を招いた。だが、スイス時計の「正確さ」「耐久性」という品質評価が圧倒的な威力を持っていたため、個々のブランド力が揺らぐことはなかった。   数字で推移を見ると、1890年に駆動部品であるムーブメントのスイスの世界シェアは5.9%だった。2度の世界大戦の保護主義の時代にあって一本調子ではないが、1940年は40.2%に達していた。安価な競合品の出現から1972年には26.4%まで落ち込んだが、安価なムーブメントがクオーツにより駆逐されたため、その後、1983年には48.2%まで急激に伸びた。   よく知られるように、スイス時計業界は、クオーツを導入した日本をはじめとするアジア勢の登場により大打撃を受け、3分の2は廃業を迫られた。だが、品質の高さを基調とした一本足打法はクオーツ登場以前に足元がふらついていたのだ。   ロンジンはこうした経緯にあって独自の路線を歩んでいた。1950年代にラグジュアリーレイヤーを狙った完成品サブブランドをつくり、各国輸入業者の現地の意向よりも統一ブランドを優先した。当時としては最先端のマーケティング戦略である。結果、「正確さ」「耐久性」に加え「スタイル」が評価軸に入った。   この成功により、次に生じたのがブランドのライセンス契約だ。先述の3つの要素の最後、「スタイル」が優先されたビジネスである。ただ、このスタイルがさらに大きな波に乗るのはおよそ20年後だ。         世界のラグジュアリー化に乗ったスイス時計   1980年代後半から1990年代初頭に行われた生産の合理化が奏功し、スイス時計はかつてないほど高級市場で脚光を浴びるようになった。クオーツによって「正確さ」が保証され、「正確さ」は当たり前の品質になった。   先述したが、そのころから1990年代半ばにかけて輸出本数が伸びたが、それ以降は下降し始める。しかしながら、同期間において金額ベースではリーマン・ショックの2008年を除いてずっと右肩上がりなのだ。1980年代後半は年間5000億円ほどだったのが、2010年代初めには2兆円を超えている。   この流れをつくるのに大きく貢献したのが、実は1983年に腕時計の販売を開始したスウォッチである。クオーツにより安価な時計が市場に出回ったのを逆手に、クオーツを使ったデザイン性の高い良いプラスチック時計をブランド統一イメージで開発し、大ヒットした。同社は時計以外の数々のグローバルブランド企業からマネジャーを招へいし、新しい売り方を開発していった。時計がそれまで「一生もの」であったのを、ネクタイのように「日々のファッションに合わせるもの」へと意味を変えていったのである。   そして、この稼ぎ頭を糧に、スウォッチは歴史あるブランド(オメガやロンジンなど)から成り立つグループとして、ポートフォリオを立て直しながら他社の買収を手掛けていった。   この連載で何度か書いてきたように、ラグジュアリー市場がビジネス規模の面から存在感を示すようになったのは1990年代の半ばである。ラグジュアリーと称されるブランドの国際的経営手法が、試行錯誤ながらこの時期に洗練されてきたと考えられ、スイスの時計業界もこのトレンドにしっかりとはまっていたことがよく理解できる。   こうした歴史をたどって気付いたことがある。最近、スイスの某スタートアップが新製品を市場に投入した。売り方はイノベーティブなのだが、時計のデザインにはあまり新鮮さがない。   同社のCEOに理由を聞くと、「新しいビジネスモデルに、新しいデザインは必ずしも必要ではない」との回答が返ってきた。ビジネスモデルやマーケティングの変革を長く学習してきたスイス人らしい言葉だ。今後、時計のセカンドハンド市場のことと併せて、もっと深くインタビューしてみたい。      
PROFILE
著者画像
安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。