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コラム
有識者連載
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コラム 2020.10.30

Vol.13 インドにおけるラグジュアリーマネジメント教育

前回(2020年10月号)で少し触れたように、ラグジュアリーマネジメントの体系と手法は、欧州文化に基づいた欧州発グローバルブランドだけに適用されるものではない。どこの国でも応用できるはずだ。今回は、インド・ムンバイにある大学でのラグジュアリー領域の教育プログラムを紹介しよう。

    インドで学ぶラグジュアリーマネジメント   本連載では、これまで欧州の大学におけるラグジュアリーマネジメント教育について書いてきた。今回は新興国の大学におけるラグジュアリーマネジメント教育について書きたい。欧州グローバルブランドの販売ターゲット市場となっている新興国側の視点や実態を把握しておくのは有益だ。   インド人が設立した私立大学「SPジャイン・スクール・オブ・グローバル・マネジメント」はオーストラリアのシドニーを本拠地とし、ドバイ、シンガポール、インドのムンバイにもキャンパスを置く経済・経営学を中心にしたビジネススクールである。学生は在学中に複数の国のキャンパスで学ぶことができる。大学の歴史は浅いものの、MBA(経営学修士)の国際的評価が高い。   今回は同大学ラグジュアリーマネジメントコースのディレクターであるスミタ・ジェイン氏にインタビューした。ジェイン氏自身はテキスタイルの貿易ビジネスに携わる父親の元で育ち、シンガポールでファッションを勉強。フランスのパリでMBAを取り、ポルトガルのリスボンでラグジュアリーマネジメントの博士号を取得した。   ジェイン氏によれば、インドの国内市場でラグジュアリーとして評価されるローカル発のブランドや商材は、すでにそれなりにあるそうだ。特にジュエリーや食の分野において顕著だという。ただし、国外にまでは広がっていない。   同大学におけるラグジュアリーマネジメントの学習プログラムは2タイプある。一つはオフラインで行う1年コース。もう一つはオンラインだけの短期コースだ。オンラインコースの期間は3週間で、2020年夏に初めて開講した。   オフラインは1年間の修士コースだ。正式名称は「グローバル・ラグジュアリー商品・サービスマネジメント」で、2016年に開講した。   8カ月間はムンバイで学び、残りの4カ月間をミラノで過ごす。ミラノ工科大学ビジネススクール(以降、MIP)と提携しており、イタリアの大学制度に基づいた資格を得られるようになっている。     ラグジュアリービジネスは世界への視野を広げる   ジェイン氏はラグジュアリーマネジメントのコースについて次のように説明する。   「インド市場は頻繁に繰り返される軋轢に屈してきた。しかし、ラグジュアリーがグローバル化することで、若き大望を抱く人たちにさまざまな機会をもたらした。ラグジュアリーの認知度向上が図られ、極めて大きな成長が市場に生まれた。この市場は、謎解きのような複雑な変化に対応できる、高いスキルを持つよう訓練されたリーダーを必要としている。そのため、私たちはラグジュアリーマネジメントを体系的に学べるコースを開講した。ラグジュアリーに対する私たちのキーワードは『欲求』だ。あらゆる可能性を通じて究極の高みに到達したいという欲求である」   欧州の高級ブランドは、欧州の歴史と文化を他地域よりも権威のあるものとして示すことで市場をつくってきたところがある。文化そのものには上下がないといった「相対主義」の考え方が世界にはありながら、消費者心理は相対主義に完全にはまるわけではない。そのギャップでビジネスが成立する。   1950年代後半、セレクトショップの先駆けである東京・銀座のサンモトヤマがグッチやエルメスをはじめとする輸入品を紹介した。「憧れ文化の象徴」としてだ。ルイ・ヴィトンが1970年代後半に初めて欧州外の日本に店舗を開いたのも同様の背景がある。1990年代以降の金融経済に沸いた米国市場での欧州ブランド人気や、今世紀に入ってからの十数年間における中国人の購買動機も同じである。   だからこそ、前回(2020年10月号)で言及したように、欧州の大学におけるラグジュアリーマネジメント教育は、現在機能しているものとは異なった姿に変貌せざるを得ないはずだ。もちろん現在も、この文化ギャップにラグジュアリービジネスのリアリティーがあり、人材の需要と供給が成り立っている。だが、新興国にとっては自国文化発のラグジュアリービジネスを構築するために、「準備課程として欧州発ラグジュアリー領域を学ぶ」動機もあるだろう。   このように私は理解してきた。しかし、道筋として大きく間違っているわけではないが、インド人であるジェイン氏にインタビューする中で自分には見えていない死角があったと気が付いた。   ジェイン氏の言葉にほとばしる熱さを感じたのだ。彼女の表現は、「新たな世界を切り開くため、ラグジュアリー産業が一種のツールのような役割を果たす」との期待であるとも読める。           ビジネススクール「SPジャイン・スクール・オブ・グローバル・マネジメント」ラグジュアリーコース ディレクターのスミタ・ジェイン氏     最初に学ぶべきは異文化マネジメント   「若い人たちがラグジュアリー領域に関わるのは、より広い世界に視野を広げる契機になると考えているからですか?」と、私はジェイン氏に尋ねた。彼女はこう答えた。   「そうです。ファッションや食品など、『業界』というビジネス分野のくくりから自由になり、インドという特定地域の文化の縛りからも解放され、さまざまに異なる文化を味わう絶好の契機なのです」   ラグジュアリー領域は業界を横断して価値や意味が前面に出てくるので、総合的な文化の見方を身に付けることが優先される。そうすると、同校と提携しているMIPのアレッサンドロ・ブルン氏(2020年2月号)が本コースを紹介している文(学校紹介のウェブサイトに掲載)の内容に納得がいく。   「第一に国際的なマネジメントに必要な異文化マネジメントの基礎を、第二にラグジュアリー領域への導入とラグジュアリーとは何かを学習する。第三に戦略、マーケティング、会計、組織、サプライチェーン、財務といったマネジメントの基礎を習得する。この三つの項目をムンバイで学んだ後、ミラノでラグジュアリー企業の成功の秘密に触れる。ラグジュアリーの業務プロセスを理解するために役立つツールや方法を学び、これまで勉強した理論の実践的な部分を実務者との議論で深める。そしてイタリア、スイス、フランスの企業を訪問する」   最初にMBA的な経営の基礎を学び、その上にラグジュアリー領域の理論や手法を積み上げていくのではない。もちろん学習プログラム上はそれぞれが並行するのだろうが、異文化理解の仕方が基礎レイヤーにくるようカリキュラムが組まれているのだ。   ここで私はインドのリアリティーを知りながら、日本の過去に思いをはせた。   先述のサンモトヤマは戦後の日本に欧米の高級品を紹介した、東京・銀座に本店をおくセレクトショップだった。2019年に倒産したが、最盛期には常に消費者への「異文化の啓蒙」を意識していただろう。   しかし、それはグッチやエルメスの商品が持つ、欧州の匂いへのマニアックなこだわりだったのではないか。しかも、バッグやアパレルという限られたアイテムに対し、輸入業者の個人的な審美性が発揮されたものだったのではないか。   1950~70年ごろ、個々にラグジュアリーと他称される商品やブランドはあっても、ラグジュアリービジネスと称されるものは存在していなかった。また、グローバリゼーションを語るにはそれから数十年を待つしかなかった。   もちろん、日本の輸入業者は欧州の文化を知る必要があった。ビジネス上の交渉や商品を成立させる背景を知り、伝えるために。しかしながら、それを「文化ビジネス」という概念で捉えることは決してなかったはずだ。   インドのラグジュアリーマネジメント教育を見る際の私の死角は、ここにあった。日本の高度経済成長期のラグジュアリーへの要望を、そのまま現在のインドに重ね合わせると見逃してしまう。インドは英国文化の影響が強く、かつ階級社会であるなど日本と異なることは多い。   だが、本テーマについて言えば、そのような歴史や社会構造の違いもさることながら、グローバリゼーションと広範囲に拡大したラグジュアリー領域が高度経済成長期の国に求められる素養を大きく変えたと言えそうだ。       オンラインで広く学習の機会を提供   オフラインコースの多くの学生は、学部から直接進学するため就業経験がない。彼・彼女らは大きく二つのタイプに分けられる。一つは家業の二代目としてラグジュアリーマネジメントを学ぶタイプであり、二つ目は家業から離れて独立して事業を起こすために学ぶタイプである。いずれにせよ特徴としては事業者の子弟が多い。   この学生たちが、国際的なビジネス経験の第一歩の場としてラグジュアリー産業を選ぶのである。そして、このコースはイタリアの大学制度での修了資格が得られる。   ジェイン氏の理想はやはり、学生たちがインドの大学制度の枠組みでの修了資格を得て、インド文化に基づいた独自のビジネスを生み、それをグローバルな舞台に持ち込める人材を育てることである。しかしながら、学生たちは「国際的な資格と経験」を優先している。ラグジュアリーを通じて異文化マネジメントを学ぶというのは、「独自のものを生むのに必要不可欠な滑走時間」との見方もできるが、この点にジェイン氏はジレンマを抱えている。   他方、オンラインコースはどうか。2020年7月に同校は各コース合計30~60時間の「プレミアム・オンライン学習」というプログラムを開始した。このプログラムは学部生からビジネスパーソンまでを対象としている。コース案内のビデオを見ると、教師がテレビのニュースキャスターのように教壇に立ち、教室の大きな壁一面にはオンラインでつながった学生たちの顔がそれぞれ映し出されている。   サービスの説明文によると「オンラインには“これからの教育”があるが、学生をその気にさせたり、知的興奮をかき立てたりするようにはできていない。多くの聴講者が途中で学ぶことを止めてしまう。しかし、本学のオンライン学習技術を用いれば、生徒は『聞く』のではなく、『する』ことで学べる」と記載がある。   受講者は15分ごとに実践的な課題を教師から出され、3~5名のグループで一緒になって解決方法を検討する。これによって理論と実践を学ぶわけだ。コースは13種類あるが、その一つにジェイン氏が監修している「ラグジュアリーブランドの構築と管理」がある。   このオンラインプログラムでは、すでにラグジュアリー領域で仕事をしている人たちが短い期間で実践的な理論を学べる。時差のさほどない地域ならどこからでも参加可能だ。ムンバイで午後5時半から2時間の授業で、1週当たり5日間の授業を3週間行う。1年間のオフラインプログラムへのオープンキャンパス的機能も果たせる。   そして何よりも、オンラインプログラムを法人向けのオーダーメードプログラムに展開することで、インド企業がインド文化に基づいてグローバルな潜在力のあるラグジュアリービジネスを築くよう、背中を押してくれるに違いない。   オーダーメードプログラムは、世界各地のさまざまな国や地域の企業から依頼可能だ。もちろん、ラグジュアリーマネジメントを教える大学がない日本企業にも同様のことが言える。    
PROFILE
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安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。