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コラム
有識者連載
各分野の有識者や、さまざまな領域の専門家による連載です。
コラム 2020.11.18

Vol.14 新しいラグジュアリーの芽生え

これまで、本連載ではイタリアとインドの大学におけるラグジュアリーマネジメントコースの動向について、 プログラム責任者へのインタビューを紹介してきた。今回はコースを受講する学生へのインタビューを紹介したい。

    新しいラグジュアリーに挑戦する若手を応援   ラグジュアリーについてアカデミックな研究を行っている大学の教育について、連載第12回目(2020年10月号)では、イタリアのミラノにある名門経済大学、ボッコーニ大学のエグゼクティブ・ラグジュアリー・コース責任者、ガブリエッラ・ロイヤコノ氏に、連載第13回目(2020年11月号)では、SPジャイン・スクール・オブ・グローバル・マネジメントのラグジュアリーコースディレクターであるスミタ・ジェイン氏に話を聞いた。   今回はラグジュアリーを学ぶ学生にインタビューを行い、そこで聞いた経験や意見を紹介したい。話を聞いたのは、先述したボッコーニ大のロイヤコノ氏から紹介してもらったイタリア人学生のジュリア・ラッケンバック氏である。ラッケンバック氏の次の言葉が印象的であった。   「同級生には欧州出身の学生も多く、すでに戦略コンサルタント企業や大手ラグジュアリー企業の現場でラグジュアリービジネスに関わっています。そういった人たちが、あらためてラグジュアリーマネジメントを体系的に学ぼうとこの学校に通っているのです」   ラグジュアリー教育について、「欧州発のラグジュアリー企業の新興国でのマネジャー候補育成」という面のみで捉えていると大きな見間違いをする。その裏が取れた。   彼女のバックグランドも含めてインタビューの内容を紹介していこう。     イタリアのミラノにある名門経済大学、ボッコーニ大学にてラグジュアリーマネジメントを学ぶジュリア・ラッケンバック氏       テキスタイルのテイストと刺繍技術が家業の強み   ラッケンバック氏はイタリアの絹の産地、コモで生まれ育った。家業はラグジュアリー業界に属している。ボッコーニ大学の学部では経営学を学び、修士課程では国際経営コースへ進み、在学中に中国の大学へも留学。卒業後はファッションのエルメネジルド・ゼニアや戦略コンサルタントのアーンスト・アンド・ヤングで経験を積み、家業の会社に入って即、ボッコーニ大学のラグジュアリーマネジメントコースを並行して受講している。   ただ、彼女はテキスタイルの世界に入るに当たり、ラグジュアリーマネジメントへ急に興味を持ったのではない。   「家業の影響もあって、もともとテキスタイルやファッションに関心が高く、学部生の時もラグジュアリーやファッションの授業があれば受けていました。ですから修士を終えて最初にゼニアに入ったのも自然の流れです」(ラッケンバック氏)   現在、ラッケンバック氏が所属している会社(JL Atelier Couture)の本社はスイスにある。JLは彼女のイニシャルなのだそう。同社は、ラッケンバック氏の家族が継承してきたラグジュアリー分野のテキスタイルと刺繍の事業で培ってきた技術などを生かして2007年に設立。本社のあるスイスは販売拠点であり、工場はインドのバンガロールにある。総従業員はおよそ70名だ。   「当社の事業が軌道に乗っている要因は、イタリアのラグジュアリーのテイストと、これまでの産業文化遺産から生まれた高い質感、インドの刺繍が、うまく調和している製品が顧客にうけているからだと考えています。ミラノにはテキスタイルのアーカイブがあるので、そこから多くのヒントを得ています」とラッケンバック氏は話す。   テキスタイル全体のデザインを考える拠点はミラノにある。長くテキスタイルのデザインに関わってきた彼女の母親が、クリエーティブ部門をマネジメントしており、世界中の素材メーカーを調査して、刺繍にベストな供給元を見つけ出し、実際にインドで作業をした試作品をクライアントに提案するのだという。さまざまな種類のテキスタイルだけでなく、皮革などにも対応できる刺繍の技術が同社の強みである。中にはアーティストの作品に刺繍を入れるというプロジェクトもあり、同社のクリエーティブ部門が手腕を発揮しているという。   顧客となるメーカーは衣服だけでなく靴やアクセサリー、インテリアと幅広いが、特にフランスやイタリアのオートクチュールへの提供が一番のプレステージである。   ビジネスの核は既製服メーカーへの供給だ。クライアントから裁断された生地を受け取り、それらに刺繍を施し、アッセンブリー製品としてクライアントに送り返すのが主な事業となっている。       家業でラグジュアリーの表舞台を狙う   ラッケンバック氏がボッコーニ大学のラグジュアリーマネジメントで学んでいることは、今の仕事にどう貢献しているのだろうか。率直なところを聞いてみた。   「会社では営業的な役割をしています。顧客との関係維持や新規顧客の開拓です。私たちのコレクションをそうしたところにプレゼンテーションし、値付けをして注文を受ける、といったステップをこなしています。加えて、技術やクリエーティブの分野へも関与しつつあります。   私は以前から高級ファッションの世界で働くことを目標としており、特にBtoCのプロジェクトで商品を直接お客さまに売ることに興味があります。それでボッコーニ大学でラグジュアリービジネスを学んでいるのです」(ラッケンバック氏)   彼女によると、「ビジネスの成功の鍵は何か」「どのように国際市場に挑戦できるか」「社内をどう国際化できるか」といった視点について、大学での学びがすでに役立っていると実感している。特に、異文化理解の仕方はナレッジの共有に役立つと考えているという。   「世界各国で違うラグジュアリーの意味に目を向ける“360度の視点”は、サプライチェーンの在り方を考える際にも必要なことです」と彼女は説明する。   彼女の話に出てくる“360度の視点”という表現を聞いて「おや?」と思った。教授のロイヤコノ氏にインタビューしていた時もこのような表現を何度か聞いたからだ。あらゆるアングルから物事を見る訓練が、ボッコーニ大学のラグジュアリーマネジメントコースでは徹底されていると考えて良さそうだ。ラッケンバック氏はこれまでマネジメントの勉強と職業経験を積んできたが、この“360度の視点”がクリエーティブに対してさらに意欲的な姿勢を持つきっかけになったということだろう。   ここで、気になったことが1つある。現在、同社の事業はBtoBだ。彼女の目標であるBtoCで商品を顧客へ直販することは、どのようして達成するのだろうか。聞けばすでに準備中だった。自社で開発しているバッグを、欧州とアジアの市場に販売することを考えているそうだ。   「まだ完全な過去形になっていませんが、近年は、ロゴで差別化を図る時代でした。私はこれからの時代に合うようなプロジェクトを計画中です。それはアルティザン(職人)の手で作られる高品質なものをベースにパーソナライズした製品を開発・販売する、とてもニッチな市場を狙ったものです」との答えがラッケンバック氏から返ってきた。   生地はサステナブルなものを使う。そして、生地、色、刺繍の素材などの組み合わせを強みに、世界でオンリーワンの地位を確立する。言ってみればアート作品のような製品を作るのである。考えているブランド名は“JL ART”だ。    この他にもさまざまなアイデアを抱えている様子がうかがえたが、まずはバッグを最終消費財ビジネスの入り口とするわけである。これまでの連載で何度も書いてきたように、クラフトマンシップをベースとするのは、新しいラグジュアリーにとっていわば既定路線と言ってよい。   人が求める唯一の物を実現するには、人肌を感じさせるテイストであることに加え、機械ではなくクラフトマンシップによって作られたものであることが条件になっているからだ。製品が作られるプロセスが重視されるのである。       ラグジュアリーの認知は文化によって異なる   ラッケンバック氏に、「インド人のマネジャーやスタッフには、事業を通してラグジュアリーの何を学んでほしいか」と尋ねてみた。   「世界各国でラグジュアリーの持つ意味が異なることを、しっかりと理解してほしいです。欧州のテイスト、特にイタリアとフランスのテイストですが、これに基づいた特別な種類のデザインを学んでもらえれば、と。ディテールにこだわり、注意を払って作った“エクセレント”と表現するにふさわしい製品であることを伝えるために、仕事の品質をもっともっと高めていきたいです」   前回(2020年11月号)取り上げた、インドのSPジャイン・スクール・オブ・グローバル・マネジメントのラグジュアリーコースの第一ポイントは「異文化理解」であった。実は、ここが抜けていると、どんなにメーカーがエネルギーを費やしても全ては空振りになってしまう。そのため、ラッケンバック氏はインド工場の社員を対象に、自らが講師となってラグジュアリーマネジメントをテーマにした社内講座を主宰する予定である。     ラグジュアリー領域をあえて「文化ビジネス」と称する   異文化理解がラグジュアリーマネジメントにおいて鍵となっていることから、「ラグジュアリービジネスはある種の文化ビジネスである」と考えられそうだ。私はラグジュアリーの認知の範囲や伝わり方は文化の影響を受けると考えている。また、ビジネスの観点からすると、原産国の長年培ってきた知識や技術により、ある国がある分野に強いということは大いにあり得る。例えば、イタリアとフランスはファッション、スイスは時計といった具合だ。したがって、ラグジュアリー領域のビジネスは製品や事業を通して文化交流を導きやすいのではないかと話したところ、彼女は次のように答えた。   「まったくそうだと思います。私たちの産業は異なった国や文化の人たちの出会いをつくると言えます」(ラッケンバック氏)   彼女はイタリア人でスイスに会社を、インドに工場を持つ。使う素材はイタリア、インド、日本、ドイツなど世界各国の物だ。顧客も欧州内外に広がっている。これらの事実は文化交流のありようを表している。しかし、どのような商材でも、このようなビジネスの動きはあり得る。先端技術分野においても同様だ。   ラグジュアリー領域をあえて文化ビジネスと称することには、2つの理由がある。   1つ目は製品自体がデザインや生産する地域の文化を色濃く反映するからである。その地域の文化にひも付くテイストや生産技術が活用される場合が多く、商材を通じて文化を伝え知ることができる。そのため、原産地表示が重視される。欧州委員会がこのビジネスを「文化とクリエーティブ」の領域としてバックアップしてきたのは、欧州の文化遺産のビジネス表現であるからだ。   2つ目は、色濃く文化が出ているが、その見方は極めて相対主義に基づいていることを強調したいからだ。どこかの文化が優れ、どこかの文化が劣るというのではなく、地球上のどこの文化も同様にそこに生活する人がよって立つにふさわしい素晴らしい体系であるとの見方を推し進めたい。   確かに、これまでの高級ブランドは、他の文化圏の人たちが欧州文化への憧れを持つことをビジネス上のフックとしてきたところがある。かつて欧州が世界の覇権を取り、その文化が普遍性を持つべく戦略的に動いた結果であるが、それは過去の栄光である。そうしたところであぐらをかけるほどの余裕は、現在の欧州にない。   しかしながら(あるいは、だからこそ、とも言える)、その上で欧州の文化の良さを認め、同時に欧州以外の文化圏の良さも公平に評価するような土壌をつくる潜在力が、ラグジュアリー領域のビジネスにはある。どこの国でも高いマインドでマネジメントと技術を磨き切ったところにビジネスが成立することは、スポーツの世界でいうオリンピックのようなもので、このレベルの存在を「民主的ではない」との言葉で一蹴する理由は何もない。   ラグジュアリーに「ステータス誇示」といったいやらしさがつきまとうのは避けられない。ただ、そこを踏まえてもっとプラスの面を見たい。それがラッケンバック氏のような優秀で視野の広い若手事業家の足を向かわせているのだ。   種々のバイアスを取り外していき、新しいラグジュアリーを花咲かす活動を応援するロジックを作っていくのは、私の務めではないかと思い始めている。      
PROFILE
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安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。