コラム
2018.10.31
Vol.38 「あがる」からと大事な役回りを断っていませんか?
2018年11月号
緊張するがあまりに、大失敗!
11月ともなると、テレビ業界はそろそろ年末年始特番の収録に入ります。私の若き日の苦い思い出がよみがえってくるシーズンでもあります。
ラジオ局のアナウンサーになって間もない頃、日本テレビが放映する年末特番『プロ野球オールスター歌の球宴』を私のラジオ局でも放送することになり、なぜか新米の私が「日本テレビの徳光和夫さんとコンビを組んで、日本武道館で司会をせよ」と社命を受けました。
会場は晴れ着姿の「仕込み」のお嬢さんから、野球ファン、お客さまであふれています。
その悪夢は番組冒頭で発生しました。「本番まで5秒前!」フロアディレクターの指は4、3、2、1と折られ、「ハイどうぞ」の合図がきました。
さすが徳光さんは満面の笑みで「プロ野球オールスター!」と謳うたい上げます。そこに私が「歌の球宴!」と大きく叫んでかぶせれば生バンドが演奏を始め、歌自慢の野球選手が次々登場、となるはずでした。
初のビッグイベントにあがりにあがっていたその瞬間。私の口から出たのは「歌の球宴!」ではなく「夢の球宴!」でした。
「まずい!!」バンドは演奏をスタートさせましたが、フロアさんが「夢じゃなくて、歌です。じゃあもう一度お願いしまーす」と割って入ります。
「夢でも歌でも同じようなものじゃないか」というわけにはいきません。番組タイトルは重要です。そのことが痛いほど分かっていたからこそ、「絶対にしくじってはいけない」と思うがあまりに間違った方をコールしてしまったというわけです。
すると、徳光さんが「梶ちゃん、生放送じゃないから、何度とちったって撮り直せばいいんだよ。大丈夫、大丈夫、おれなんかさあ……」と、まるで立ち話のように話してくれたおかげで、次第にあがりが収まってきました。
緊張しがちな場面で言葉を交わせる味方がいることが、どれだけ「あがり防止」に役立つか実感したのはこの時です。以来、何十人であろうと何百人であろうと、人前で話をする時には、本番前、いの一番に視界に入ってきそうな人と「どちらから?」「誰のファン?」「どなたとご一緒?」と、どうでもいいような会話を交わしておくことにしました。それによって「目の前に知らない人がワーッといる」という恐怖を払いのけることができました。敵にさえ見えた観客も、ほんの一言声を交わすだけで味方になってくれると知ってから、人前での緊張は減りました。
2018年11月号
「あがり防止」のためのあの手この手
ビジネスパーソンなら社内外に向けたプレゼンテーション、お偉いさんが勢ぞろいした会議での発言など「大事で失敗できない、成功させるしかない発言場面」などいくらでもあることでしょう。
プレゼンや会議に参加するかもしれない立場の同僚や先輩、上司に、「こんな感じで話したいと思っているんですが」と、一部を聞いてもらったり、プレゼンや会議が行われる会場に当日早く、または事前に足を運び、自分が本番で話す場所からは「こういうふうに場内が見えてくるんだ」と映像的シミュレーションを済ませたりすることも、「あがり防止」に役に立ちます。「人慣れ・場慣れ」しておくのです。
今後、プレゼン・会議にかかわらず、話を聞いたり、聞いてもらったりする機会が少しでもあると思えば日頃のあいさつ、声掛けを欠かさないことです。あいさつをして損は一つもありません。「声掛け」は人慣れの第一歩、なのですから。
そして今後、プレゼンや会議が行われるかもしれない会場には、すぐに予定がなくとも、時間を見つけて足を運んでおくことをお勧めします。初めての場所より、前に来たことのある場所の方が、あがり防止にはよさそうです。場慣れも、これまたあがり防止の第一歩、だからです。
2018年11月号
教室で先生に指名されてあがり症になった少年は……
とはいえ「あがり問題」が、一筋縄ではいかないのも事実です。先日、私が所属する「産業カウンセラー東京支部月例研究会」で、あがりカウンセラーの佐藤たけはる先生のお話を伺いました。
佐藤先生はご自身の壮絶なあがり体験から話し始めました。本格的な「あがり人生」は佐藤先生が小学生の頃、国語の時間に指名され、立ち上がって教科書を読もうとした時にスタートしたそうです。
「じゃあ、佐藤君、24ページ3行目から読んで!」
先生からいきなり声を掛けられ、クラスメートが注目する中、慌てふためき、本を持つ手は震え、赤面し、しどろもどろになってしまったのでしょう。
佐藤少年はそれをきっかけに「深刻なあがり症」を発症。山深い場所のメンタルクリニックに通いながら、それでもなんとか努力して大学進学を果たしたと、先生の話はドラマチックに展開します。
かつての日本の大学では1、2年次は、大教室での授業が中心でした。佐藤青年は大教室での講義には十分対応できたそうです。日本の大教室では、ハーバード大学の白熱教室のサンデル先生のように「君ならどうする?」と教室を歩き回りながら学生に不意打ち質問を投げ掛けることなどなかったからです。
ところが学年が進むにつれ、少人数で行われるゼミなど、いつ名指しされるかもしれない授業が必修になります。必修ですから出席しないと単位不足となってしまいますが、あがり症のきっかけが「不意打ちの指名」だっただけに、耐えられなかったようです。
結局、留年を重ね、面接のある就活に参加もできず、対人場面を避けられる職場に転じてと、試行錯誤を繰り返すうち、あっという間に30代後半!ようやく症状が落ち着き始めた頃、佐藤青年は「話し方教室」に通い始めました。「逃げているばかりじゃダメだ!自分を変える、これが最後のチャンス!しゃべりの技を磨くんだ!!」
教室へ通い始めた佐藤青年は驚きました。話し方教室とは、アナウンサーを目指す人やビジネススキルをアップさせたい人が集まるような、自分にはハードルの高い場所だと思っていたら、なんと、あがり症に苦しむ同輩がたくさん!佐藤青年は「ようやく安心できる場所が見つかった」と、ホッとしました。
良き師、良き仲間との出会いに勇気づけられた佐藤さんは、自分同様、何かのハンディを背負った人々を勇気づけたいとの志を立て、福祉の専門学校に入ります。福祉、社会学、心理学といった学びを深める中でアドラー心理学や森田療法に出会い、40歳を過ぎてようやく自らのあがり症を克服。なんと今では、あがり症対策の専門家へと変貌を遂げた、というのが、この日の研究発表の「枕」でした。
佐藤先生の波瀾万丈あがり人生は、講演全体のわずか数%ほどの時間で語られたにすぎませんが、あがりが人生に与えるインパクトを十二分に伝えていました。
佐藤先生は「あがり症」という「病」を、数十年の膨大な時をかけ、自らの意思と努力で克服し、今は、かつての自分と同じ病の人を助ける活動をしています。
あがりを単なる「気の小ささ」「心の弱さ」と侮るわけにはいかないのです。米国精神医学会の診断基準DSM-Ⅴでは「あがり」を「社交不安障害」と呼び「他者の注視(注目)を浴びる可能性のある社交場面に対する、著しい恐怖または不安」と説明しています。
DSM-Ⅴの一つ前の基準DSM-Ⅳではこうです。「(生活に影響が出るほどの)あがり症」→「見知らぬ人や、少し顔見知りの人との会話」「人前でのスピーチ」「権威がある人との会話場面などにおいての不安症状を経験し、そういう場面を回避するようになる精神疾患」。「栄転するとお礼のスピーチとかさせられるから、昇進は断固拒否する」と言うビジネスパーソンが少なからずいるとの話もあります。DSM-Ⅴが示す「あがり場面の回避」の一例です。
あなたは「あがり」とどう向き合っていますか?
筆者プロフィール
梶原 しげる (かじわら ?しげる)
早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。
\著書案内/
不適切な日本語
梶原しげる著/新潮新書
821円(定価)