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コラム
有識者連載
各分野の有識者や、さまざまな領域の専門家による連載です。
コラム 2018.02.28

vol.30 「感じが悪い人」にならないために

shigeru_banner 2018年3月号 2017年、NHK放送文化研究所が公表した「配慮表現」についての論文には、対人関係を維持したり発展させたりする上で大切な「感じが良い表現、感じが悪い表現」についての調査結果が掲載されています(『放送研究と調査』2017年8月号、放送文化研究所・塩田雄大主任研究員)。 「感じが良い人」とは「配慮できる人」のことをいいます。「配慮しない人、できない人」はすなわち「感じが悪い」ですね。ビジネスパーソンとして、いや、人として、「感じが悪い」といわれるより「感じが良い」といわれたいのは当然です。 いい年をした私は今さらながら「配慮できる、感じの良い人」を目指そうと、必死に論文を読み進め、そこで「意外なもの」を発見しました。なんと、私がかつて書いた『ひっかかる日本語』(新潮新書)の一部が引用されていたのです! な~んて、別に自慢話をするつもりは毛頭ありません。そこには私が気が付かなかった「巧妙に仕込まれた配慮のヒミツ」、すなわち「感じが良い」を演出する「技」が解き明かされていました。 shigeru_banner 2018年3月号 常連ではないのに、「いつも」? 「いつもキレイに使っていただきありがとうございます」。この「トイレの貼り紙」のコメントに「妙なひっかかり」を感じたのは10年以上前のことでした。女性の方々はあまりご覧にならないかもしれませんが、男性用トイレには用を足す目の前に高い確率で掲げられ、今やすっかりおなじみのメッセージです。 これを最初に見たのは、実際に時々使っていたトイレでしたから、キレイに使っている私への感謝の言葉に「いえいえ、そんなの当然のことですよ」と恐縮しつつ「行き届いた配慮だなあ」と感心したものです。 ところがある日、生まれて初めて立ち寄った山間部のコンビニエンスストアのトイレで「いつもキレイに~」を見て「え? いつも使ってないよ、ここは初めてだよ!」と思わず声を上げるところでした。 このコメントが日本中にあふれていることに気付くのに時間はかかりませんでした。 「誰彼構わず感謝を伝える、謎のメッセージには、言葉巧みに大衆をコントロールする策略が秘められているのではないか?!」 意地悪く妄想を膨らませ、JR、都営地下鉄、ファミレス、コンビニ業界と、各所に取材を試みた日々がよみがえってきました。そして私なりにひねり出したのは「トイレを汚すな」というメッセージをオブラートに包み込み、「感謝」という形をとりつつ、実は「指示命令している」という意地悪な結論でした。 あらためて論文を読めば、私の稚拙な分析以上に適切かつ簡潔な解説がなされていました。「依頼行為(~してほしい)、という相手への心理的負担を避け、相手との協調性を維持しようとする『配慮』」。実に「前向き」で見事な一文でした。 「トイレは汚さずキレイに使ってください!」と上から目線のプレッシャーをかけるのではなく、「キレイに使ってくださったこと感謝しています」と、まずは謝意を述べる「配慮」で「感じの良さ」を演出する。要するに、優れた「配慮の名コピー」だったというわけです。 ものの言い方をちょっと工夫することで「配慮」の利いた「感じの良い表現」を作れるという例が、これ以外にもいくつか紹介されています。 日々の暮らしで「使えそうなもの」をいくつかピックアップして、私流に加工し、ご紹介してみましょう(詳しくは、原論文を参照ください)。 例えば「ついでに寄った」という表現です。一般的にはあまりいい意味では使われませんね。「銀行に行ってきます」と出掛ける部下に「じゃ、ついでに銀行の前にあるたばこ屋でセブンスター1箱、買ってきてくれ」「コピーとる?じゃ、ついでにこれも!」など、なにかと「ついでに」を乱発する上司は困りものですが、いなくはありません。 メインはあくまで銀行での用事ですが、その機会を利用して「タバコを買え」などと「付け足し仕事」を命じられる場合などにも使われます。しかし、「大事な商談のついでに、御社に立ち寄らせていただきました」と取引先で口にしたら、その後の商売は難しくなるはずです。 ところが、この「ついでに」が、使いようによっては、対人配慮のキーワードになるという場面がありました。「見舞い」の場面です。体調を崩したり、ケガをしたりで入院を余儀なくされた部下がいたとしましょう。とりわけ、大事な決算時期にこんなことになって、仲間や上司に迷惑を掛けたと自責の念にさいなまれる部下を見舞うとしたら、あなたはどのように配慮の言葉を掛けるでしょうか? 見舞われる立場になって考えたら、次に挙げる2人の上司のどちらが好ましいですか? 上司1「大丈夫か?心配だから時間をこじ開けてやって来た。部長から、君の病気が1日も早く治るように千疋屋のメロンを持って行くようにと渡された。仕事が立て込んで来られない君の仲間からの励ましの手紙がこれだ。みんな、1日も早い回復を心待ちにしている。頑張れ!」 上司2「近くまで来たから『ついでに』寄ってみたけど、なんだ、元気そうじゃないか。ここ、なかなかいい病院だな。受け付けの人もきれいだし…。(どうでもいい無駄話を軽くして)じゃあ、また(ごくさりげなく去る)」 上司1は、熱血漢で部下思いの人なのでしょうが、見舞われた部下からすれば「早く良くなれ」「みんなが心配している」と気遣われるほど「気を使わせて申し訳ない」「病気を克服せよという期待に応えられない自分が情けない」と、嫌なプレッシャーが募ってきそうです。 一方、上司2の「近くに来たから、ついでに寄ってみた」という一言。わざわざ来たわけじゃないと、入院中の部下に極力、気を使わせまいとする「配慮」が部下の心の負担を軽減させています。「相手に気を使わせない、という気遣い」が、配慮の行き届いた感じの良い人の要件、というわけですね。 shigeru_banner 2018年3月号
自然に使っている配慮表現
ちょっとした言葉の工夫が「配慮表現」につながります。あえて配慮しようとしなくとも自然と使われている表現があります。 「来週の○曜日、渋谷で飲み会があるんだけど、どうですか?」 こんなふうに誘われ、断りたいときに「ごめんなさい、行きません」とは普通言いませんよね。「行きません」は「行かない」の敬語(丁寧語)表現ですが、「行かない」というあからさまな拒否の意思を強烈に表明することになるからです。「あえて相手に配慮したくない」「あなたのことが嫌いだ」「むしろ嫌われたい」という場合だったら、それはそれで非常に有効な表現ともいえます。 とはいえ、ほとんどの人は「行けないんです」と、「行く」の可能表現「行ける」の否定形「行けない」の丁寧形である「行けないんです」を使っています。「ごめんなさい、行けないんです」。こう言えば行きたいのはやまやまだけど、事情があって、状況が行くことを許さないのです、残念!という具合に、「行くことを許さないのは状況だ」と「断りの冷たさを和らげる工夫・配慮」を表現できる、というわけです。 こんな理屈など考えず、反射的に私たちは「ごめんなさい、行けないんです」を口にするから対人関係が円滑に進むのです。 一方で誘うとき、相手の都合を尋ねるときには、ちょっとだけ「配慮」した方がよいようです。 私が例に挙げた「来週の○曜日、渋谷で飲み会があるんだけど、どうですか?」。これが「行きますか?」と問われると、うっかり「行きません」と「自分の意思表明」をして気まずい事故を起こしかねません。 そういう相手の立場に配慮するなら「来週の○曜日、渋谷で飲み会があるんだけど、行けますか?」と「可能形」で尋ねることです。 そうすれば答えも自然に可能形の「行けません」となります。「もし行きたくなくて断るときは状況のせいにして構わないんですよ」との「配慮のメッセージ」さえ読み取れる、そんな論文なのでした。

筆者プロフィール shigeru_profilepic 梶原 しげる (かじわら ?しげる) 早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。 \著書案内/ 不適切な日本語 梶原しげる著/新潮新書 821円(定価)