コラム
2018.03.30
vol.31 人ごとだった「会見主」を動かしたひと言
2018年4月号
アナウンサーの私ですが、気が付いたら本連載をはじめ、書く仕事が増えていました。調子に乗って、最近、趣味でブログを始めました。勝手に「会見観察人」と名乗り、テレビやネットで公開されるさまざまな記者会見を、やじ馬的な立場から好き勝手に評しています。
私のように、会見をはたから見る者は無責任に楽しむことができますが、会見に引きずり込まれる側にとっては、まさしく一世一代の「大勝負」です。その時の発言や印象が、その後の人生を決定付ける場合が珍しくないからです。
著名人の不倫騒動から大企業の不祥事に至るまで、思わぬ人が、思わぬ事態に翻弄される姿を目の当たりにするにつけ、「生きていくって大変だなあ」と感じることがしばしばです。話題の記者会見を「思わず見ちゃう」「雑談のネタとして活用している」というご同輩がひょっとしていらっしゃるのではないかと期待して、「とある会見」を振り返ってみることとします。
2018年4月号
世間を騒がせたあの会見で
2018年1月8日、成人の日。一生に一度しかないハレの日を台無しにした人物が話題となりました。成人式に振り袖で参加しようとした女性が、着付け会場に行って初めて「晴れ着を着られない!」という非常事態を知らされた、という事件です。この、晴れ着販売や着付けを行う「はれのひ」の社長は、まさにハレの日の直前に姿を隠し、3週間以上たった1月26日夜7時、やっと記者会見場に姿を現しました。
金曜夜に行われる会見は、平日昼の会見に比べると、テレビが生で報じることが少ないものです。さらに土日を挟み、月曜日になると世間はそれほど気にしなくなるという、「注目されたくない人」にとっては「ここしかない」という狙いどころでもありました。
しかし、ここ数年、「AbemaTV」をはじめとするネット動画メディアが大活躍し、曜日に関係なく生中継する時代になりました。金曜夜の記者会見は、ネット視聴者にとってはゴールデンタイムだともいえます。被害に遭ったのはまさにネット世代の人たちですから、思った以上の反響があったようです。
定刻を過ぎ、100人ほどの報道陣が待ち受ける中、前後を破産申立代理人の弁護士に守られるように「彼」が登場しました。憔悴し切った哀れな姿を見せるかと思いきや、キチンとした身なりで顔色も悪そうには見えません。まるでリハーサル済みかのように「司会による会見次第説明」「弁護士の事件概要説明」がスライド入りで進みます。そして、場内の興奮を収めたタイミングを計って司会の女性が歌い上げるように告げるのです。
「では、お待たせしました!いよいよ、本人より経緯のご報告です」
うっかり拍手する人が出てきそうな、期待感を盛り上げるような上手な紹介ぶりです。社長はテーブルに用意した原稿を“ガン見”しつつ話し始めました。
「えー、このたびはご迷惑とご心配をお掛けし」と、「ご迷惑」に「ご心配」をワンセットにした謝罪定番コメントで始めたではありませんか! こういうマニュアルチックなせりふは、自分で考えていない感を露骨ににじませます。会見観察人として数多くのお詫びシーンを見てきた私からすると、この定番セットコメントで始める人に謝罪意識はほぼない、と断言できます。詫び先(被害に遭ったお嬢さんや親御さん)は「迷惑」この上ない、と怒り心頭に発しているのは事実ですが、「ご心配」の意図がよく分かりません。
「私たちが、あんなアホ社長を心配するわけがない。被害者で、私の成人式はどうなっちゃうんだろうと心配な人だっているから、ご心配でいいんじゃないの?」
そうでしょうか?「支払ったお金は返ってくるだろうか? 心配だ」「一生に一度の『ハレの日の思い出』が返ってくるかどうか、心配だ」。少なくともこの2つを、彼女たちは心配する余裕さえない残酷な現実があるのです。“ハレの日”を台無しにしたまま、20日近く雲隠れした揚げ句の果ての謝罪会見で口にしたのが、どこかの誰かが適当に考えた「決まり文句」ではあまりにも人ごとすぎます。
会見に臨んだ記者たちの責め手は、おおむね2つに分かれました。1つ目は「ハレの日を台無しにされた娘さんと親御さんの気持ちを考えたのか? あなたの娘が同じことをされたらあなたはどう思う?」という「情に絡めるタイプ」。これに対する社長の答えは「謝っても、謝り切れないことをしてしまったなあという感じで、なので、謝り切れないって感じ」。一本槍です。
もう1つは、「サービスを提供できない経営状況だと知りながら、当日を迎えたのではないか?」「損害賠償能力はどこまであるのか?」など、「論理的に詰めるタイプ」。これには「弁護士さんにいろいろ言われ、考えなくてはいけないなあという感じ」。何を言っても、人ごとなのです。
極め付きは、「社名を『はれのひ』と付けた思いはなんだったんですか?」と「志」の根本を突いた質問に「ハレの日とは祭りの日をいい、普段の日常を褻というんですがね」と講釈をタレ始めた場面でした。
2018年4月号
場を変えた質問
夜7時過ぎに始まった会見はダラダラと続き、8時20分になったところで膠着状態。さすがに業を煮やしたのか、立ち会った弁護士が「9時になると会場の電気が落ちます。恐縮ですがあと20分で終わらせるようご協力をお願いします」と割って入り、会見のエンディングへ導こうとした、その瞬間でした。
弁護士の後方から、実に通りの良い、穏やかな「記者らしからぬ声」が響き渡りました。会見に臨んだ3人と、記者席の全員が一斉に声の方向へ視線を送ります。
「ん? 聞き覚えのある声だ」と思いながらパソコン画面に顔を寄せると、「文化放送の吉田と申しますが」。
「えー! やっぱりそうか! 文化放送時代の後輩、吉田涙子だ」。私が同じラジオ局に勤務していた当時は、まだ新米アナウンサーだった彼女です。ここまで、すでにさまざまな記者、リポーターが社長の不誠実ぶりを指摘し、時に声を荒らげて責め立てたというのに、社長は上手に、まるで人ごとのようにはぐらかし続けていました。
満を持した吉田アナの問い掛けは、それまでのものとは明確に違っていました。「詰問」ではなく「お願い」だったのです。
吉田アナ 「あのー、会見の中では、何度かお詫びの言葉をいただきましたが、いま、カメラの向こう、マイクの向こうには、残念ながら晴れ着を着ることのできなかった方が、今日の会見を待っていらしたと思うんです。で、先ほど、お詫びが個別には難しいというお話を伺いまして、あらためてになるんですが、ペーパーなどを読まずに、マイクと、カメラの向こうにいる晴れ着を着られなかった方々に向かって、ひと言お願いします」
被害に遭った女性たちの置かれた立場、いま現在の心境をまるで目に浮かぶような描写力で伝える力。丁重な物言いが社長の心にグサリと刺さり、その感情を揺さぶったのは2時間近い会見で、初めてのことでした。
「私は……」社長は何度も沈黙し、顔をゆがめ、絞り出すように語り始めました。「非常に……」(「バシャバシャとカメラの連写音で聞き取れない)
「大変……申し訳なく……」
「晴れ着を……着られない……方たちに……」(連写音)
「お客さまが……着るはずだった……」(連写音)
「お手元に……」(連写音)
「……それが、私の……精いっぱいのできることではないかと……」(連写音鳴りやまず)
最後の最後、これがこの日の会見の、最大のハイライトでした。強い口調で責め立てるのでなく、丁寧に語り掛ける。思わぬところで「プロのすご技」を堪能できました。
記者会見には、いろいろな発見がありそうですね。
筆者プロフィール
梶原 しげる (かじわら ?しげる)
早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。
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梶原しげる著/新潮新書
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