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有識者連載
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コラム 2020.05.29

Vol.8 ラグジュアリー戦略は仕組みで勝負

欧州のラグジュアリーが強い理由の一つは、「ラグジュアリー分野が成立する仕組み」である。単独の企業や団体が個別の製品・サービスだけで勝負していない点に、日本の行政や企業が何を構想していけばよいかのヒントがある。

    国を越えた連携が業界に潤いをもたらす   2010年に設立された、欧州文化・創造産業連盟(European Cultural and Creative Industries Alliance:以降、ECCIA)という団体がある。フランス、イタリア、英国、ドイツ、スペインの5カ国で「高級ブランド」と称される企業・団体が連携し、欧州委員会(EC)へのロビー活動などを行っている。   設立を主導したのは、この種の団体では最も長い歴史を持つフランスのコルベール委員会、イタリアのアルタガンマ財団、英国のワルポールだ。   ECCIAは600以上の企業や組織で構成されており、その中心は中小企業だ。現在の活動優先事項は「ハイエンドのeコマースの開発」「知的財産権による創造性の保護と促進」「欧州におけるノウハウやスキルのプロモーション」「旅を通じた欧州の魅力のプロモーション」「市場への公平なアクセスに向けた権利擁護」である。   このECCIAと米国のベイン・アンド・カンパニーが共同発表したリポート、「ハイエンド文化・クリエイティブセクターの欧州経済への貢献」(2020年1月発表)によれば、欧州のハイエンドとラグジュアリービジネスの分野は、2018年ベースで欧州GDP(国内総生産)の4%、欧州輸出額の10%を占めたという。雇用者数は210万人で、2014年からの4年間で新しく雇用した人数は約30万人に上る。   第一に強調しなければならないのは、GDPに占める割合から見て、EUにとってラグジュアリービジネスが極めて重要であるだけでなく、世界シェアが7割を超えているという点だ。マス市場のビジネスとは一線を画す、圧倒的なリーダーシップである。         ラグジュアリービジネスは欧州の文化大使   こうした調査データの数字には出ない、長期間にわたる経済や社会文化への間接的な影響も無視できない。「間接的な影響」として、ツーリズムも含めた都市や地域のエコシステムに注目したい。   ツーリズムの例を挙げよう。フランスのパリ、英国のロンドン、イタリアのミラノ、スイスのジュネーブ、ドイツのベルリン、スペインのマドリードなどの都市は、ラグジュアリーの情報発信のハブになっている。また、フランスのグラース(香水の一大産地)やイタリアのトスカーナ(テキスタイル産業が盛ん)といった地域では、産業クラスターが構成されている。こうした都市や地域に、富裕層を中心とした人々が世界各国から「聖地巡礼」にやってくる。   また、新型コロナウイルスの感染拡大の影響から状況は今後変わるかもしれないが、ラグジュアリー市場の売り上げの33%は欧州市場で発生しているが、国籍別に見ると欧州人の割合は18%である。一方で、世界における中国市場の割合は9%だが、世界における国籍別シェアでは33%が中国人である。これはつまり、中国人が欧州を含む海外の店舗で多くの商品を購入していることを示している。   エコシステムの例として、もう一つ挙げたい。ロンドンのセントラル・セント・マーチンズ美術大学やパリのHEC経営大学院といった教育機関が、高いクリエーティブ能力や経営能力を持った人材が輩出し、欧州全体の企業に供給する仕組みが整っている。   すなわち、ロンドンの王立美術大学を卒業した優秀な英国人デザイナーがフランスの高級ブランドのクリエーティブ・ディレクターを務め、フランスで経営学を修めたスペイン人が、フランスの高級ブランドでマーケティングを担当し、転職して英国の高級ブランドの戦略を担うといった具合だ。   これらの人たちが、高いノウハウを持ったアルティザン(職人)と先端的なデジタル技術を同時に掛け合わせながら、長い時間を生きてきた欧州の文化遺産をブランドとしてまとめ上げているのである。   このように、サプライヤー、職人、流通業者、クリエーター、マネジャー、顧客のネットワークが、欧州の中に国境を越えて確立されている。このような産業領域はラグジュアリーをおいて他にない。   そしてこのビジネスが、欧州の社会文化価値を世界中に伝えるソフトパワーの「大使」としての役割も担っている。すなわち、ラグジュアリービジネスにおいては、経済的な価値とともに欧州のナレッジを基礎にした社会文化的な文脈における波及効果という、二つの点を視野に入れないといけない。欧州外の人たちが欧州の文化やライフスタイルに触れる、重要なタッチポイントであることをラグジュアリービジネスに携わる人たちは意識しているのである。         欧州文化や社会と向き合い続ける   本連載でこれまで繰り返し述べてきたように、顧客体験や社会変化、あるいは環境保護への社会的責任といった面に対し、ラグジュアリー分野は影響力を発揮しやすいと考えられる。   しかも、「サステナビリティー」や「企業の社会的責任」がこの業界の核としてあるのは、消費者の期待に応えようとしているからだけではない。長い間、他分野の模範となるべきであることを、欧州文化・業界の社会意識のDNAとして育んできているからである。   その結果、二酸化炭素の排出量の削減、水や土地あるいは材料の有効利用、森林の保全といったことに対し、積極的に研究開発が行われている。同時に、サステナブルな小売りシステムや循環デザインにも目が向けられ、企業平均で年商の0.8%から1.5%が、このサステナブルなイノベーションのために投資されている。この割合は企業のサステナビリティー活動を測る米国のDJSI(ダウ・ジョーンズ・サステナビリティー・インデックス)の目安に使われている。   それだけではない。教育や文化とともに、体の不自由な人の受け入れや国籍や人種が多様であること、性における平等などが、社会変革を生む鍵として課題に掲げられている。   「優等生のように、そんなに何から何までできるのか?」との問いは当然ある。だが、ここに挙げたような点を無視すること、なかったように振る舞うことが許されないところで戦略を立て、実行することが求められ、また求められることを自らに任じているのである。   さらにいえば、この振る舞いは必ずしも保守的な文化を守ることとイコールではない。   例えば、ラグジュアリーには「エクスクルーシビティー(排他性)」という言葉が付いて回ってきた。ある特定のエリート層にしか所有できないモノであり、多くの人を寄せ付けない独自の高みにあるというスタンスである。   しかしながら、このスタンスは徐々に変わりつつある。なぜならラグジュアリーも他の領域の商品と同じく、物理的なモノやある特定の社会階層への帰属意識を満足させるよりも、感情(精神性)を提供することが増えてきたからだ。感情に排他性は似つかわしくない。感情は枠を越えていくものだ。   また排他性ではなく「インクルーシビティー(内包性)」が社会キーワードになり、それぞれの分野や階層をまたぐ意識が優先されるようになっているのも理由である。新しい時代の空気を吸っているのがよく分かる。   実際に実現できているかどうかではない。新しいモデルを生み出し、実現を目指していることに意味があるのだ。   連載4回目(2020年2月号)で紹介したフランスのラグジュアリー研究者、ジャン=ノエル・カプフェレ氏が実施した「ラグジュアリーの国際認知比較調査」によると、「ラグジュアリーとはイノベーティブである」と回答した人たちは、日本よりもフランスやドイツで多かった。「イノベーション」という言葉には、技術だけでなく社会的な意識も含まれている。それがここからも想像できる。       「エクセレントセンター」としての産業クラスター   ラグジュアリーの情報発信や教育のハブとしての都市と、生産を担う地域の産業クラスターが、いわば「エクセレントセンター」(最高のモノやコトに関わる拠点)として機能していることは前述した通りである。   産業クラスターには、最終製品を作る生産工場の他、素材や半完成品の供給源も含まれる。これらがある一定の地理的範囲に集まっているのだ。特定の材質や専門的な技術を核にしており、一般的なパターンとしては、ある程度の長い期間、業界のリーダー的存在である企業を中心に関係企業のネットワークが形成されている。ここで質の高い製品と人材が循環している。   このクラスターの中に入っている生産工場は、ナレッジやスキルを共有できるため、サステナブルな競争優位を獲得しやすい。このメリットは他では得られないものだ。   具体的に、その産業クラスターの一部を列挙していこう。「あそこか!」と思い当たる地名も少なくないはずだ。   自動車ではドイツのシュツットガルトやババリア、イタリアのモデナ、英国のオックスフォードシャー。家具はイタリアのブリアンツァ、ドイツのビーレフェルド。ガラスやクリスタルは、チェコスロバキアのボヘミア、イタリアのムラーノ島。宝石はドイツのプフォルツハイム。皮革は英国のノーザンプトンシャー、イタリアのフィレンツェ。刃物はドイツのゾーリンゲン。陶器はフランスのリモージュ、ハンガリーのヘレンド。ヨットはドイツのブレーメン、イタリアのトスカーナが挙げられる。   これら産業クラスターの中にあるナレッジやスキルを地理的に離れた場所に移転するのは、欧州の中であってさえかなり難しい。その理由は次のようになる。   ①歴史やコミュニティーの文化に基づいたユニークで深いナレッジやスキルが競争優位の源泉であるため、他の地域でゼロからつくるのは難しいから(ヴェネツィアのガラスの歴史は13世紀にさかのぼる)   ②素材の調達を、素材生産地との歴史ある付き合いや購買ノウハウに依存しているから(イタリアのビエッラは、他では得にくいテキスタイルを欧州外から仕入れることができる)   ③ラグジュアリー領域と地理的あるいは関係として近いことにより、ブランド企業・産業クラスター・素材などのサプライヤーの間で、ナレッジやクリエーティビティー(創造性)を共有しやすく、信頼に基づく関係が構築できているから(ドイツのシュツットガルトでは、自動車を作るためのハードとソフトのノウハウを共有しやすい)   ④上記③に基づいた、大量生産では対応できない、カスタマイズ可能な中規模生産を基盤に置いた柔軟性を得意とするから   ⑤上記①に基づく前向きなイノベーション精神がクラスターを支えてきており、長期的な投資をする動機と熱意があるから(世界のメーキャップ市場の3分の2を供給するイタリアのロンバルディア州は年間売り上げの15%を開発に振り向けている。英国のオックスフォードシャーの自動車産業では年商の25%が研究開発向けで、オックスフォード大学の研究機関や研修プログラムと協力関係にある)   産業クラスターは、関係する企業体がたまたま同じ地域にあって成立しているのではなく、自らの特徴や強みをさらに発展させるために組合や協会という存在があってこそ機能する。例えば、フランスのシャンパーニュ地方におけるコミテ・シャンパーニュ(シャンパーニュ委員会)が、それに当たる。開発から販売促進まで含め、互いが助け合える環境を整えている。           高付加価値が評価を受ける仕組み   本稿で欧州のラグジュアリー領域の強みとして述べてきたさまざまな点が、時代とともに弱体化しているのは事実である。   並行輸出(正規代理店とは別のルートで真正品を輸出すること)や偽造品が出回ることによって、イメージと利益がダウンしていることは、長い間ブランド企業を悩ませている。また、デジタル業界には関心の目を向ける若者が、工房で手を使う職人にはなりたくないという傾向もラグジュアリーの根幹を揺るがしている。それでも、こうした課題を乗り越えながら、ラグジュアリー分野は前進し続けている。なぜなら、どのような世の中にあっても、ラグジュアリーは人にとって必要不可欠な領域であるからだ。   ラグジュアリーとは、テキスタイルや陶磁器、家具、自動車といった個別の製品群のことではなく、利益率の高い製品・サービスが世界的な評価を受ける仕組みなのだ。その仕組みが欧州で確立されている点は、注目に値する。      
PROFILE
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安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。