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コラム
有識者連載
各分野の有識者や、さまざまな領域の専門家による連載です。
コラム 2018.06.29

vol.34 広がる「ICレコーダー」の用途

shigeru_banner 2018年7月号 ビジネスシーンの必須アイテム ICレコーダーが世に出たのは1990年代ごろだったと記憶しています。チョコレートバー1つ分ほどの大きさで、それまでの会議収録用コンパクトカセットレコーダーに比べて持ち運びが楽。巻き戻しに時間がかかることもなく、録音した後、聴きたい箇所を瞬時に呼び出すことができ、音質も抜群。会議や講演会の録音などに便利なビジネスマン必携グッズとして大人気となりました。 現在でも、プレゼンの練習、就活面接練習、また接待を盛り上げるカラオケの歌唱力アップのためにも使われています。朝一番、その日やるべきことをメモ代わりに吹き込むという仕事熱心な友人もいました。 業界の方から、いまだに家電量販店の隠れたベストセラーだと伺いました。スマートフォンに録音機能があるのにあえて別にICレコーダーを買う理由は、使い勝手と録音クオリティーの高さからです。 私もテレビの横には必ずICレコーダーを置いておき、ニュースであろうと、ドラマであろうと、「これ面白い言葉だなあ」「こういう言い方があるんだ」「こういう流れで使われるんだ」と、新鮮な言葉を耳にするといつでもスイッチを入れられる状態にしています。 「ここ大事だ!」と思っても、ブルーレイレコーダーの録画機能を動かすにはちょっと時間がかかるから、まずはICレコーダーで音声だけとっておく、という習慣が続いています。 shigeru_banner 2018年7月号 「言った、言わない」を解決 取材のときはもちろんICレコーダーを携帯します。うっかり忘れたなんて場合は、その辺のディスカウントストアで慌てて購入してから取材に臨みます。(手書きの)メモだけで、相手の発言する言葉のちょっとしたニュアンスが抜け落ちたりしたら大変だからです。私の部屋に安物のICレコーダーがゴロゴロしているのはそういうわけです。 本来は、こんなふうにビジネス力向上の道具であるICレコーダーが、思わぬことで活躍して大騒ぎとなったのは、ついこの間のこと。そう!例の「セクハラ事件」でしたね。 報道現場には女性記者が少なくありません。ところが取材する相手、特に政治家、官僚となるとまだまだ男性中心の社会です。スクープをとろうとすれば一対一での取材となる場合もあります。 こういう中で「セクハラ言動」が平然と行われるという様子がニュースで伝えられました。 これまでにも、この手の被害に悩まされた女性記者は他にいたはずなのですが、目撃者がいないこともあり、「セクハラです!」と訴えてもなかなか事件になりにくいこともあったでしょう。 この事件の女性記者は「護身用」としてICレコーダーを隠し持って取材に臨んだといわれています。 本件の事務次官は、誰も見ていないからと安心し切ったからか、「いつもの」下品なセクハラ発言を繰り返します。護身用ICレコーダーは「言った、言わない」という不毛な論争を排除し、結果として、事務次官に責任を取らせる上で大きな役割を果たしました。 shigeru_banner 2018年7月号
動かぬ証拠が大活躍
「護身用としてのICレコーダー」の存在を私が初めて知ったのは、8年ほど前のことでした。当時、若き衆議院議員だった石川知裕さんが政治資金規正法違反の容疑をかけられ検察の事情聴取を受けることとなったいきさつを、直接ご本人に取材したときの話です。 その石川さんに「ICレコーダーを持っていけ」とアドバイスしたのが、ご自分も検察の厳しい聴取を受けた経験のある、元外務官僚で作家の佐藤優さんだったと伺いました。「いざというとき役に立つから!」と、そう力強く言って送り出してくれたようです。 聴取の可視化(可聴化を含む)がまだ進んでいない頃でした。とはいえ、もちろん検察官は被疑者を相手に事情を聴く際、「威迫」「心理的圧迫」「利益誘導」といった「無理やり犯人に仕立て上げようとする脅し行為」を、してはならないことになっています。そういう誤った方法で引き出した証言は無効であり、むしろ、検察側が罰せられる可能性が出てきます。 検察側は、事前に何度も聞いたようです。 検察「ICレコーダーなんか持ち込んでないよね」 石川「大丈夫です」 検察「録音なんかしないよねえ」 石川「大丈夫です」 若者言葉で「大丈夫です」は「イエス」でも「ノー」でもなく、「なんとなく聞こえてますよ」程度のあいまいな応答として使われます。石川さんもそういう意味で「大丈夫」を使って、明確な返答をあいまいにして、巧みに避けたのです。「大丈夫=ICレコーダーは持ち込んでいない=録音しない」と勝手に判断したのはあくまでも検察側です。 石川さんの「あいまい言葉を上手に使う作戦」が大いに役立ったというわけです。事情聴取の模様は全てICレコーダーにそのまま録音されました。それが後に公開されて検察側は頭を抱えたのでした。 shigeru_banner 2018年7月号
思わぬ使い方を提案したジャパネットたかた
ICレコーダーのまったく違う使い方を提案する人がいました。 10年ほど前のことだったと思います。ビジネスグッズとして定着していたICレコーダーを「家庭のママさんにこそ、使ってほしいんです!」とテレビの画面から熱く訴えていたのが、あのジャパネットたかたの髙田明社長(当時)でした。 (以下は私のあいまいな記憶に基づくものです) テレビの髙田さん「皆さん!ビジネスマンや学生さんにおなじみのICレコーダーを、私は家庭のママさんに使っていただきたいんです!」 見ている梶原「あ……どうして??」 髙田「昔はお母さんが家にいて、朝食を作り子どもを学校に送り出し、家のお仕事や内職をしてお子さんが帰ってきたらお帰りなさいと迎えることができました。でも皆さん、今は違いますね?」 梶原「そういえば、働くママさんが当たり前だなあ」 髙田「学校を終えて家に帰ったお子さん、ランドセルから鍵を出し家のドアを開けて入っても誰もいません。寂しいですねえ」 梶原「そうだなあ」 髙田「そんなとき、玄関の靴箱の上にお子さんへのメッセージを吹き込んだICレコーダーを置いてあげるんです」 梶原「それで?」 髙田「レコーダーはビジネス用とは違ってお子さんでも十分使えるように、録音、再生、停止の3つに色分けされた大きなボタンだけで操作できます。あらかじめお子さんには、家に帰ったら、まず緑色のボタン(再生)を押してみてねと言っておくんです。『あ、ママの言っていたコレだ!』とお子さんがボタンを押しますね? すると朝ママが吹き込んでおいたメッセージが流れるんです」 梶原「え??」 髙田「舞ちゃーん! お帰りなさい! 学校頑張ったね、お腹空いたよね。台所の冷蔵庫を開けると一番上の棚の右側にシュークリームがあるからおやつに食べてね。ママはこの後5時にはおうちに帰るから、それまでに宿題やって待っていてね。玄関の鍵は閉めておいてね。4時を過ぎたら電気をつけてね。今日は一緒にカレーライス作ろうね」 ICレコーダーを、親子の伝言板として使おうとの提案なのです。誰もいない部屋に一人で帰る娘の寂しさを、ママの明るい声が勇気づける。5時が待ちきれない舞ちゃんが、ICレコーダーの緑色の「再生」を押して何度もママの温かい声を聴く姿が目に浮かびます。 この髙田さんの呼び掛けで、それまでICレコーダーではまったく未開拓分野だったママさんマーケットが一気に広がったと聞いたことがあります。 事件抑止のICレコーダーも大事だけれど、母子をつなぐICレコーダーもすてきだなあ。
筆者プロフィール shigeru_profilepic 梶原 しげる (かじわら ?しげる) 早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。 \著書案内/ 不適切な日本語 梶原しげる著/新潮新書 821円(定価)