コラム
2018.08.31
vol.36 気遣い言葉にご用心
2018年9月号
相手に配慮して話したつもりだったが
現代に生きる私たちは言葉を口にするとき「聞き手を不快にさせないように」「失礼のないように」と必死になって「気遣いの言葉」を選択する傾向にあります。
ビジネスマンとして、社会人として気遣う言葉。とても大切だと私は思います。
ところが、目上や大事な顧客に配慮しようとして使った「気遣い言葉」が、その意図とは逆に「変だ」「おかしい」「感じが悪い」とネガティブに受け止められる場合があります。
あるとき、知り合いの若い営業担当者が、「お客さまの話に心からの賛意と同意を伝えたい」という場面で「なるほど」と思わず言いそうなところを、危うく踏みとどまったそうです。“なるほど”はなんだか偉そうだと、直感的に思ったといいます。
「気遣わなければ!」。そこで彼がなるほどの代わりに瞬時に選んだのが、「なるほどですね」でした。普段、よく耳にする言葉だったからです。
「『なるほど』と、短く感心するだけだと、ぞんざいな感じが伝わってしまうかもしれない。敬意のニュアンスが感じられる『です』という丁寧語を語尾に添えればいいじゃないか!」
「なるほどですね」という気遣い表現を、彼が発見した瞬間でした。実際口にしてみると、自分でも違和感を覚えることはありません。新しい、使い勝手のよい言葉を手にした喜びを胸に臨んだその日の面談で、彼は「なるほどですね」を心置きなく使いました。「心なしか、お客さまもごきげんの様子だ」と、その時は思ったそうです。
ところがその後、上司に注意されてしまったのです。
2018年9月号
真剣に聞いていないように受け取られてしまう
上司「言葉遣いについて細かいことを言って、パワハラだと誤解してほしくないんだが、その『なるほどですね』って口癖、あまりお客さまには使わない方がいいかもしれないよ」
彼「え、なんでですか?」
上司「うまく説明できないが、『話を軽く受け流された感』が気になるんだよね」
彼「『なるほど』単体だと上から目線だと私も思いますが、『ですね』を添えれば、敬語的な響きもして、相手先にも気持ちよく受け止めてもらえると思っていました」
上司「なるほどねえ」
新明解国語辞典第七版(三省堂)には「なるほど」についてこんな記述も見つかりました。「相手の話を聞きながら、『確かにその通りだ』と言う気持ちを込めて相槌を打つ言葉として使われる。ただし立場の上の人には用いない」
すなわち、「目上の人が発言した内容に対して、(なるほど、と)そもそもこのような『評価』を下すこと自体が失礼である」との見解が示されています。その一方で「なるほどですね」については一切触れていません。完全無視です。
私が見る限り「なるほどですね」を載せている唯一の辞書は、三省堂国語辞典第七版(同)です。そこから一部引用します。
「『感嘆詞』賛成を表す、あいづちの言葉。<俗に>『です』をつけて『ああ、なるほどですね』のようにいう」
「なるほどですね」を掲載しているからといって、この辞書がこの表現を推奨しているわけではありません。言葉の「現状」「トレンド」をそのまま伝えようという編集方針を貫いているだけで「使え」「使うな」という基準を示しているわけではありません。
ちなみに、マナー本の類いをパラパラっと見るとそのほとんどが「なるほどですね」を否定的に記述していました。中には「ですね(丁寧語)をプラスしても、ダメなものにダメな言葉をプラスしているので、結局はダメなことに変わりはありません」と、やや感情的な調子で否定しているものも見つかりました。
「相槌」はコミュニケーションを円滑に進める上で重要な武器です。「なるほどですね」もその一つ。それを奪われるのは結構なダメージです。使い慣れた言葉を使うなと言われると、「スムーズな商談」に不都合を来す人が出てきても不思議はありません。
「なるほどですねの代わりに、なんと言ったらいいんですか!?」
そんな人に向けて、あるマナー講師はこんな提案をしています。
①「おっしゃるとおり」への変換、②「なるほど、そうですね」への移行、③「さようでございますか」を新たに採用。
最後はちょっと時代がかっていると、抵抗を示す若い世代がいそうですが……。
私の尊敬する、NHK放送文化研究所の塩田雄大・主任研究員はかつて、研究所のサイト内にある「最近気になる放送用語」で「なるほどですね」についての調査を行っていました。
全国の1530人を対象としたWebアンケートの結果、「なるほどですね」を「聞いたことがある」と回答した人が43%、抵抗感があるとの回答が88%でした。
これを受けて塩田さんの言葉。
「なるほどですねは、特に最近(2009年時点)になって頻繁に使われているようです。しかし違和感を覚える人も多く、少なくとも現時点では、放送では余り使わない方がよいでしょう」
あれから9年がたった今「なるほどですね」についての新たなる大規模調査が行われたとの話は聞こえてきません。「新しい表現」が定着したのか?衰退したのか?言葉もはやり廃りが激しいようです。
2018年9月号
愛だったり、優しさだったり、未来だったり、いったい何!?
話し相手に配慮する「もう一つの気遣い言葉」の現状を、畏れ多くも、日本語研究の第一人者「明鏡国語辞典第2版」「問題な日本語シリーズ」でもおなじみ、北原保雄先生と語り合ったことがあります。
先生のご本、小学館新書『しっくりこない日本語』の「対談コーナー」でのことでした。
先生「私は最近、『だったり』の変わった使われ方に、違和感を覚えているんですが、梶原さんなんかどうですか?」
先生は、本来の『だったり(であったり)』の使われ方として「晴れだったり、曇りだったりの空模様」など、「同様の動作や状態が繰り返しおこる意味を表現する時」に使われる「だったり」や「たまには散歩をしたり」など、他にも同類があるという含みで、動作、状態を表現する例をお挙げになりました。
梶原「釣りに行ったり、昼寝をしたり……ですね」
北原「ところが最近、こんなのが増えてきましたね。例えば『明日、ひまだったりします?』。この『たり』、相手に気を遣って遠回しに言う“気遣い表現”ですが、『ひま、ですか?』でもいいんじゃないですか?」
「なるほどですね」に類似した、話す相手への配慮を目的としながら、違和感もたっぷり発している「気遣い言葉」の「だったり」。
梶原「梶原さんとかって、休みの日だったりすると、映画見に行ったりとかする人だったりします?……って、先生、こんな感じだったりします?」
北原「それそれ!気遣いの発露だと言う人もいますが、言っている当人に実際、気遣いの意図があるのか、私は疑問ですね。言われた側が、瞬時に話の中身が分かる、そんな簡潔さを心掛けるのも大事な気遣いだと思いませんか?」
梶原「直接な物言いを避け、遠回しに伝える。そんな気遣いの仕方は確かにあると思いますが、それを越えて、分かりにくさに、イラッときますね」
北原「『北原先生はモナカを食べる人だったりします?』と聞かれても、どうにも落ち着きません。『先生モナカ食べますか?』でいいじゃないかと」
メッセージを遠回しに伝える。ボヤッとしたメッセージから真意を推し量る。これこそ「忖度社会の構造だ!」と大いに盛り上がった1年前、先生と私は、「あいまいな気遣い言葉」から、今日の政治的混迷を案じていたのでした。
気遣いも、度が過ぎると違和感を、そして怒りまで買ってしまうことになりそうです。
筆者プロフィール
梶原 しげる (かじわら ?しげる)
早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。
\著書案内/
不適切な日本語
梶原しげる著/新潮新書
821円(定価)