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コラム
有識者連載
各分野の有識者や、さまざまな領域の専門家による連載です。
コラム 2018.01.31

vol.29 浅い人間関係、深い人間関係

shigeru_banner 2018年2月号 人間関係はいろいろ 日本カウンセリング学会が発行する学会誌『カウンセリング研究』で公開された、香川大学の研究者が発表した論文「浅い関係で用いられるスキルに関する研究(田中圭・宮前淳子、2015年)」。本誌をご愛読のビジネスパーソンが現代若者を理解する上で参考になるのではないかと思います。そのごく一部を紹介します。実に明快で、われわれ一般人にも分かりやすく、今後若い世代を職場に迎え、共に働く皆さまが読んで損のない内容です。 そもそも社会とは「人間関係」で成り立っています。多くの悩みや喜びは、人間関係と無縁ではありません。社内の人間関係、顧客との人間関係、地域や友人や親族家族との人間関係。対人関係・人間関係を断ち切って孤高を保つのは難しいのが現実です。 人間関係能力が高い人って? 「人間関係能力が高い人」というと、人当たりの良さ、愛想の良さなど対人スキルをフルに活用し、浅い関係をあっという間に乗り越えて、気が付いたら何十年来の親友か、兄弟か、というぐらい「深い関係に突入する能力に長けている人」とのイメージがあるかもしれません。浅い関係より深い関係の方が上だ、と考える人もいます。 立志伝中の「商売の天才」の多くは人間関係能力が高く、とりわけ深い人間関係を一気に築き上げ信頼を勝ち取る熱血事業家である、というステレオタイプな見方も存在しました。しかし、考えてみればどんな天才でも、全ての人と深い関係を取り結んでいたら心も体も持ちません。さらにビジネスシーンには「深い関係を持たない方がいい相手」だってたくさんいるはずです。そういう相手をあからさまに避けて対立するのも、商売の障害になります。 天才たちは経験的に「浅い関係を維持しながら、上手に距離を取る」という技を会得していった。だからこそ「天下を取った」ともいえます。 論文中では「浅い関係で用いられるスキル」は、「対立を避けながら、適切な距離を取りつつ、浅い関係は維持する」との高度な技を、若者たちが手にしようと努力する実態をあぶり出しています。 shigeru_banner 2018年2月号
関係を獲得するためには
ここで急遽ご登場いただくのは、私の大学院時代の指導教授で、日本教育カウンセラー協会会長として活躍する、あの國分康孝先生です。本連載ではもうおなじみですね。 人間関係の極意を一刀両断に解き明かす國分先生は、顧客や取引先との関係を獲得するため、一体どうしたらいいとおっしゃっているのでしょうか? そのヒントが『人間関係がラクになる心理学』(國分康孝著・PHP文庫)に記載されています。正しくは本をお読みいただくとして、ここからは、先生から教えを受けた私の「超訳(思い込み)」で記します。 1:「愛想良くし過ぎるのも考えものだ」「深い関係を維持するためには、愛想良くしてはならない」 先生のお答えはちょっと意外でした。私はこう受け止めました。気に入られようと愛想を良くすることは、必然的に自分の本心を無視することになる。無視され、抑圧された自分の本心は、自分では気が付かないうちに不満を募らせていく。この不満が爆発すると、昨日まで愛想が良かった自分が急に、顧客の前で皮肉な態度を取り始めたり、不機嫌そうな顔を見せてしまったりする恐れがある。無理やり愛想良く振る舞っても、結局わざとらしさが見抜かれて、かえって嫌われ、にわか作りの「深い関係」など一瞬にして崩れ去る……。人に好かれようと無理して頑張り過ぎる新人君にありそうですね。 2:「いい人だと誤解されたら深い関係になれない」 普段から「NO」を言わず、いつもニコニコ、愛想の良いキャラクターが定着すると、相手は無理難題を平気で押し付けてくる恐れがある。「深い付き合い」なんだから、何を言っても大丈夫、と勘違いした相手の要求に今さらNOと言えなくなる。勇気を出してNOと言うと、相手に「えー!? 急になんてこと言い出すんだ?」とあきれられ、「こいつは信用ならない!」と、相手は激怒して離れていく。 愛想で相手に取り入って、短期間で深い関係になろうとすることはむしろ逆効果らしいのです。 「じゃあ、どうしたらいいの?」。途方に暮れる私に先生はまたまた意外なことをおっしゃるのです。 3:「付き合いが長くなりそうだというときは、無愛想な自分から出発した方が得である。それは付き合っているうちに『この人は意外にいい人なんだ』と人が見直してくれるからである」「初めから愛想が良いと、付き合いが長くなるうち『なんだこんな人間だったのか』と人を失望させるからである」「成績のよい営業担当者はそれほど愛想を振りまかないようである。付き合うほどにじわりじわりと人柄が伝わり支持されることが多い」 大学の講義のみならず、企業研修など、営業や販売の最先端の人材養成にも携わった先生の体験に基づく話には説得力があります。 「初対面のときから愛想良くし過ぎる営業担当者、つまり『ばかに調子がいいなあ、この人は』という印象を与える人は、やがて顧客に愛想を尽かされる率が高い」というのです。深い関係を築きたいがために、一生懸命愛想を良くすることが逆効果であるというこの話。なにも営業担当者に限ったことだけでもない気がしてきました。女性に愛想のない男性が意外に女性にもてるのは、意外ではないのかもしれません。 ところで、先生はこんなことも述べていたのです。 4:「終始一貫、愛想良くしておいた方がよい場合がある」 「え??」、これまでの流れと違って思わず戸惑いました。 先生「自分の嫌いな人、深い関係になりたくない人と接するときである。人工的にフレンドリーな態度を取ることは、一種の防衛になるからである。愛想は本心を隠す1つの術(スキル)である」 ここで話が、冒頭にご紹介した、香川大学の論文とつながりました。最近の若い世代は、直接、人と人が生身でぶつかり合い、切磋琢磨する深い関係より、SNSの文字や写真やスタンプを介した浅い関係を好むといわれてはや十余年。これを「対人関係の希薄化」「未熟なコミュニケーション」と嘆くのではなく、若い世代なりの「浅い関係を維持しながらより良い人間関係を築いていく知恵」ではないか? と、真正面から取り組んだのが「浅い関係で用いられるスキルに関する研究」という論文だと私は理解しました。 研究によれば浅い関係を維持するため若者たちはさまざまな技を用いています。例えば、「誰にでも優しく接するようにしている」「他人の悪口を言わない」「相手に腹が立っても笑って我慢する」などです。 これらはまさに、國分先生の言う「終始一貫、愛想良くしておく」に通じる「他人との無用な衝突を避ける方略」かもしれません。深い関係には不向きですが、浅い関係維持には最適です。 「最近の若い人は、コミュニケーション能力がイマイチで」と大人は若者の悪口を言いがちですが、若者は若者なりの戦略と覚悟を持って世の中に出ようと決意している様子が見て取れます。 論文に記された研究者のコメントは、近い将来、そんな若者たちを職場に迎える先輩たちの若者理解を促す上で、大変貴重だとも感じました。 「現実には、あまり仲の良くない友達と浅い付き合いを続けることも必要になってくる。浅い関係で用いられるスキルは、親密になれない相手ともうまくやるためのスキルである。(多様化する現代社会では)より広い社会関係を結ぶことが求められ、浅い関係で用いられるスキルの重要性も高まるのではないか」 ビジネスが多様化するように、対人関係もますます多様化していくことでしょう。

筆者プロフィール shigeru_profilepic 梶原 しげる (かじわら ?しげる) 早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。 \著書案内/ 不適切な日本語 梶原しげる著/新潮新書 821円(定価)