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コラム
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コラム 2020.02.28

Vol.5 ラグジュアリービジネスに対し無防備な日本

前回(2020年2月号)書いたように、ラグジュアリーに関する修士課程のコースが欧州でスタートしたのはおよそ20年前のことである。ラグジュアリーを学ぶとは具体的に何を学ぶのか。どのような科目があり、どのような研修があるのだろうか。いくつかの国の事例から日本の現状について考えたい。

    ラグジュアリービジネスを担う人材の育成   ラグジュアリーの研究が始まったのは1998年にスペイン人であるホセ・ルイス・ヌエノの『マスマーケティングのラグジュアリー』という論文が発表されたころだ。この分野について修士課程のコースを設けたのは、およそ20年前――。フランスやイタリアの大学であった。   当然のことながら、ラグジュアリーに関するコースは基礎領域ではなく応用領域の性格があり、コースは学術的に深める目的よりも、実際のビジネス人材の育成が目的とされている。   インターネットで検索する限り、日本では早稲田大学に寄付講座があるようだ(2020年1月現在。2020年度以降の実施は未確認)。だが、その他の大学でラグジュアリーを学ぶコースは見当たらない(ここでは単発の講義、研修などは除く)。この事実からすると、日本でラグジュアリーがアカデミックな研究対象としてあまり認知されていないのは明らかだ。   一方、日本の外に目を向けると、いくつかの現象に気が付く。欧州の大学にラグジュアリーコースが多いのは言うまでもなく、特にフランスは突出しているが、ファッション産業を学ぶこととラグジュアリーを学ぶことの両方をカバーしている大学が少なくない。つまり、ラグジュアリーをファッション産業の枠内で見ている。これは経営系よりも、人文・デザイン系の大学にある傾向とみえる。   もう一つは、こうした欧州の大学がビジネスを拡大して、中近東・インド・シンガポール・中国などの大学と提携していることだ。いわゆる新興国市場におけるラグジュアリー人材の育成が要望されているわけである。それぞれの国のキャンパスで教育を行い、研修旅行で欧州を訪れる。   こうした全体の動向からすると、日本はラグジュアリービジネスの人材が十分なのか、あるいはラグジュアリービジネス自体を視野に入れていないので、育成に目が向いていないのか、との疑問が出てくる。   もちろん、ビジネス界がラグジュアリービジネスに関心がないわけはないだろう。ただ、自分たちが体系的に学ぶべき対象と思っていないのではないだろうか。その疑問を起点に、人材育成の中身を見ていきたい。       ボッコーニ大学のコース内容   コースを履修するのは、すでにそれなりの実務経験を積んでいる人たちが対象となっている傾向が見られる。例として、ミラノにある経営学の名門・ボッコーニ大学のエグゼクティブ・ラグジュアリー・マスターコース履修者の平均年齢と平均職業経験年数を見ると、その特徴がよく分かる。フルタイムのMBAの学生の平均年齢が29歳で、平均職業経験年数は5.5年。一方、パートタイムのラグジュアリーのコースは37歳で13年の職業経験を積んでいる学生である。   また、同大学にはフルタイムの「ファッション・経験・デザインのマネジメント」を学ぶコースもある。職業経験平均年数が2.7年であることから、業務上必要に迫られての学びではなく、ファッションやその近隣の領域で仕事を見つけるために就学すると考えられる。ラグジュアリーマネジメントコースとの差異が、ここでも見える。   なお、フランスのESSEC経済商科大学院大学と提携しており、同校に関係のあるパリ、ドバイ、シンガポール、ムンバイの各都市のキャンパスも使う。いくつかのモジュール(授業科目群)があるが、一つのケースでは前頁【図表1】のような内容になっている。   なお、講義(2019~2020年のプログラム)は、教室で実際に対面して行うものと、オンラインのものとの組み合わせである。   各モジュールが短期間なことから、なかなかタフなスケジュールであると想像できる。毎月都市を変えて1週間、集中的に学んでいく。マーケティングの基本的な項目を網羅しており、項目自体に目新しさはない。しかし、それらがラグジュアリービジネスにおいてどうなのか?これにフォーカスを当てることに意味があるだろう。   各モジュールで小売りの現場などが重視される傾向にあるのは、あえて足を踏み入れないと実感しにくい部分がラグジュアリー市場には多いからだろう。物を買い求めるにも、経験で左右されるのがこの世界だ。     【図表1】ボッコーニ大学のモジュール例         【図表2】グラスゴー・カレドニアン大学の案内文     英国の大学の履修内容からひもとく   ラグジュアリー市場でやや見逃されやすい地域がある。それは英国だ。自動車のアストンマーチン、リッツホテル、特別な会員だけのエクスクルーシブ(独占的)なゴルフやヨットのクラブなど、英国にも独特のラグジュアリー文化が存在している。しかも、金融都市のロンドンには世界の一級の消費者が集まっている。   そんな英国においてラグジュアリーを学べるコースがあるか、インターネットで検索すると、少なくとも五つの大学のコースがヒットする。その一つであるグラスゴー・カレドニアン大学のラグジュアリー・ブランド・マネジメントの案内を見てみると、【図表2】のような説明を見つけた。   ラグジュアリーのコンテクストをいかに多角的に理解するか、ということが肝であるようだ。均一な工業製品で機能性が優先されるジャンルである場合もコンテクストは重要であるが、ラグジュアリー分野は製品の意味がさらに問われることに価値があるため、コンテクストの理解が鍵となる。意味はコンテクストに依存するからだ。   それがために文化を知ることが同様に大切になってくるわけである。いわばラグジュアリービジネスを学ぶことは、普通のビジネス以上に「総合力」が要求されていると言っても過言ではない。         日本はラグジュアリービジネスを軽く見ている   ボッコーニ大学とグラスゴー・カレドニアン大学は、ラグジュアリービジネスの発信元を本拠地として学ぶ。たとえ、そこに欧州以外の地域からの留学生が多く欧州の人間が少ないとしても、あくまでもいわば「ラグジュアリービジネスの聖地」で学ぶスタイルである。   しかしながら、それだけでは人材需要をカバーしきれないのだろう。次に紹介する大学は、市場に勢いのある新興国に拠点を置いている。   アラブ首長国連邦にある、オーストラリアのウーロンゴン大学ドバイ校。同校はミラノ工科大学のビジネススクールと提携したコースを2020年からスタートする。ドバイを学びの拠点としながら、ミラノ、パリ、ジュネーブを研修先とし、湾岸諸国を中心とした国際的舞台で活躍できる人材を育成するのが目的だ。   内容はラグジュアリービジネスの戦略的分析、国際的な交渉や契約、エクスペリエンスデザインとマーケティング、サプライチェーン、イノベーションマネジメント、リテールサービスデザイン、ブランドマネジメント、販路開拓といった科目だ。例えば、サプライチェーンについてはスイスの高級時計メーカーの探索から学ぶ、という具合である。期間は18カ月。費用は日本円に換算しておよそ400万円で、研修先への交通費や宿泊費なども全て含む。   新興国における最終消費財のラグジュアリービジネスは、小売りの視点に重きが置かれ、欧州の供給元の見極めやそことの交渉が中心になるはずだ。コンセプトから含めた商品開発力が要求されるのは、今のところリゾートなどの体験型ビジネスがメインになるだろう。   そこで売る物理的な形のあるローカル商品をどうラグジュアリーカテゴリーに入れるかというテーマがあるとは想像するものの、欧州発のすでにあるラグジュアリー商品の方に現地の多くのビジネスパーソン(ことに高額の授業料を払って学ぶ人たち)は関心が向いているはずだ。   つまり、これらの事例から指摘できることは、ラグジュアリービジネスを体系立って教えることで、欧州のラグジュアリービジネスの当事者たちのステータスがより向上する可能性である。ノウハウを教示して地位が奪われるのではなく、短期的に予想される事態は逆である。なぜならば、ラグジュアリービジネスが何たるかを学んだ人たちは、自分のよく知った文化圏にてその実践で自己投資の回収を図るからだ。   冒頭で書いたように、私が調べた限り、これまでに紹介したような事例が日本の大学には乏しい。また、欧州の大学でラグジュアリービジネスを勉強している日本からの留学生もあまり多くないと見える(大学の案内を読み、関係者にヒアリングした限りにおいて)。   レクサスやグランドセイコー、あるいは化粧品のビジネスがラグジュアリービジネスを主舞台としたがっているのは、はた目にも分かる。そして、このようなレベルでビジネスの成功を望む企業は少なくない。しかし、なぜ、大学で体系的に学ぶ必要のある分野だと考えられないのか。   この問題は、本連載の中で別の機会に論じる必要があるだろう。      
PROFILE
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安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。