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コラム
有識者連載
各分野の有識者や、さまざまな領域の専門家による連載です。
コラム 2019.03.29

Vol.43 そんなつもりで言ったんじゃない!?

shigeru_banner 2019年4月号 皆さんの辞書が、中学校入学の記念におじいちゃんに買ってもらったものや、成人式参加の「引き出物」として市町村から渡されたものだとしたら??。大事な思い出の品として取っておくならともかく、実際には「最新版」を手元に置く、ないしは辞書アプリをダウンロードすることを強くお勧めします。 古い辞書には新語が載っていないからではありません。新語はインターネットで検索すればいくらでもチェックできます。見るべきは、昔からある言葉の意味の変化です。 例えば30年前の辞書で「情けは人のためならず」を引くと、「人に情けを掛けておくと、巡り巡って結局は自分のためになる」と伝統的な使われ方が、きっちり書いてあります。 それを読んだ今のあなたが、「え?おれ、逆だと思ってた……おれの日本語能力ひでえなあ」などと、落ち込まなくていいですよ、と言うことが最近の辞書には書いてあります(例えば『デジタル大辞泉』)。 「本来と異なる、伝統的ではない、辞書的な意味とは異なる方を選択するのは、あなただけじゃないですよ」と、優しく慰めつつ、「とはいえやはり」と、伝統的・本来の意味で解釈することを、近年の辞書は勧めてくれたりします。 また、辞書を更新しないまま放置すると、言葉の変化に背を向けることとなります。その結果、言語感覚の老化が始まり、「コミュ力」の衰えが早まる可能性も。コミュ力の衰えは、ビジネス力の弱体化に直結するから怖いのです。 なーんて、嫌な脅しから始めてしまいましたが、本連載ではおなじみの「コミュニケーション上の齟齬を引き起こしそうな言葉」を具体的に挙げ、職場や日常での会話トラブル防止に役立てていただこうというのが狙いです。 今回は、5つの言葉を取り上げます。 shigeru_banner 2019年4月号 1:まんじりともしない 「仕事のことが心配で、一晩中まんじりともせず過ごしました」。前の日、やんわりと仕事上のトラブルを指摘された部下の女性が、翌朝、思い詰めた表情で課長に告げた言葉です。さて、「まんじりともしない」の本来の意味はどちらでしょう? A:じっと動かないで B:眠らないで 本来の意味は間違いなく、Bです。ところが、課長は混乱してしまいました。 「説教されたことがショックで、彼女は一睡もできなかったと打ち明けてきたのか?いや、待て!ひょっとして彼女は、寝ないどころか、悔しさから、部屋の中で体を動かすこともせず、じっと、ただひたすら私を恨んだり、悔いたり、はたまた仕事や人生について考え続けたかもしれない」 課長がそう思い悩んだのにも、それなりの理由があります。辞書的な定義と異なり、2013年度「国語に関する世論調査」(以降「世論調査」)では、「まんじりともしない」を本来の「眠らないで」の意味で解釈する人は、わずか3割未満。半分以上の多数派は「じっと動かないで」を選んでいるからです。 「君、じっと動かなかったのか、眠らなかったのか、どっちだったの!?」などと問い詰めれば、部下との関係はさらにこじれる可能性がありますから、課長はそこまで追求しませんでした。 彼もまた、「まんじりともしない夜」を過ごすこととなったのです。 shigeru_banner 2019年4月号 2:他山の石 「部長の今回の仕事ぶりを他山の石として頑張ります!」と言ってきた若い男性社員は、上司である部長の仕事をどう評価しているのでしょうか。「褒めた」のか「けなした」のか。「他山の石」の意味はどちらでしょうか? A:他人の良い行いは、自分の行いの良い手本となる B:他人の誤った行いも、自分の行いの参考となる 本来の意味はB「誤った行いも参考になる」ですが、調査によれば、A「良い行いが手本」も、少なからぬ人たちが支持しています。 「部下は一体、どっちの意味で使っていたのだろう……」。部長の気持ちはスッキリしません。言葉の意味が知らぬ間に変化するこの時代。厄介ですね。 3:やぶさかではない 「君に求められれば、協力するに、やぶさかではない」。親会社の役員がそう告げたのですが、言われた側の、2期連続で赤字を出し、アップアップ状態の子会社社長は、積極的に協力してもらえるのか?いやいや、仕方なくお情けで協力してくれるのか?その真意を測りかねています。 「(~するのに)やぶさかではない」とあなたが言われた時、AかBのどちらの意味で受け止めるべきでしょうか? A:仕方なくいやいや行う B:喜んで積極的に行う 世論調査によれば、「やぶさかではない」について44%ほどが「仕方なく、いやいやする」とネガティブな意味だと答えています。「喜んでする」とポジティブな解釈をする人は33%ほどしかいません。 辞書が定義する「努力を惜しまず、喜んで~する」という本来の意味で言ってくれているのか、調査に見られるように「いやいや」なのか?確信を持てぬまま、子会社社長は悶々とするばかり、という気持ちも分からなくはありません。あなたは、どちらがしっくりきますか? shigeru_banner 2019年4月号 4:御の字 「前半戦を0対0で終えれば御の字ですね」。ワールドカップ予選、強豪チームを相手に戦うテレビ中継などで言われたりする「御の字」の本来の意味とは何でしょう? A:一応、納得がいく B:大いにありがたい 「70点取れれば、御の字だ」で尋ねたところAの「一応、納得がいく」で使う人が約51%、Bの「大いにありがたい」で使う人が約38%と、AがBを13%ほど上回っていました。 ? ところが辞書的(本来の意味)には「大いにありがたい、望んだことがかなって非常に、十分満足できること」と、こぞってBを支持しています。 営業本部長「今回の各支店の売り上げ一覧ですが、こんな数字が上がってきています」 社長「おー、君!こりゃあ、御の字じゃないか!」 辞書的な解釈をすれば、このように言われた場合「君、最高だねえ!」と絶賛されたものと、もっと激しく喜んでもよさそうなのですが、実際の調査では言われた側が「控えめな反応」を示してしまう実態が浮かび上がってきます。 「御の字」という言葉、あなたはどう反応しますか? 5:ぞっとしない 「今回の映画は、あまりぞっとしないものだった」。この例を挙げて、世論調査が過去2度(2006年度、2016年度)にわたり行われました。次の2つの選択肢で尋ねています。 A:面白くない B:恐ろしくない 調査の結果では、2回ともBの「恐ろしくない」が、Aの「面白くない」を、1回目の調査では倍近く、2回目はそれをさらに上回る数字で選択されています。本来の意味はAの「面白くない」や「感心しない」ですから、これも多くの人が逆の認識をしているという結果です。 「アカデミー賞を取った後の作品だからと期待して見たのだけれど、今回はあまり面白くなかったなあ」という場面で「ぞっとしない」が使われています。 「ぞっと」とは「恐ろしくて、身の毛がよだつ様子」を記述する副詞だからか、ぞっとしないという句への調査の回答が、それに引っ張られた印象ですね。 「怖さ」や「スリル」を求めた怪奇映画の出来が悪く「ぞっと、鳥肌の立つ」シーンが少ないのが不満だったから「今回の映画あまりぞっとしなかったね」、というわけじゃあないということです。 言葉の変化、本来の意味と実感とのズレ、何か仕事の役に立ちそうでしょうか?
筆者プロフィール shigeru_profilepic 梶原 しげる (かじわら ?しげる) 早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。 \著書案内/ 不適切な日本語 梶原しげる著/新潮新書 821円(定価)