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コラム
有識者連載
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コラム 2019.10.31

Vol.1 ラグジュアリーを狙う意義

いま、世界中のさまざまな業界がラグジュアリーに注目している。低価格の大量生産に極端に偏ったことによる企業と消費者の疲弊と飽きや、価格だけでなく、日常生活の機能的欲求に満たされた人たちの欲望の先が「心が満たされる質」に向き始めたのである。本連載では「ラグジュアリー」をキーワードに、日本の中堅・中小企業が海外市場で通用するラグジュアリーブランドを新しく構築するにはどうすればよいかを考えていきたい。

なぜいまラグジュアリーなのか ラグジュアリー商品は品質が高く、長期間にわたって使われ、サステナビリティーである。特に、ファストファッションに代表される低価格帯の大量生産品が、「生活の質に貢献しているのか」「地球の環境に多くの無駄を生んでいるのではないか」と問われる中にあって、ラグジュアリーブランドは一つの方向を示す。量ではなく質を重視した商品としてのラグジュアリーブランドの評価は高い。 しかし、日本の多くの企業はこれまであまりラグジュアリーの領域をフォローしてこなかった。多額の投資をするマスマーケティングと異なったアプローチができるという意味で、特に中小企業において有効な戦略であるにもかかわらず、あまり顧みられることがない。 真珠のミキモトのように、海外市場でもラグジュアリーブランドを確立させた日本企業はある。しかし、そうした例は他にほとんどない。 従って、本連載ではラグジュアリーについて、基礎も含めてさまざまな観点から語っていく。そして、日本の中堅・中小企業が海外市場で通用するラグジュアリーブランドを新しく構築するにはどうすればよいか、考察を深めていきたい。 最初にラグジュアリーと呼ばれる市場の規模を押さえておこう。 ラグジュアリー市場のリポートを毎年発行している米国のベイン・アンド・カンパニー。彼らの2018年版の調査※によると、観光などの体験領域も含めたグローバルなラグジュアリー市場は144兆円(1ユーロ=120円で換算)、そのうち個人消費財は約31兆円(同)と見ている。これはトヨタ自動車の連結決算(2019年3月期)の年商レベルである。  個人消費財市場を地域別に見ると、欧州10兆円、米国9兆6000億円、アジア(日本と中国を除く)で4兆7000億円、中国大陸2兆8000億円、日本2兆6000億円、その他1兆4000億円である。しかしながら、合計約31兆円のうち33% は中国人(国外での購入も含める)によるものと推定され、つまり10兆円は中国人によるシェアだと言える。高級ファッションブランドが従来と方針を変え、市場のテイストを尊重している傾向が出ているのは、このような状況がベースにある。 この規模感と動向を頭に入れることからスタートしたい。   ラグジュアリーへの先入観から脱する ラグジュアリーについて話すと、眉をひそめる人がいる。なぜか。理由の一つは、ラグジュアリーには誠実さが欠如しているイメージが付いて回っていることが挙げられるだろう。「実質以上のバカ高い価格を付けて売ろうとする、とんでもない奴らだ」と思われている節がある。  安い価格で大量の商品を市場に普及させるビジネスは「民主的」であるから、大衆の味方であり誠実に見える。絶賛を浴びるイノベーション事例の多くは、価格を下げたケースである。価格を上げたイノベーション事例はiPhone やダイソンのような例を除き、およそイノベーションではなく、「ブランディングの成功例」として引用される。 一方、ごく一部の富裕層を相手にする高額なラグジュアリー商品は、今であれば特に社会格差の象徴と見られる。 また、ラグジュアリーの路線を踏襲したブランドは新興国の「成金」が市場をつくっており、先進国の感度の高い消費者を自認する人たちの中には、ラグジュアリーブランドに近寄りたいとあまり思わなくなった人もいる。 さらに、ラグジュアリーが何を指すのか、「あまりに範囲が広い」「定義がさまざま」との現実を前にして戸惑うからでもある。プライベートジェットや島の高級リゾートから、フランスやイタリアの高級ファッションメーカーのアクセサリーに至るまで、対象を絞りにくい。旅行やリゾートなどの体験領域ではおよそ110兆円のお金が動いているわけだが、それを実際に目にしないとイメージしにくいので、実感しづらいのも当然だ。 しかしながら、ラグジュアリー商品の戦略とは総力戦であり、長期的なビジネスの理想的な形を表している。良い質のモノやコトを長きにわたって愛し続けてもらい、それによって安定的な利益を確保する。地域の資産に焦点を置き、手仕事をする職人を大事に育てる。これは、ラグジュアリー商品の真骨頂でもある。 低価格品は一見して民主的かもしれないが、ビジネスを大量に早く回転させる必要があるので、地球環境や新興国の労働環境などを考慮したとき、必ずしも「全面的に良い世界をつくっている」とは言い難い。 量ではなく質が重視され、企業の倫理が強く問われる今、このような観点からもラグジュアリーを検討の俎上に上げるのは、現代の要請に合っている。   市場の現在を知る  先に書いたように、ベイン・アンド・カンパニーはラグジュアリー市場をフォローしている。あるいは、そうした市場をコンサルタント企業としてつくってきた側面がある。同社が今、市場の何をつかみ、今後についてどのような予測を立てているのかを知っておくのは、指針として大切だ。前述した2018年のリポートからポイントを拾ってみよう。 1. オンラインの成長 オンラインでの売り上げは前年比22%の成長率である。金額は3兆2000億円程度だ。売れる筆頭はアクセサリーで、次が服である。実店舗は今後、統合されていき、販売拠点としてよりもタッチポイント(リアルに商品と接触しブランドを経験する場所)としての重要性が増していく可能性がある。 2. 顧客の若年化 Y世代(米国で1980年代初めから90年代半ばに生まれた世代)とZ世代(米国で1990年代後半から2000年に生まれた世代)の市場貢献度が年々高まっている。従って、ラグジュアリーはこれらの世代に対応するため、特にメディアなどコミュニケーションのチャネルで変化を見せている。 2018年にはまだ2%しかないが、Y世代に続くZ世代の市場は2025年には10%になるとみられる。この世代の傾向は「個人主義」で、実店舗で買い物をしたがり、そこにデジタル的に強化された体験を期待しているという。ラグジュアリーの戦略も、今後はこの動向に合わせていかないといけない。 3. 多様な文化・サイズへの対応 例えば、ムスリム文化に沿うこと(女性は肌をあまり見せない服を着るなど)や、幅広いサイズ(より極端に大きい、より極端に小さい)への対応が課題になっている。 4. 中古品市場の拡大 特に欧州での進度が早く、中古品市場の半分を占めている。これにはオンラインプラットフォームの成長が寄与しているとみられる。カテゴリーを見ると、時計と宝石の購入が目立った。 5. 服の苦戦 ラグジュアリー市場の筆頭カテゴリーは靴と宝石で、7%の成長を見せた。バッグと化粧品がそれらに続き、服は苦戦している。ここから、「ラグジュアリー=服」とばかり想像していると、市場の動向を見失ってしまうことが分かる。 ラグジュアリー本来の定番の意味に戻れば、シーズンごとに違ったスタイルを出してくる服は、ラグジュアリーの範疇に入れるべきではないとの考え方もあるぐらいだ。 2025年の6つのトレンド予測  ベイン・アンド・カンパニーが発表した2025年の市場予測に移ろう。先述した現状分析の延長にあるため、ポイントがダブるところもある。 1. 中国人のシェアが45% 中国人の購買比率が45%に達すると予想されている。半分は中国内で、残り半分は海外での購買である。中国経済が鈍化している中、この数字の確度は問われるものの、いずれにせよラグジュアリーの命運が中国人の手に握られていることは否定しようがない。 2.オンラインショッピングの浸透 2025年には市場売り上げの25%がオンラインになると予想されている。実店舗との配分はより大きなテーマになる。 3. 実店舗のタッチポイント化 実店舗の機能の変化と消費者行動の統合的フォローが問題になる。実店舗がタッチポイント化するのは避けられず、この変化した消費者行動を、データとしてどれだけフォローできるかが問われる。他社との提携という視点も必要だろう。 4. 顧客の若年化 2025年にはZ世代とY世代(ミレニアム世代)が市場の55%を占めるようになるとみられる。若年層の増加は市場に活気を呼ぶが、ラグジュアリーの持つ意味(例えば、大人の成熟した文化)にどのような影響を与えるかはまだ分からない。 5. 宗教や文化がトレンドを左右 宗教や民族の文化、未成年者のサブカルチャーが消費トレンドを左右するようになる。欧州の一部の国の若年層にあって、イスラム教徒の人口がキリスト教徒のそれに迫る勢いであることや、アジア市場の文化特徴などが、これまでにラグジュアリーをラグジュアリーたらしめていた要素へ変化をもたらすことは確実になりつつある。 6. 二つの成長モデル ビジネス領域の線引きと融合のため、例えば、あるカテゴリーの専門家としてビジネスを育てるか、ライフスタイルを扱うとして商品カテゴリーを跨ぐかなど、選択が迫られるだろう。中堅・中小企業は前者を選ぶべきかどうか、一律には言い難いかもしれない。   マスマーケティングを「逆張り」することの有効性 迅速に動くのがトレンドである。そのトレンドに対応することで利益の源泉をつくる。しかし、ラグジュアリーはもともと長期的に通用する定番としてビジネスをするのが特色だ。トレンドへの対応が「規模が大きくなり過ぎた」ラグジュアリーを維持するためのものであるとするならば、本連載でラグジュアリーを再定義する際に検討する項目として挙げるべきかもしれない。  今回紹介したトレンドを読めば気が付くが、どれもどこの業界であれ直面している課題である。ここから言えるのは、このトレンドに乗らないのがラグジュアリーの道であるとも指摘できる。というのも、ラグジュアリーには「マスマーケティングの逆張りで生きる」というもう一つの指針があるからだ。 大勢の人に売らないことが大切であるから、フェラーリもロールスロイスも年間生産台数を絞り、顧客を納車まで長い期間待たせる方針をとる。特別な感覚を抱かせることが鍵となるので、価格は原価計算だけの上には成り立たせず、普通の人が驚くような値段を付け、それも定期的に上昇させていく。ラグジュアリーの広報戦略は、売れるためでなく、ある程度の人たちに知ってもらうためである。ある程度の人が知らないと、ラグジュアリー商品を持つ人のプライドをくすぐれない。 従って、もう一度、小規模な家族経営のラグジュアリーが当初持っていた基本路線の有効度を、本連載では検討していきたい。もちろん、そうした家族経営の企業が、フランスの大手コングロマリットによる買収で傘下に入っているケースも多い。LVMH(エルヴェエムアッシュ モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)は、そのトップにいる企業グループだ。よって、ラグジュアリーがテーマになったとき、どうしても特定の企業グループの活動だけが大きく取り上げられやすい。だからこそ、本連載では、「それ以外」にも多くの力を注ぎたい。 また米国企業がとるプレミアム戦略が、ラグジュアリー戦略と混同されることも多い。しかし、プレミアム戦略は量を狙うため、量を絞るラグジュアリーとは違う。だが、そうした混同の事例も無視するのではなく、「なぜ混同されやすいことをするのか」、あるいは「意図的に混同されることを狙っているのか」との観点から検討すべきことは多い。 いずれにせよ、あるデータによれば、世界のラグジュアリー商品の売り上げの55%は、フランスとイタリアの企業から生まれているという。それらは主に機能製品ではなく、技術が優先されないライフスタイル製品である。ドイツの高級車は、この範疇に入ってこない。そして、この二つの国には、コルベール委員会(仏)とアルタガンマ財団(伊)という組織がそれぞれある。高級ブランド企業の集まりである。 とするならば、これらの組織の活動やそれぞれの共通点や異なる点を探っていけば、生身のラグジュアリーが見えてくるかもしれない。そうして、日本企業が入るべき入り口が視界に入ってくるはずだ。中堅・中小企業が狙うに値する面白い領域であると私は踏んでいる。 ※ ベイン・アンド・カンパニーのプレスリリース https://www.bain.com/about/mediacenter/press-releases/2018/fall-luxurygoods-market-study/    
PROFILE
著者画像
安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。