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コラム
有識者連載
各分野の有識者や、さまざまな領域の専門家による連載です。
コラム 2019.04.26

Vol.44 「感じの悪い人」にならないために

shigeru_banner 2019年5月号 「良い感じ」「嫌な感じ」 同じような話をしても、「良い感じ」と好意を持たれたり、「嫌な感じ」と疎まれたり。人の評価は意外にも、漠然とした「感じ」に左右されることがしばしばあります。 「感じ」って何でしょうか?『日本国語大辞典』(小学館)では「人や物事に接してそこから受ける漠然とした印象や心に浮かぶ思い」と説明しています。なんだか、分かったようで分からない、捉えどころがないことを「感じ」というようです。 例えば、自分の母親の話をするときに、「うちのお母さんがおっしゃいました」。こんなふうに部下が言ったのなら、「母親という身内に尊敬表現を使うのは、敬語の誤りだと言われるから避けた方が良いね」とためらいなく間違いを指摘できます。感じの悪さではなく、明白な誤用であれば言われた側が納得しやすいからです。 しかし、こんなケースは指導が難しいと聞きます。会議の席で意見を求められた部下が、やたら「うーん、何だろ、最近の、何だろ、私としては、何だろ……」と繰り返しています。 上司「君、さっきから、何だろ、何だろって、その繰り返し、何なの?」 軽く一言投げ掛けただけで「感じが良いとか悪いとか、主観で言わないでください!」と反発を食らうようなのです。「何だろ」という「自問自答」は「思慮深く、慎重にことばを選ぶ人」と見る人もいなくもありません。それを「感じ悪い」と評すると、パワハラと受け取られかねません。 部下が上司の声掛けに「はい?」と語尾を上げる「えらそうな返答」についても、「その返事の仕方、どうかなあ……」と上司が感じの悪さをやんわり伝えても、さらに「はい?」と言い返され、らちが明かないといいます。 shigeru_banner 2019年5月号 何が感じの悪さを引き起こしているのか? 小さな会社の社長を務める友人が、悩んでいました。若い女性社員に仕事の説明をするのですが、その度に返ってくる相づちの「感じが悪い」と言うのです。 「うんうん、へえ、そうなんですねえ」 「ああ、それですよねえ」 上から目線な言い方を、自分ならまだしも、お客さまにしてはマズいとさりげなく注意したら、猛反発されたようです。 「感じの悪さ」を指摘することの困難さが忍ばれます。 感じの良さはふさわしさ かつて、公の場面であまり問題にされなかった「感じが良い、感じが悪い」という「感じ」が今注目されています。 「分かり合うための言語コミュニケーション」とタイトルの付いた報告書が、文化庁文化審議会国語分科会から2018年に発表されました。この中では「コミュニケーション能力」を、物事を伝える「正確さ」「分かりやすさ」「ふさわしさ」「敬意と親しさ(敬語の適切な運用)」の4本柱で説明しています。 私は「ふさわしさ」を「感じの良さ」と理解しました。上司の問い掛けに対して「はい?」「うんうん」「うーん、何だろ……」「へえ、そうなんですね」と答える「感じの悪い表現」は、すなわち「ふさわしさに欠ける表現」と言えます。 報告書では、「ふさわしくない(感じの悪さ)」の例を挙げ、何が感じの悪さを引き起こしているのかを分かりやすく示しています。例をいくつかご紹介しましょう。 shigeru_banner 2019年5月号 ふさわしくない表現とは 例1「部長、コーヒー、お飲みになりたいですか?」 部下から上司へのこの一言。一見すると、敬語運用を含め、明確な誤りは見当たりませんが、「感じ悪い」という印象が漂ってきます。 その原因は、部下が上司に「飲みたいか? 飲みたくないか?」と「欲望」「願望」を尋ねているところにあります。「目下の者が目上の立場にある人に対して欲求を問いただすのは、ふさわしくない」と感じるセンサーが、われわれの体内に埋め込まれているからです。「欲望を、私の力で満たしてあげましょうか?」と尋ねる権利はもっぱら目上の側にあるのです。 報告書では、ふさわしい言い換えを次のように記しています。「部長、コーヒー、お飲みになりますか?」。「飲みたいか、飲みたくないか?」という「欲求、願望」ではなく「飲むか、飲まないか?」とシンプルな疑問文がふさわしい。つまり、感じが良いというわけです。 感じの悪さは、円滑なコミュニケーションの阻害要因だと言えます。ふさわしくないコミュニケーションが嫌な感じをもたらす例は、この他にもたくさんあります。 部下が上司を「ヨイショ」するつもりで、こんなふうに言いました。 例2 「部長はフランス語もお話しになれるんですか?」 「お~なる」は、尊敬表現としてなんら間違いはありませんが、それにプラスした「れる・られる」で「能力を問うこと」になってしまいました。 目上が目下から「話せるのか? 話せないのか?」と能力を問われるなんて、「感じ悪い奴だ!」と思われても仕方ありません。 それを防ぐために「フランス語もお話しになるんですね」と、能力を問わないかたちにする工夫が求められるのです。 例3「 部長は夏休み、どこにいらっしゃるつもりですか?」 目上に「つもりですか?」と意思を直接尋ねるのも「感じの悪さ」を伝えることになってしまいます。「何様のつもりだ」を目上に言う人はさすがにいないでしょうが、目上に「つもりかどうか?」という「意思」を尋ねるのは「不遜」「傲慢」で「嫌な感じ」を与えます。 「部長は夏休み、どちらかお出掛けですか?」と、「すんなり、やんわりした言い方」が「嫌な感じ」を防ぐことになります。 例4「 部長のプレゼン、上手ですねえ!」 「上司のプレゼンを聞いて、スゲえ、上手だなあと思ったから、そのまんま口にしたのに、どこがダメだっていうんだ!?」 逆ギレする人がいるかもしれませんが、「上手だ」と目上を直接褒める言動に、目上は「感じ悪い!」とむかつきます。「目上の能力を評価する行為」は見当違いな上から目線で、不遜な態度だと思われるからです。目下が目上を褒めたり、けなしたりという評価を下すのは、不適切なのです。褒めればよい、というものではありません。 「目上評価」に直接つながらない「プレゼン、感動で震えました!」のように伝えれば「感じが良い」と言ってもらえます。 例5 「部長がおっしゃったとおりで、構いません」 構わないは「差し支えない」「問題ない」と「ジャッジ、判断することば」です。目上の提案に「それで良いです」と、良い悪いの判断をするのも、目上からしたら「感じ悪い!」「お前に判断されるいわれはない!」とむかつかれる恐れ大です。 部長の発言に賛同するなら「構わない」ではなく、「承知しました」があなたの好感度アップに貢献してくれそうです。 例6 「部長、良い時計ですね、いくらしましたか?」 目上の立場に立ってみれば「こりゃあ上司も気分を害するだろう」と容易に想像がつきますね。「良い、悪い」と評価的な発言が「不適切」なことに加え、「いくらしましたか?」と値段を尋ねることは、よほど親しい者同士は別として、相手の個人的な領域に土足で踏み込むようなもの。「好ましくない」「失礼だ」と受け止める人は、目上に限らず、同等なポジションの人にも少なくありません。好奇心を素直にそのまま口にすることが許されるのは、小学生までと心得ましょう。 冒頭で記したように、感じとは、「人や物事に接してそこから受ける漠然とした印象や心に浮かぶ思い」といった、一見つかみどころのないフワフワしたもののように見えて、実は、対人関係を左右する重要なテーマだったんですね。
筆者プロフィール shigeru_profilepic 梶原 しげる (かじわら ?しげる) 早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。 \著書案内/ 不適切な日本語 梶原しげる著/新潮新書 821円(定価)